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スマイル  作者: 小町翔石
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第二話 帰りミチ

三話連続投稿の第二話です。

第一話をまだお読みでない方は、お気を付けください。


 交際を始めるそもそもが、地味と言えば地味だった。

 恋愛とは、スポットライトが当てられた花道を、百千の観衆の視線を浴びながら登場してきた異性に、脳天からしびれるようにして始まるようなものだと、カズマなどは漠然と憧憬として抱いていたのだ。


 だが、贔屓目に見なければ美男子でも男前でもない自分が、だれもが振り返るような絶世の美女と恋に落ちられると信じて疑わないような年頃は、もうとうに過ぎている。


 それはアユミも同じだ。


 街ですれ違う、電車で対面に座っている恋人たちは、嘘っぱちで恥ずかしい恋愛漫画と大差がなかった。

 幸せそうに笑いあう様を、羨望と自己嫌悪がないまぜになった気持ちで見ていた。

 自分にもいつかと思いながら、その尻尾をちらと見ることもできずにいた。

 アユミと出会うまでは。


 ただ、先ほどもスポットライトと表現した華やかなものではなく、コンビニエンス・ストアの順番の譲り合いだった。

 時刻は午後四時十分を過ぎたあたりだった。

 ちょうど空いたレジに品物を持っていこうとした足と足が同じタイミングでとまり、手で先を譲る合図を、ふたり同時にしたのだ。


 そこで目があった。


 お互いに顔や服装をまじまじと見たわけではない。

 だからカズマは相手が女性であること、おそらく自分よりは年上であること、スーツ姿でなくて、かつその日が平日だったので会社員ではないであろうという情報を得ただけだった。

 それだけだった。

 アユミも概ね同じであった。

 男で、自分より年下で、制服を着てはいないのでこれから買い物にでも行くのか、もしくはバイトにでも行くのだろう。

 そう思っただけだった。

 数秒待ったが相手が動かないので、アユミは会釈をして先に会計を済ませ、店を出た。


 店を出て歩いて、何気なく振り返ると、いまし方の年下の男と同じと思われる服装の男性が、いた。

 向こうはまだ気がついてはいないようだった。


 つけられてる?


 怖いというほどではないが、いい気分のする女性はいないだろう。

 向き直って、歩くスピードを速めた。

 だが、先にレジで会計を済ませたアユミに追いつくくらいのスピードでカズマは歩いているのだから、少し速めたくらいでは同じスピードで歩いているのと同じで、つまり差は開きも縮まりもしなかった。

 二度、三度と振り返っても、アパートに近づくくらいの距離を歩いても、やはり、いる。

 自然、疑念は強まる。


 四度目に振り返ると、目が合った。

 怪しんでいるのだから、目つきは鋭くなる。

 その目にはっと息を飲んで、カズマもコンビニの女性だと気付く。

 足をとめるアユミ。

 見られている理由を探り、理解するカズマ。

 声の届く距離まで近づくと


「僕のアパート、そこなんですよ」


 と指を指した。

 鍵を取り出し部屋のドアを開けて、嘘ではないと示す。


「ごめんなさい。でも、わかるでしょ? 私だって女なんだから」


 反省した目で、しかし安堵からか、少しはにかむように微笑みながら、アユミは謝罪した。

 男の側が不審者扱いをされたことや、微笑みながらの謝罪に腹を立てていたなら、それで終わりだった。


 でも、終わらなかった。


 誤解が解けたことで、カズマは喜ぶというほどではないが、口角が上がったのだ。

 そこから垣間見える人柄、さらには優しさ、おおらかさ。

 それをアユミは察した。


 なぜそれを選択したのか、アユミ自身にもわからない。

 なぜその誘いに乗ったのか、カズマ自身にもわからない。


「これから晩ご飯でしょ? コンビニ弁当で。一緒に食べていい?」


 気がつくとアユミの口からその言葉が出ていた。

 名誉のために言うが、アユミは尻の軽い女ではない。

 誰にでも粉を撒く女でもない。

 カズマに一目惚れをしたわけでももちろんないし、一目惚れという恋愛の始め方をするような、そんな恋に盲目な女たちを彼女は嫌っているくらいだ。

 部屋に入った途端に豹変し乱暴を働くような男であるならば、リアクションに好感を抱くこともなかったはずだし、痴漢撃退用の催涙スプレーを持ち歩いていざというときに備えているという保険もあった。

 重ねることになるが、何よりその男はおおらかだと、年下の人の善い男だとわずかな情報からではあるが、感じていたのだ。


 テレビの役者やアイドル顔負けというルックスをしていたわけでもない。

 背が高くスポーツや格闘技で鍛えられた体つきをしているわけでもない。

 見た目で惹かれる要素などない単なる若者だ(そしてもちろん若い男が好きだというわけでもない)。

 

 逆にそれが警戒心を解いたのだろう。

 軽い気持ち、本当に軽い気持ちで、アユミは言った。

 六月の東京の夕方の閑静な住宅街の人通りのない細い道路の左端で、数秒、答えを待った。

 そして、ふたりはカズマのアパートへと入っていった。


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