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スマイル  作者: 小町翔石
12/29

第十二話  インスタントのアイス・コーヒー

 初めは驚きやある種の恐怖を持って受け止められていたカズマの顔の傷だが、その日の授業が終わるころにはみんなだいぶ慣れたようだった。

 が、もちろん、中には


「何回見ても驚くわ。インパクト凄いな」


 と、言う者もいた。

 それはそうだ。

 ひとはそうそう顔を腫らすような怪我などしない。


 カズマのクラスでは東京育ちの者はいないので、みんな生活費を稼ぐためにアルバイトをしている。

 だから学校が終わったら、シフトの関係で休みだから、とか、アルバイトに行く前にちょっと、と連れ立って用を足す者もいるが、ほとんどがアルバイトに行く。


 カズマはその日も、帰宅して少し休んでから(顔が腫れているせいで痛みと熱があるのだ)夕食をとって、そうしたらすぐにエメラルドに行く予定だった。

 その予定を覆したのは、真夏だった。


 真夏は栃木県宇都宮市の出身で、一五七センチ四十八キロという、日本の成人女性のほぼ平均値の体格をしていた。

 入学した当時はボブだった髪の毛を、鎖骨にかかるくらいにまで伸ばし、よくポニー・テールやツイン・テールにしている。

 明るい性格で人懐っこくてでも芯の強いところもあるタイプで、年上のクラスメートからは妹のように可愛がられている。

 最初のうち、あだ名は「まなったん」派と「なっつん」派で別れていて(どちらも有名なアイドルからの流用だ)、統一しようという動きがあったのだが、周りがもめるほど本人は気にしてはおらず、だったらということで現在も「まなったん」と「なっつん」のふたつのあだ名で呼ばれている。

 カズマは本家のアイドルではまなったんのほうが好みなので、真夏のことも「まなったん」と呼んでいる。

 福島県出身のカズマと同じく「だっぺ」という方言を使う土地出身ということもあり、真夏はクラスの男子のなかではカズマとは早い段階で打ち解けた。

 カズマは口下手なので、これは驚くべきことなのであった。

 と言っても、クラスの、グループでの仲ということであって、ふたりきりになってどうこうというわけでは、まったく、と強調できるほど、なかったのだ。

 これまでは。


「ねえ、かっちゃん」


 カズマは専門学校に徒歩で通えるアパートに住んでいる。

 だからクラスの仲間とは大概の場合、駅で別れる。

 みんな電車を利用しなくてはならないところに住んでいたり、学校から直接アルバイトに向かうために電車を利用したりするのだ。


 ただ、その日は実習の件で教師と話をするため、仲間との別れは済ませ、ひとりだった。

 でも駅前まで歩くと、真夏がいた。

 先に真夏が気づいて、手を振ってよこしたのだ。

 真夏は小走りで近づいて、カズマに話しかけた。

 不自然に思われないように、という声色と話し方でだった。


「かっちゃん、いまからちょっと時間ある? あのね、前にさあ、ギタリストのインストのアルバムで面白いのあるって言ってたよね? あれ、気になってさあ。いまからかっちゃんのアパートについてくからさあ、CD貸してもらえないかな?」

「うん。いいよ」

「ほんと! ありがとう。すぐ帰るし、すぐ返すから」


 すぐでなくてもいいよ、十分くらい歩くよ、とカズマは歩きだした。

 まるで気づきもしなかった。

 カズマの顔を見た通行人は、息を飲んだり二度見したりした。カズマは気づかないふりをして歩き続けた。

 カズマと並んで歩きながら、真夏は次に言おうと思っていることを反芻した。

 雲が半分ほど隠している、まだ明るさの残る空の下でだった。


「まなったんは今日はバイトじゃないの? 時間、大丈夫?」

「うん。今日は五時半入り。かっちゃんもでしょ?」

「うん。飯食って、食ったらバイト。でもさ、ほんと、みんな言ってるけど、俺たちにとってはさ、飯屋でバイトできんのって仕事っていうより勉強。もっと言うとさ、遊びに近いと思わない?」

「うん、わかる。楽しいよね」


 自分が話し出す前にカズマが話し出し、出鼻をくじかれた格好になった真夏は、タイミングを見計らった。


「飯、どうする? 食ってく? 俺、まなったんの分も作ろうか?」

「ううん。五時半入りでも、六時からでしょ。待ち時間の間に食べるお弁当、作ってきてあるから」

「そうなんだ。まめだね」

「いやいや」


 それからも、真夏は言い出せなかった。

 そしてとうとう言い出せないまま、カズマのアパートに着いてしまった。


「じゃあ、狭いとこだけど、どうぞ。掃除してないから汚いかもしれない」


 お邪魔します、と真夏は入っていった。

 すぐ帰るからCDだけ貸して、とは言わなかった。

 時間も時間ではあるのだが、カズマがカーテンを開けても、わずかしか光は入ってはこなかった。

 次いで窓を開けたのだが、同様に風もわずかしか入ってはこなかった。

 カーテンが揺れたのは、真夏が滞在した十数分でも指を折って数えられるくらいだった。


「臭くない?」

 とカズマが笑った。

「鼻が曲がりそうなくらい臭い。うそうそ。臭くなんかないよ」

 と真夏も笑った。

「冷蔵庫、大きいね」

「でしょ。料理人を志すんだから、普通のひとり暮らし用じゃ食材、入りきらないでしょって、俺の母ちゃんが。でもこれ買ってよかったよ。ほんと、その通りだった。飲み物、コーヒーと牛乳と炭酸、どれがいい?」

「じゃあ、コーヒー」

「ホット? アイス?」

「いまの時期はどっちとも言えるね」

「じゃあ、アイスにするね」


 とカズマは言ったが、豆から挽いて作ったものではなく、氷とインスタントのコーヒーをコップの八分目まで入れた白湯で混ぜただけの、アイス・コーヒーなのであった。


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