表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
枯れ花に口づける鬼  作者: 夢咲 紅玲朱
穢土城編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/58

醜い男

城へ戻ることになった将軍、露姫、白木蓮、龍胆と雪は、警戒しながら砂利道を歩いていた。

「小梅が操られていたとき、鬼ごっこは『夜が明けるまで』と言っていた。朝日が昇れば、あやかしも結界も自然消滅するだろう。それまで生き残ればこちらの勝ちだ」

龍胆は懐中時計を見た。時計の針は、三時二十五分をさしている。

小梅は、化け猫に変身した菫の背に乗っていた。

「ほら、どら猫。早くしないと置いていかれますよ」

まるで馬のように扱う小梅。菫は密かに(あとでシメよう)と怒りをこらえていた。

城の至る所で桜が満開になっている。しだれ桜の下に死人が転がっているのは、なんともいえぬ不気味な情緒があった。

震える雪を気づかい、龍胆は左手を雪の白い指と絡めた。雪は夫を見上げる。

「龍胆さま?」

「俺から離れるな、雪」

とろりと甘く濡れた視線。雪は心臓が脈打った。

(この人は、いつからこんな瞳で見つめてくるようになったの・・・?)

宣言通り、男としてみられたいだけなのか。――それとも別の、なにかなのか?

雪はそれ以上考えたら手を繋いでいられなくなる気がして、平静を装った。

白木蓮は城勤めが長かった。将軍とて、城のすべてを把握しているわけではない。白木蓮が刀に手をかけたまま、先頭を歩く。

城内は死体の山だった。城の長い廊下を歩きながら、白木蓮と将軍、龍胆は油断なく一部屋一部屋確認していった。

不思議なことに、動くものはなく、死人は全員首を切られて死んでいた。

「上様が成敗なさったのですか?」

「いや。余と佐々木は大奥へ向かうので精一杯だった。ここまで手広くはやっていない」

白木蓮も将軍も首をひねる。


やがて、最初に通された場所――茶室の前まで来ると、一同ほっと胸をなでおろした。

「肩透かしも良いところだな。死人が全滅とは」

将軍は壁にもたれ、腕を組んだ。

「死神のしわざやもやれませぬ」

龍胆は死体を検分して言った。

ふと、白木蓮がポツリと言った。

「雪さん。――俺の妻は、生き返らないのだろうか?」

白木蓮の瞳には、期待と絶望が入り混じっている。雪は瞼を伏せ、首を振った。

「露ちゃんは呪殺されたゆえ生き返れましたが・・・。事故や、ご病気で亡くなった方が生き返るのは難しいと、思います」

「――そう、か」

それきり、白木蓮は口をつぐんだ。将軍が白木蓮の肩に手をおく。

雪は心のなかで何度も詫びる。


(ごめんなさい。わたしにはできない・・・)

自分にもっと力があれば、と一瞬頭をよぎったが、雪はそれを打ち消した。

人の生死いきしには、神仏かみほとけの領域だ。人が望んではいけない。

雪とて、会いたい人はいる。――育ての両親だ。

何年たっても、母のぬくもり、父の優しい手のひらは忘れられない。

皆それぞれ、会いたい人は、たくさんいる。

皆手を絡め合い、どれほど思い合っていても、手の届かない場所へ行ってしまう。

雪は龍胆を見上げた。

そっとつまむように指先を握る。雪が不安がっているときのサインだ。

龍胆は承知だったのか、雪の頭を撫でた。

それだけで、雪は、ほっと心が温もる。

「ほら! やっぱり、刷り込みですよ」

小梅の声がした。菫と一緒に、互いに目配せして龍胆の悪口を言っている。龍胆は雪の頭を撫でていた手を止め、ぎゅっと拳を握る。

(このガキども・・・っ!)

「どうかしましたか?」

雪は首を傾げる。雪に見えないところでからかうのだからたちが悪い。

「どうもしないさ」

嘘だ。

龍胆は指の骨を一本ずつ音を立てて曲げていった。目は殺意に燃えている。

子どもたちはマズイと判断したらしい。「きゃははっ!」とはしゃいで逃げていった。

「楽しそうねぇ」

雪と露は微笑み、白木蓮と将軍は「まじめにしろ」とため息をついた。死体の山でからかって遊ぶあたり、ここにいる全員、感覚がおかしいのかもしれない。

「お腹がすきました」

小梅はのんきに言った。言われてみれば、小梅は攫われる前からろくに食べていない。

「ならば厨へゆけ。なにかしら作り置きがあるだろう」

将軍は白書院へ向かいながら言った。では、と白木蓮が手を挙げる。

「俺がついてゆきます。龍胆さんは上様の護衛を頼む」

「・・・ああ。わかった」

龍胆は渋々うなずいた。雪が心配だが、菫と白木蓮がいれば大丈夫だろう。

手燭を手に、雪と白木蓮、菫と小梅は厨へと向かった。

子どもたちの手を引きながら、雪は首を傾げた。

「白木蓮さま。なにかお話があるのですか?」

白木蓮の歩みが止まる。彼は苦笑した。

「相変わらず鋭いな」

「――では、奥様のことで?」

「ああ。そうだ」

再び歩を進めながら、白木蓮は言う。頼りない手燭の火が、彼の横顔をぼんやり儚く照らしていた。

「上様には『お前の惚気はつまらん』と言われたものでな。あんたに聞いてほしかったのさ」

「まあ、上様ひどい」

雪ははにかむ。ぽつりぽつりと、白木蓮は語り始めた。

「俺の妻――雫は病弱でな。結婚生活は長くは続かないと言われたが、それでも結婚した女だ。・・・俺の一目惚れだったし、龍胆さんの助言もあって、ためらわなかった」

「どんな方だったのですか?」

「よく笑う女だった」

白木蓮の声色は、ちょっと楽しそうである。惚気たかったのは本当らしい。

「俺はこんな性格だから、周りからは『カラスみたいな格好』だの『目が死んでる』だのと囁かれてたが、あいつだけはそれを笑い飛ばした。俺の私生活を知る唯一人の女だ。本来の俺と比べておかしかったんだろ」

「はあ・・・?」

雪は曖昧に返事をした。白木蓮の自然な笑顔は初めて見る。奥方だけが知るこの男の素顔に、雪はちょっと興味がわいた。

彼は続ける。

「死ぬ間際まで、あいつは涙を見せなかった。今思えば、俺はどこまであいつの気持ちを理解できてたんだろうか? 死ぬのが怖いのは当たり前なのに、あいつ、泣くのを我慢するもんだから、俺が泣くわけにもいかない。涙腺はどんどん硬くなって、俺は葬儀の日まで泣けなかった」

「・・・はい」

「今でも思う。俺は泣くべきだったのか。あいつが泣けるようにしてやるべきだったか?」

問われ、雪は立ち止まる。子どもたちは雪を見上げた。

雪は首を傾げて尋ねた。

「白木蓮さま。『恋』とはなんでございましょう?」

「――?」

白木蓮は難しい顔をした。

「人それぞれだろ?」

「あなた様の奥様への思いは、今でも変わらず『恋』のままですか?」

「・・・!」

白木蓮はしばし沈黙した。やがて、目頭を片手で抑える。

「恋、だろうな・・・」

雪は目を丸くした。

(愛情ではないの?)

白木蓮は続ける。

「俺は何度でも、あいつに恋をする」

初めて出逢ったときも。

死ぬ間際の強がりでさえも。

亡くなって十年以上たつ今。思い出すこの瞬間でさえも。

――ときめいて、胸がうずく。

「俺の女は生涯、あいつだけだ」

なにか胸のつかえが取れたのか、白木蓮は清々しい顔をしていた。

「ありがとう、雪さん」

「いえ・・・」

雪は瞬く。意外な答えだったからだ。

小梅はそっぽを向いてむくれていた。気に入らない答えだったらしい。

・・・龍胆の気持ちを代弁されたような。

菫はあくびする。

やがて、厨に着いた。さすがお城なだけある。広々としていた。

小梅はぴょんと飛び跳ねながら、食料を探す。

だれか偉い人の夜食だろうか。豪華な膳を見つけると、小梅は遠慮なく貪るように口に放り込んだ。夢中で咀嚼する。

実は将軍の夜食だったのだが、誰も気づかない。

白木蓮の急かす声を隣で聞きながら、雪は物思いにふけっていた。

『恋』とはどうやら、簡単なものではないようだった。

(龍胆さま――・・・。わたしは薄情なのでしょうか?)

長らく馬小屋で生活していたせいか、雪は喜怒哀楽さえ薄くなっていた。

突然『恋』をわからせると言われても、無理だ。

理解するものではなく、感じるもの、なのであるが、雪はまだまだ気づかない。

結婚生活は前途多難なようだ。

(だって、龍胆さまと出会ったとき、わたしは子どもだったもの)

龍胆がどこを気に入ってくれたのか、雪にはわからない。

聞いてみようと思ううちに、小梅は膳を完食していた。

「ぷはっ! 生き返りました!」

お茶を飲み干し、清々しい顔の小梅は、雪へ残りの茶を持ってくる。お茶はすっかりぬるくなっていた。

「上様の分もとっておけよ」

言いながら、白木蓮も茶をすする。雪は首を傾げた。だんだん将軍の扱いが雑になってきているのは気のせいだろうか・・・?

急須と湯呑みを持ち、一同、もと来た道を歩き始めた。




「さぁて。どうしたものかねぇ・・・?」

死神は大鎌を肩に担ぎ、城の廊下をぶらぶら歩いていた。城内の死人はほぼ狩り尽くした。あとは雪を悪魔――骸屋に近寄らせねばいいだけだが・・・。

(あの鬼が撃退するだろう。私の出る幕はないね)

このまま帰ろうか? のんきにそう思う。

死神にとって、結界などあってないようなものだ。朝日を待つ必要はない。

その時。つうっと血管を氷が通ってゆくような感覚がした。

――誰かが死ぬ前触れ。

「いいねぇ! この感じっ!」

死神は頬を高揚させ、ぶるりと体を震わせた。

「大勢が死ぬ。大仕事だ。死神冥利に尽きるよぉっ!」

死神は壁を切り裂くと、城の外へ、屋根から屋根を飛ぶように駆けていった。



その背中を見ている男がいた。

片手には、女の髪を鷲掴みにしている。畳の上には血の道ができている。女を引きずり回したあとだ。

「お、お許しを・・・!」

女はまだ生きていた。女中の格好ではなく、十二単を着ている。

露姫の付き人だ。

男の顔を見るや、ひっと悲鳴を上げて目をそらす。

「・・・俺が醜いか?」

「け、決してそのようなことはございませぬ! うっ!」

髪をぐいっと引っ張られ、女は悲鳴を上げる。膝を折り、視線を合わせた男は、「ならば」と歌うようにいった。

「俺に口吸いしてみせろ」

女は必死に首を振った。

「私ごとき、そのようなことはできません・・・っ!」

「ならば死ね」

男は小刀を抜くと、女の首を掻き斬った。断末魔が誰もいない座敷に響き渡る。

男の背後には、死んだ女と同じ十二単の女たちの遺体が転がされていた。青畳はすっかり血の海だ。

「なにもそこまでしなくても」

骸屋の声がした。壁によりかかり、高みの見物をしている。

「その美女さんたちは露姫の付き人だろ? なんで殺した?」

「将軍を殺せと露に命じた。それができなければ露をこの者らに始末させる手筈だった。――生き返った途端、露にこれまでを詫び、尽くそうとしていた十六夜家の裏切り者どもだ。生かしておく価値はない」

男はそう吐き捨てると、小刀を骸屋めがけて投げつけた。骸屋はひょいとそれをかわす。

男は言う。

「貴様も同じこと。俺を裏切ったり、契約通りの働きをせねば、呪殺してやる!」

「存じておりますよ、旦那。ご心配なく」

骸屋の足元には霧が立ち込め、魑魅魍魎がひしめいていた。

「だが、あんたも気をつけるこった。おいらは雪が欲しいだけ。殺してもらっちゃ困る」

投げつけられ、壁に刺さったままの小刀を抜くと、男へ放った。

「雪を傷つけたらただじゃ置かねぇ。よぉくその脳みそに叩き込んどくことだ」

骸屋はふっと姿を消す。男は舌打ちすると、畳に転がる女の骸を蹴った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ