銃撃
流血表現あります。
「おいらの苦手な朝日だ」
骸屋は、天守閣のシャチホコの上に立つと、深々と溜息を付いた。清々しい風が髪をなぶる。
「結局、将軍――徳岡葵の首は取れなかった。オヤジ殿のテストは不合格。タダ働きもいいとこだ」
骸屋は指で唇をなぞる。
(雪の血は甘かったな・・・)
あの味を忘れまいと脳に叩き込む。甘くて柔らかい肌、そして泣き顔が脳裏をよぎり――・・・また溜息を付いた。
かわいい涙。――が、胸が痛い。
その時だった。
ふと、背後に殺気を感じ、反射的に避けた。
「!」
骸屋は振り返る。瓦は割れ、脇差しが突き刺さっていた。龍胆だ。
龍胆は獣のように荒い呼吸をしながら、瓦屋根に降りる。
雪と菫は天守の屋根の下からハラハラした様子で見つめている。骸屋は頬が引きつった。
「やっぱりお出ましか、旦那様よぉ」
「・・・雪に何をした?」
龍胆は静かに問う。骸屋はわざとらしく流し目を送る。
「あんたの結婚式ぶち壊せてホッとしたぜ。生憎だが、雪ちゃんとの初夜は俺がいただいた」
龍胆の顔色が変わる。雪は必死に叫ぶ。
「いただかれておりませんよ、龍胆さま!」
「雪ちゃん、つれないこと言うなよ。俺とあーんなことや、こーんなことやったじゃねえか」
「あんなことってなに・・・?」
雪は眼が点になる。菫は「お姉ちゃんに隠語を使ってもわかりませんよ!」と代わりに言った。
龍胆は突如笑い始めた。――鬼の笑い声。全員、背中に氷が流れるような嫌な感覚がする。
「そうか。俺の結婚式をぶち壊しにしたのは、お前だったのか・・・!」
龍胆は目頭を押さえ、笑いながら言った。
「おいらだけじゃねぇよ。夕顔も、魔王も。雪を狙う輩は大勢いるからね。おいらは雇われただけさ」
骸屋は若干腰が引けている。これは間違いなく切り刻まれる。みじん切りにしても龍胆の気は収まらないだろう。悲惨な未来予想図が脳裏をよぎり、骸屋はたらりと脂汗を流した。
だが、覚悟の上で雪に口づけた。それは本当だ。
すると何を思ったのか、龍胆は着物を翻し、雪のもとへ向かった。きょとんとする雪を抱き上げると、再び戻ってくる。
「り、龍胆さま?」
高いところが苦手な雪は、朝の冷たい風に吹かれてぎゅっと龍胆の着物を握る。
「ゆき」
龍胆は片手で雪の顎を上向かせた。なにを、と問う前に龍胆の唇がふさぐ。
「っ!?」
激しい口づけだった。呼吸をする暇さえ与えず、龍胆は何度も角度を変え、唇を塞ぐ。
(・・・いつもは優しいのに、こんなの知らない・・・!)
雪は苦しくて、恥ずかしくて、頭がふやけてしまいそうで。龍胆の肩を押すが、やめてくれない。
龍胆の白髪は黒髪へと変わる。骸屋はぽかんと口を開けて雪を見つめる。菫は呆れて窓に座り、足をブラブラさせた。
長い長い口吸いのあと、龍胆はようやく顔を上げた。雪はとろんとした眼で夫を見上げる。顔は真っ赤だ。風にたなびく長髪はきらきらして美しい。
龍胆は「ふん」と口づけの名残を親指でぬぐった。
「初夜がなんだって?」
龍胆の余裕が滲む声色。骸屋は青筋を立て、「ああ!?」と口が歪む。
「雛鳥の刷り込みやって手に入れた女だろ!? 最低な夫じゃねえか!」
「俺は刷り込んだつもりはない」
龍胆はニヤッと笑った。
「雪が選んでくれたんだ、『俺』を」
雪はまだポヤッとしている。しかしその瞳に映るのは龍胆だけだ。
「クソッ!」
骸屋はその場にぺっとつばを吐いた。
「吐き気がするぜ。自分に惚れるよう仕込んだくせに!」
ギロッと睨む。
「おいらとてめぇ、なにも違わない。なのになんでてめぇが選ばれるんだ!?」
「どうなんだ、雪?」
龍胆は雪に問う。急に自分に視線が集まり、雪は狼狽した。
「えっと・・・?」
「なんで俺を選んでくれたんだ?」
「・・・」
雪はしばらく沈黙すると、か細い声で言った。
「気づいたら・・・特別でした・・・」
「やっぱり刷り込みなんじゃないですか?」
菫が眼を平べったくして言う。
雪は首を振り、ぽつりぽつりという。
「ご飯が美味しいところ・・・。優しいところ・・・。あとは・・・? ――一緒にいて、安心するところ・・・でしょうか・・・?」
たどたどしい答えだが、龍胆には充分だった。それは骸屋も同じこと。
(ご飯が美味い・・・? それならおいらにもできるかも)
まだ希望を捨てない悪魔は、いいことを聞いたと内心ほくそ笑む。
「今日のところは、このくらいにしてやらぁ」
龍胆と雪へ背を向ける。ひらひらと手を振った。
「待て。忘れ物だ」
龍胆は雪を抱いたまま、骸屋の背中を蹴飛ばした。ゴキッと背骨が折れる嫌な音がする。
「これで八回目だな。貴様が死んだのは」
「・・・ぜってぇ殺す」
骸屋の身体は揺らめく。そのまま、消えていった。
オペラハウスは、取り壊しになった。死者が出なかったことは不幸中の幸いだろう。
城のあちこちについた傷や血まみれの座敷など、すべて直さねばならぬと、将軍は頭を抱えていた。
夕顔とつららは、捕縛され、地下牢へ放り込まれた。朝廷との交渉の際、利用するつもりらしい。
つららは夕顔に惚れている。お歯黒までして夕顔の気を引こうとしたらしいが、逆効果だった。
「夕顔さまぁ! なぜ逃げるのです?」
「よ、寄るな! 俺はおまえの『おとうさま』であるぞ!」
「いいえ。あなたはあたしの旦那様ですわ!」
同じ牢のなかで逃げ回る夕顔。嫌がらせも兼ねて、将軍は放置している。
雪と龍胆、子どもたちは露姫の看病にあたった。
今露姫には信用できる者がいない。十六夜家からついてきた者たちは皆、夕顔に殺されてしまったからだ。
雪たちは休憩と護衛を兼ねて、三日ほど城に滞在した。
一睡もしていない将軍からは嫌味を言われたが、しかたない。露姫とすごす時間が彼の栄養になっているようだった。
やがて、将軍が一息ついた頃。
龍胆は、雪と子どもたちを連れて花散里へ帰ることになった。白木蓮も一緒だ。帰ってから結婚式のやり直しを祝ってくれるらしい。
将軍と露姫からは小判がぎっしり詰まった御祝儀をもらった。今回の活躍の礼も兼ねているのだろう。
すっかり良くなった露姫は布団から起き上がると、雪と手を握りあった。
「もう帰ってしまうのね、雪ちゃん」
「ええ。穢土の街を観光してから、帰るわ」
露姫は泣き笑いで、
「わたくしたちは家族。なにかあったらいつでも頼ってね?」
「ええ。わたしも穢土に家族がいるって思うと心が温まるわ」
雪と露姫はぎゅっと抱き合った。
「結婚式、行けなくてごめんね。幸せになってね、雪ちゃん」
「露ちゃんも。大奥が解体されるのが決定したのでしょう? 誰が逆恨みするかわからないわ。上様から離れないようにね」
「その心配はいらん」
襖を開ける音がした。将軍が立っている。相変わらず白い軍服で、目の下のクマを除けば元気そうだ。
「露は余が最も信頼する部下に警護を頼んでいる」
菫は露姫の布団の上でいびきを掻いて寝ている。さすが猫というべきか。将軍は菫を羨ましそうに見やると、膝を折り、龍胆と向かい合った。
「此度の一件で活躍したとはいえ、余はまだ人斬りを許したわけではない」
「――」
龍胆は無言で頷く。その肩を、将軍はパシッと叩いた。
「だが、また会うときは酒でも飲み交わすぞ。佐々木も一緒にな」
「もったいのうございます」
白木蓮は頭を下げた。龍胆はにやりと笑って頭を垂れる。
「龍胆の惚気話も聞かねばな。佐々木、面白ければおまえの惚気も聞いてやらんでもない」
「・・・はっ」
白木蓮は微妙な顔をしたが、将軍は満足して去っていった。
城の門まで、小姓が案内した。最初に出会った小姓だ。
門を出て、頭を下げる白木蓮、龍胆、雪、菫と小梅。――・・・門は再び閉ざされた。
龍胆は編笠を目深にかぶる。髪をきっちりしまい込んだ。
ふと、雪の身体がふらりと揺れた。龍胆にもたれかかる。
「雪? 大丈夫かい?」
「ごめんなさい。すこし、目眩がして・・・・」
龍胆は雪の頬を包み込む。雪の顔色はそれほど悪くない。
「慣れない場所で、あんな目にあったんだ。帰れるとわかって安心し、気が抜けたんだろう」
「そうかも、しれません・・・」
思えば、雪は何度も口づけを使って呪詛返しをした。一回でもかなり体力を消耗する。雪がこうなるのも無理はない。
龍胆は懐中時計を取り出した。四時五分。あたりはぼんやりと明るく、人通りはない。
「店はまだ開店前だ。桜でも見ながらゆっくり帰ればいい」
すると、白木蓮が珍しく会話に入って来た。
「子どもたちも大事だが、嫁はもっと大事にしろよ、竜胆さん。取り返しがつかなくなっても遅いんだ」
「――ああ。そうだね」
龍胆はうなずく。亡き妻を思い出しての助言だ。受け止めるべきだろう。
龍胆は雪を抱き上げた。菫と小梅は雪を見上げる。
「雪お姉ちゃん、僕は穢土に興味ないから帰っていいよ」
「ぼ、僕は我慢できます!」
小梅は唇をきゅっと引き結ぶ。本当はどこかへ寄りたかったらしい。
「いいんです。龍胆さま。わたしは大丈夫ですから、おろしてください」
雪は子どもに弱い。だが龍胆の過保護は止まらなかった。
「時期に甘味処が開店するだろう。甘いものを食べれば、元気が出るかもしれない。そこまで抱いていくよ」
白木蓮も同感のようだった。雪は眉をハの字にしたが、そのまま黙って抱かれていた。
「花散里も桜が多いが、穢土も桜並木が綺麗だね」
龍胆は雪を抱いたまま、のんびりと言った。雪はその横顔を見て、首を傾げた。
(龍胆さまが桜を愛でるなんて、珍しい・・・)
今の彼は、瞳が甘い色をしている。桜色の唇も、白い髪も、青い瞳も・・・、全てが桜と溶け込むような、儚くも美しい横顔。
子どもたちは、たまたま一足先に開店したおもちゃ屋に吸い込まれていった。龍胆たちの代わりに、白木蓮が首根っこを掴んでいる。
菫は猫じゃらしを、小梅はけん玉を買ってもらった。
「お母さん、見てください! 僕のけん玉!」
見せびらかしに来る子どもたち。雪は地面に降りると、その頭を撫でた。
(この子も、無邪気に遊べるようになったわ)
雪は思う。――皆、光指す方へ歩き始めている。
ろくに子供らしい幼少期をおくれなかった小梅も龍胆も。着実に幸せに――笑顔が似合う人間へと変わった。
「ふたりとも。白木蓮さまにお礼を言いなさい」
「かまわん。おもちゃ程度、どうということはない」
よほど嬉しかったのだろう。小梅は白木蓮にべったりになった。肩車までしてもらっている。
菫はおずおずと雪の袖を引く。
「お姉ちゃん。帰ったらこれで遊んで?」
猫じゃらしのおもちゃだ。猫好きが買っていくのだろう。雪は「いいわよ」と笑った。
龍胆はなぜかそわそわしていた。
「龍胆さま? なにか欲しいものでもあるのですか?」
「いや。大したことじゃないんだが・・・」
竜胆は再び雪を抱き上げる。近場の甘味処を見つけると、雪を下ろした。
こそこそと白木蓮になにか耳打ちしている。
「・・・それなら俺も欲しいな」
珍しく、白木蓮が興味を示した。
(なにかしら?)
男二人は菫と小梅に雪のそばにいるよう伝えると、そそくさと何処かへ向かった。
「婚約指輪、か・・・」
「ああ。雪に贈ろうと思ってね」
白木蓮と龍胆は、舶来品を取り扱う店の前に来ていた。店に入れば、骸屋と同じ香水の香りが漂っている。龍胆はこめかみがひくついた。
店内は宝石や金の仏像、ステンドグラスなどで溢れかえっていた。
龍胆と白木蓮はガラスケースに展示された宝石を見下ろす。
「金剛石の指輪はあるか?」
店主に尋ねれば、銀の土台に丸い粒のダイヤモンドの箱が店の奥から現れた。
ガラスケースの上に置き、「いいものですよ」と勧められる。金はご祝儀でまかなうことにして、白木蓮も同じものを注文した。
「奥方にかい?」
「ああ。俺の妻だ。あの世でもつけていてほしくてな」
龍胆は肩を叩き、「きっと喜ぶよ」と笑った。
子どもたちは雪を挟んで座る。路上に店を開く茶屋は、桜を眺めながら茶を飲める贅沢なものだった。
運ばれてきた茶にも、桜の花びらが浮いている。
「桜茶かしら。華やかだわ・・・」
田舎暮らしの雪は何もかも初めてだ。茶をすすり、雪は練り菓子を注文した。
やがて運ばれて来たお菓子を見て、小梅と雪は歓声を上げた。
薄紅の練り切りは、桜の花びらの形にハサミが入れられており、雅やか。名は花の露というらしい。みたらし団子も、タレを桜色で彩られている。
「春限定のお菓子ですよ。ごゆっくりどうぞ」
前掛けが粋な茶汲み娘はほほ笑んだ。雪と小梅は手を叩いて喜ぶ。
「どれも、食べるのがもったいないわね・・・!」
「お母さんが食べてください。僕はけん玉買ってもらいましたから」
小梅は誇らしげにけん玉を見せる。菫はというと、雪の膝であくびしながら、猫じゃらしで一人、遊んでいた。
雪はくすりと笑うと、おそるおそる花の露を口にした。
「まあっ・・・!」
口の中で、ねっとりとろける甘み。こしあんの旨味がぎゅっと詰まっている。
雪は切り分けると、小梅の口に入れてやった。途端、大きな瞳はキラッときらめく。
「おいしい! これは癖になりますね!」
ほっぺたをおさえる小梅。雪はこの笑顔を見るためならまた穢土に来たいなと思った。
そうしているうちに、龍胆と白木蓮が戻ってきた。
「お姉ちゃんほったらかして、どこ行ってたんですかぁ?」
菫が呆れた声で、ぼやく。
龍胆は片手を口に当て、「う・・・ん」と曖昧な返事をした。耳まで赤く、雪は首を傾げる。
「これは・・・。か、帰ってからにしよう!」
(逃げたな、この男・・・)
菫はじっとり睨む。小梅は白木蓮に肩車され、ご満悦だ。龍胆は雪を抱き、菫は寄り添う。白木蓮も同じく龍胆の肩へ手をおいた。花散里へ帰るのだ。
突風で移動しようとした。――その時だった。
一発の銃声が、早朝の静けさを引き裂いた。
「うっ!」
血の匂い。一同、目を見開く。
雪の肩に、血の花が咲いていた。
純白の振り袖を真っ赤に染めていく。肩を抑え、雪は呻いた。龍胆は息を呑み、眼前の敵へ視線を投げる。
数人の編み笠を被った男たちが、こちらへ銃口を向けていた。
「その女をよこせ!」
「なんだと?」
龍胆は雪を背にかばいながら問う。
男たちは拳銃に弾を込めながら、
「その女は鬼女『紅葉』だ。ここで殺しておかねば、国の一大事!」
男は言い終わると、ためらうことなく発泡した。それは龍胆の背を打ち抜き、はらわたを貫通した。龍胆の血で再び雪は膝まで真っ赤に染まる。
龍胆の瞳がギラリと光った。
だが――・・・。
(ここで応戦しては敵の思う壺だ。まだどこに敵が隠れているのかわからないし、子どもたちもいる)
ごおっと竜巻が龍胆を中心に巻き起こる。
「待てっ!」
男たちは竜巻めがけてなおも発砲した。
風が収まる。
龍胆たちの姿は消え、生々しい血の跡が現場に残るのみだった。
「クソッ! 逃がしたか!」
男の一人が歯噛みする。
「待て。血の跡が続いている」
男たちは頷き、竜巻を追いかけた。
龍胆達は追手が追いつけない距離まで来ると、移動をやめ、雪の手当を始めた。
雪はぐったりとして、まぶたを閉じている。
「まずいな。出血が多い!」
龍胆は袖を破ると、傷口をきつく縛った。
「り、龍胆さんも、お腹を撃たれてますよ」
小梅がいう。龍胆は滴り落ちる汗も拭わず、首を振った。
「俺はどうとでもなる。問題は雪だ!」
雪はおぼろげな視界、どこか遠くで聞こえる声を、ぼうっとした頭で聞いていた。
(血を流しすぎたわ・・・。みんながなんて言ってるかわからない・・・)
見えるのは、泣きじゃくる子どもたちと、それをなだめる白木蓮。必死に止血を試みる龍胆の顔だった。
(また、心配をかけてしまったわね・・・)
龍胆が必死に名を呼んでいる。ゆき、ゆき・・・と。何度も、何度も。
不意に、露姫の問が頭をよぎる。
――恋とは、なんでございましょう?
雪は撃たれてない方の手を必死に伸ばした。血で汚れた手だが、龍胆の頬へすべらせる。綺麗な顔を血で汚してしまって悪いなと思いながら、雪はほほ笑んだ。
(今頃、自覚するなんてバカだ・・・)
こんなわたしを、生かそうと必死になってくれるところ。
わたしのために泣いてくれるところ。
名前を読んでくれるところ。
(「ゆき」と甘い声で、何度も、何度も・・・)
あの美しい瞳で、わたしだけを見てくれるところ。
悩んでいる顔。
ちょっと怖いけれど怒った顔。
他人に見せる笑顔と違う笑顔を向けてくれるところ。
――わたしは何度でも、この人に恋をする。
「龍胆さま」
「雪っ! 今はしゃべるな・・・!」
龍胆は泣いていた。ぽろぽろと。
雪は笑う。
実は泣き虫なところも好きだ。
そうだ。わたしは――・・・。
「龍胆さま。あなたが好きです」
「ゆき・・・?」
雪と己の血で汚れた手で、龍胆は頬に添えられた白い手を包む。
「雛鳥の刷り込みなんかじゃありません」
「――」
「雪は、龍胆さまに『恋』しておりました」
まるで最期の言葉だ。白木蓮は口を抑え、小梅と菫は顔をゴシゴシと拭って泣くのを我慢した。
龍胆だけが、目をまんまるにして、ぽかんとしていた。
(最期なんだから、ちゃんと聞いてほしいのに)
雪はふてくされる。
龍胆は目を見開いたまま、大粒の涙をぽろりとこぼした。
「わかってた。そんなの、ずっと、わかっていたよ」
だから、と言葉を紡ぐ。ぎゅうっと雪を抱きしめた。
「そんな顔で笑わないでくれ・・・!!」
龍胆の香りに包まれる。満開の桜の花の下で、雪は満足げに目を閉じた。
ざあっと冷たい風が吹いた。
花びらが乱舞する。
美しい景色だった。
花の絨毯に雪の長髪が散らばる。血まみれの手は、龍胆の頬を滑り、だらりと地に落ちた。




