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スマイル  作者: 小町翔石
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第二十七話  迫るケッセン

 先輩の、横浜から通勤している小柄で華奢なほうがやってきて、おはようと声をかけてきた。

 声をかけられるまで気がつかなかったアユミはびくりとしてから挨拶を返した。

 スマートフォンをしまってから雑談をしながら一緒に店に行った。


 一度送信してしまってからは、そんなに気をとられることはなかった。

 バックポケットのスマートフォンが、少なくともすぐには振動することもなかった。

 服をたたんでいると足元で何か小さな黒いものが動き目を凝らすと、どこでほつれたのか、誰かの服のボタンだった。

 動いたのはアユミが気づかずに靴先で軽く蹴ってしまったからだ。

 商品のものがとれてしまったのではと慌てたが、黒いボタンの服は陳列されてはいなかった。

 一応と店長には報告したが、みんなにも服を見るときに気をつけてみてと言ってはおくけど、まあ、大丈夫よ、と一笑された。

 十時になりやってきた客は、太陽とアスファルトの照り返しがあるビルの外と違ってエアコンが効いているビルの中は涼しいと笑いあっていた。

 さあ、仕事だ。


 橋爪が返事のメールを(もしもメールで返事をしようとするのならば)送ってくるのは昼になってからだろうとは思ってはいたが、スマートフォンが振動したような気がしたこともあって、アユミは何度か確認をした。

 やはり気のせいだった。


 アユミたち店員も、来店する客も、店の前を通りすぎていく客も、服装はもう夏のものになっていた。   

 ギターケースを背負った客が、店に入ってきた。

 百七十くらいはありそうだったので厚底の靴を履いているのかと思ったが、違った。

 胸まである髪の毛を金髪に染めていて、手足がすらっと長く、おそらく二十歳前後だと思われる顔立ちをしていた。

 アユミよりも年下であると推測されたが、綺麗で格好いいと、モデルのようだと思った。


 五分か十分ほど店内の商品を見て回っていたが、結局何も買わずに退店した。

 よくあることだ。


 背中を見送っていると、店長がアユミに、休憩とっていいよと声をかけてきたので、従業員以外立ち入り禁止のドアをくぐった。

 座るとき、カズマの弁当を食べる前に一度、スマートフォンを確認した。

 メールが一通、来ていた。

 橋爪からだった。


 メールをもらえて嬉しい。

 今日なら八時には都合がつく。

 渋谷の駅前で待ってる。


 アユミは思った。

 決戦は八時だ。

 

 椅子に座り、弁当箱の蓋を開けると、出端をくじかれた。

 ご飯の上に、海苔で作られたハートマークが七つ、乗せられていたのだ。


「馬鹿」


 アユミの目が優しくなった。


 六時半に仕事を終え、八時までにと夕食は外食で済ませた。

 昔、と言っても三年ほどしか経ってはいないが、橋爪は時間には正確なひとだったので、十分前にはいるだろうと思った。

 思ったのだが、こっちが気を使って八時の十分前に駅前に行くのは違う。

 向こうが待つなら待たせておけばいい。

 むしろ、少し遅れていくくらいがちょうどいいだろう。


 アユミは本屋に寄ってゆっくりと三十分ほど立ち読みをして時間を潰した。

 手が震えるとか動悸が速くなるといった緊張の症状は見られなかった。

 大丈夫、そう診断した。

 歩く靴音が響いた。


 ひと待ちのひとの中に、橋爪はいた。

 アユミは真っ直ぐ歩いた。

 橋爪は気がつくと手を上げ、愛想よく笑いかけてきた。が、アユミは表情を崩さなかった。

 それを見た橋爪の顔から、笑みが消えた。


「待った?」

 とアユミが訊いた。

「十七、八分くらい」

 腕時計を見て、橋爪は答えた。


 立ち話で済む話ではないので、コーヒーショップに場所を移して話すことにした。

 スクランブル交差点では、四十代男性の橋爪と二十代女性のアユミのふたり連れが歩いていても誰も気にも留めなかった。


 橋爪はこれからする話がどういう顛末になるのかという一抹の不安の中に、どこか嬉しさをにじませた表情をしていた。

 アユミは意識して橋爪と目を合わせないようにした。


 橋爪は空気を和ませようといくつか話題を振ったりアユミの服装を褒めたりしたが、アユミが素っ気ない返答しかしなかったのでついには黙った。

 注文を済ませ、アユミと橋爪は席に座った。


「改めて礼を言うよ。連絡くれてありがとう」

 と年上の余裕をにじませて橋爪が言った。

「感謝なんてしなくてもいいわ。あなたにとっては嬉しい話じゃないから」

「それでも嬉しいよ。こうやってアユと面と向かって話せるのは」


 アユミは深く溜息をついた。

 橋爪の大人ぶった態度にも、緊張してはいないと思っていたが、緊張のため声が少し低く小さくなってしまっていた自分にも。

 ほぼ満席の店内ではそれぞれがそれぞれの話に夢中になっていたが、声のボリュームは迷惑にならないように抑えられていた。

 アユミは切り出した。


「長話をするつもりもないし、時間がもったいないから簡潔に言うわ。私はあなたとよりを戻す気はないの。だからつまりはもう連絡もする気はないし、会いたくもない。私にかかわらないでほしいの」

「俺と絶縁したいって、そういうのか?」

「そうよ」

 アユミは目を合わせて、強く言った。

 橋爪は目を閉じた。

「離婚したのは気の毒に思うけれど、それだって、まるで私が忘れられないから離婚したみたいな言い方をしたけど、どうせ浮気か不仲が原因でしょ。それをうまく利用して、また私を都合よく扱おうって、そういう魂胆でしょ。私はもうだまされないわ」

「だますって。それは違うよ」

「違っていたとしても、オオカミ少年。あなたが私にしたことは消えないわ。私はあなたをもう信じない」

「三年前に俺がしたことの罪は認める。謝る。だからもう一度よく考えてくれないか?」


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