第十九話 うっすらとハッキリ
それが本心だとは思えない。
なら。
「アユミさん、さっきから何でそんなに意地悪なの?」
「私はもとからこんなひとよ。カズマが知ってる私のほうが嘘だとは思わない?」
「思わない」
「かっちゃん、だまされてるんじゃない? ね、そうだよ」
「ううん。そんなことはないよ」
「おめでたい」
今度は真夏が
「ほら」
と言いい、カズマの腕を掴んだ。
そのときの真夏の顔は初めて見せる沈痛な顔だった。
「もういい加減にしてください。さっきからひとを傷つけて、かっちゃんを傷つけて。ニコニコ笑って、何が面白いんですか? 何にも面白くなんてないじゃないですか。ひどいひと。私はあなたがかっちゃんを幸せにできるとは思わない。あなたは誰も幸せにはできない。もうかっちゃんとつきあわないでください」
「最初からつきあってるわけじゃないし、幸せにできないと思うのはあなたの主観でしかない。私は幸せにしてきたわ。真夏ちゃんが知らないだけで、それは事実。それに人間生きていれば、わかれたり喧嘩したり、いろいろあって当然じゃない。私はあなたより長く生きているぶん、あなたより多く経験もしているの。そのぶん、ひとを幸せにする術だって知ってるって考えるのが、あなたの言う常識、なんじゃないの?」
「じゃああなたはどういう気持ちでかっちゃんとつきあってるんですか? 私はかっちゃんが好きです。あなたはかっちゃんに対して、どういう気持ちでいるんですか?」
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「好きよ」
アユミは端的に答えた。
カズマも真夏も息を飲んだ。
一瞬だけ時間が止まった。
「好きじゃなかったら、セ○○○なんてしないわ。好きよ」
「じゃあ何で暴力を振るうんですか?」
「さあ、なぜかしらね」
「答えてください」
「あなたが知りたいことの何もかもに答えなきゃいけないの? 答えたくない質問には答えなくたっていいじゃない。違う?」
図星を突かれた真夏は、俯くしかできなかった。
俯いてしばらくしてから、また口を開いた。
「好きでセ○○○もしてるんなら、何でつきあわないんですか? 恋人同士になりたくなるのは、恋人同士になって愛を深めたくなるのは、当たり前の感情ですよね。セ○○○はするけどつきあわない。でも弁当は作らせる。それはあなたがかっちゃんを自分の都合のいい相手としていいように扱ってるっていうだけなんじゃないですか? アユミさん」
「たしかにそう言えるかもしれないわね。でも、違うのよ」
「どこがどう違うのか教えてください。私にはわかりません」
「それも言えないわね。あなたに話すには、あなたはあまりにも他人すぎる」
真夏には不利な形勢だ。
アユミの言っていることに筋が通っているとわかる。
しかしどこか身勝手に思えた。
「じゃあ、私にじゃなく、かっちゃんに言ってください。なんで肉体関係を持つのに、つきあわないのか。ちゃんと説明してください。私だって好きなんだから、聞く権利はあると思います」
「そうね。それも一理あるかもしれないわね」
そこでいったん区切って、大きく息をはいてからアユミは続けた。
「私たちはいま、好きから愛に変わろうとしているの。さなぎから蝶になるために、時間をかけて愛を育んでいるの。好きだからつきあう。そういう恋愛もあるでしょう。でも、それは私のスタイルじゃないの。好きが愛に変わるまで、ゆっくり時間をかける必要があるの。少なくとも私には。どう?」
「それがつきあわない理由なら、暴力を振るって傷つける理由は何ですか? 上手くはぐらかされてるように思えるんですけど」
口を開いたのはアユミではなく、カズマだった。
「もういいよ、まなったん。やめよう」
「かっちゃん。だってこんなのひどいよ。時間をかけて育んでるなんて言ってるけど、かっちゃん結局つきあえないかもしれないんだよ。いいように利用されて、捨てられるかもしれないんだよ。それでいいの?」
「よくはないけど」
「私なら傷つけないわ。かっちゃんが嫌がるようなこと、傷つくようなことなんて、しない、絶対に。私かっちゃんが好きよ。アユミさんがどれくらい好きなのか知らないけど、私のほうが好き。負けてなんかないわ。それ以前に、アユミさんが好きだって言ってるのが本心かどうかも疑わしいと思ってる。だってそうでしょ? つきあってもいないのに、セ○○○はして、暴力振るって。好きな人に、そんなひどいことできるのって、変だよ。このままの関係を続けても、かっちゃん絶対に幸せになんてなれないよ。絶対だよ。それでもいいの?」
「ほら、カズマ。真夏ちゃんがそう言ってるわよ。真夏ちゃんとつきあっちゃえばいいじゃない」
「アユミさんはそれでいいの?」
「あなたの自由よ。そうじゃない。私より真夏ちゃんのほうがかわいくて、おっぱいも大きくて、同じ夢を追いかけてる者同士シンパシーもあるし、いいじゃない。こうして見てもお似合いのカップルよ」
アユミは笑いながら言った。
アユミは始まりからずっと笑みを崩さずにいた。
それは虚勢を張っているわけでも馬鹿にしているでもないと、初めのうちはうっすらと、後になってはっきりと、カズマは理解した。 だから、
それならばなぜ笑っているのか?
その答えはひとつだと、カズマはようやくたどり着いた。
「さあ、カズマ」
「かっちゃん」
アユミと真夏は促した。
カズマの閉じられた唇が開きいままさに言葉が発せられそうになったとき、悪いタイミングで新たな客がひとを呼んだ。
ほかの店員が接客にあたって、仕切り直しになった。
仕切り直しになっても重くのしかかってくる状況に覚悟を決めて、カズマは言った。
「ごめん、まなったん。俺はアユミさんとつきあいたい」




