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スマイル  作者: 小町翔石
26/29

第二十六話  戦いとイチゴ

                    14



 セ○○○は血が止まってからした。

 いままでのようなセ○○○ではなく、初めて○○○で行われた。

 ○○○ー〇を処理したカズマをアユミはベッドに手招いた。

 シングル・ベッドにふたりで寝るために、半身になって抱きあって足をからめた。

 吐息の交わる距離で、しばらく見つめ合ったりキスをしたりした。


「ねえ」

 とアユミが訊いた。

「私に対するカズマの気持ちを、率直に言ってみて」

「愛してる」

 とカズマが答えた。

 カズマの髪をなでて、アユミは満足そうに微笑んだ。

「アユミさんは?」

「ん?」

「俺に対するアユミさんの率直な気持ち、聞きたい」

「内緒」

「それちょっとずるいよ」

 恋人たちがするようなこんな会話も、もちろん初めてだった。


 ふたりは笑ったのだけど、会話は長くは続かなかった。

 カズマが○○したことと大量に出血をしたせいで、眠りに落ちてしまったのだ。


 アユミは寝息を立てるカズマを見ていた。

 愛おしく思った。

 人差し指で頬を押しても眠ったままだった。

 面白がって二度、三度と押した。

 やはり眠ったままだった。

 初めて肉体関係を持った日にアユミがカズマに言ったことが思い出された。

 あの日、アユミはこう言った。


「私にはあなたが必要なの」


 眠っているカズマの顔にもう一度言おうか、言うなら言葉にするか心の中でにするか、アユミは迷った。

 迷った末に、何も言わずに眠ることを選択した。

 思いはもう届いているのだからと。

 眠る前にカズマの右手を両手でそっと握った。

 勇気をくださいと、願って。




 いつもより少し早い七時二分に目を覚ますと、隣にカズマの姿はなかった。

 帰ったのだろうかと寝ぼけ眼で思っていると、台所のほうから物音が聞こえてきた。

 ああ、そういうことかと、微笑ましく思った。


「おはよう」

 と部屋を出てアユミが言った。

「おはよう」

 とカズマが返した。

「主夫は朝から忙しそうね」

「うん。美味しいの、作るから待ってて」

「そんなに急がなくてもいいわよ。朝ご飯はいつも十五分、二十分は後に食べてるから」

「うん。朝だから軽いの作ろうと思って。アサイーボウル、初めて作るから失敗したらごめんね。苺は牛乳に浸してスプーンで潰して食べるようにしようかと思ったんだけど、そういう食べ方って、したことある?」

「ない。美味しいの?」

「ありっちゃありって感じ。でも苦手ってひともいるっちゃいる」

「ふうん」


 アユミは盛りつけられたそれを想像してみようと試みたのだが、初めての食べ方であるがゆえに美味しそうには想像できなかった。

 だがカズマの料理の腕は認めているから、きっと美味しいんだろうと期待して洗面所に行った。


 うがいをしてからトイレに行き用を済ませた。

 その間もカズマはせっせと朝食の用意をしていた。

 その日、アユミはいつもより早く朝食をとることになった。

 テーブルに二人分のアサイーボウルとマグに入れられた苺入り牛乳が運ばれてきた。


「これは、まあ、本来はマグに入れる物じゃないけど、ちょうどいい器が見つからなかったから、代用で。こうして潰すと、果汁が牛乳に混ざって、苺ミルクになるんだよ」


 とカズマが実践してみせた。

 マグの中を身をのりだして見たアユミも、さっそくとばかりにやってみた。

 苺の淡い赤が白い牛乳に混ざって何だか美味しそうだと思った。

 おお、と声が出た。


「それじゃあ、召し上がれ」

「いただきます」


 カズマの手料理は幾度となく食べているが、思えば朝ご飯は初めてだとアユミは気づいた。

 失敗したらなどと言っていたが、アサイーボウルも上手に作られていた。

 カズマに主夫になってもらうのも案外と悪くはないのかも。

 そう思った。


 八時五十分になる前に、カズマは学校へ行った。

 早くはあるのだが、アユミも一緒に出勤することにした。

 駅まで一緒に歩く。

 ただそれだけだ。

 特別なことは何もない。

 その何もないことこそが、特別なのだ。


 ふたりは駅で別れた。

 アユミが改札をぬけて人混みに飲まれ見えなくなるまで、カズマは目で追いかけた。

 アユミは一度だけ振り返ったのだが、後ろから来るひとたちの勢いに押されて、軽く手を振っただけで向き直った。

 そしてホームへと続く階段を上がった。


 アユミには昨晩、決めていたことがある。

 それは戦いだ。

 自分の過去、つまり、自分の一番触れられたくない部分、いままで触れられずにいた部分と真正面から向き合って、決着をつける。

 震えるほどの恐怖、耐えきれずに泣きだしそうになるほどの恐怖、ひとによっては失禁するかもしれないほどの恐怖に、立ち向かおうというのだ。


 ポケットに入れたメモを、指先で確認した。

 たしかにある。

 それだけ、たったそれだけでも震えた。


 渋谷の駅を出て周囲を確認したが、橋爪はいなかった。

 彼にも仕事があるのだ。

 そうそう現れはしない。

 そうわかってはいても前例がある以上、まったくないと笑い飛ばすことはできない。

 アユミはひとつ、息をはいた。


 十分近く早くアパートを出たのだから、十分近く早く職場に着く計算になる。

 本当は昼休みのときにするつもりだったのだが、その十分を使ってアユミは橋爪にメールを送った。

 送信するときにはやはりやめようかと逡巡した。

 したのだが、自分を奮い立たせて、押した。


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