菫
「りんどうさん。それはなにをすりおろしているのですか?」
菫は背伸びをして龍胆の手元を覗き込んだ。厨の調理台は背の低い菫には届かない。踏み台を用意してもらっている。
「三百年に一度しか咲かない、御仏が植えられたとされるヤマユリの根だよ」
龍胆は淡々という。すりおろしたそれを粥にどぼどぼ入れていた。
「さんびゃくねん・・・?」
菫は首を伸ばすと、いぶかしげにくんくんと匂いを嗅いだ。・・・特段ふつうのユリと変わらない。
龍胆は「君は食べちゃだめだよ」と釘を刺す。
「俺はこれを手に入れるのに十年もかけたんだ。一滴残らず雪に食べてもらわねば報われないじゃないか」
龍胆はあやすように菫の頭を撫でる。
「・・・?」
菫は顔をあげると「ねぇ、りんどうさんってさ・・・」とおずおずと問う。
「雪お姉ちゃんとどういう関係なの?」
龍胆はひゅっと息を呑んだ。
「君は・・・、ときどき人の意表を突いてくるね」
「お姉ちゃんはぼくのたいせつなひとです。知る権利はありますよ」
菫の瞳がぎらりと光る。言い訳は許さないと言っているのだ。
「・・・はあ。なんで子供に詰問されねばならないのかね?」
龍胆は深々とため息を付いた。眉を寄せ、めんどくさそうに頭を掻く。
「いいかい。子供は男女の仲に口出ししてはならないよ。興味を持つには百年早い」
「ぼくは百歳です。あなたよりとしうえですっ!」
「おいおい。・・・それは初耳だ」
龍胆はおもむろに膝を折ると、菫と視線を合わせた。
「いいだろう。男の友情だ。――教えてあげる」
なぜか声を落とし、ひそひそ声でしゃべる。
「ここだけの話。・・・俺は雪と共寝を三回は済ませている。一緒に風呂にも入った。・・・もちろん、俺は服を着ていたが」
「・・・っ!!」
菫はおおきく目を見開いた。
ぶるぶると体を震わせ、ぽろぽろ大粒の涙をこぼす。
――まずいっ。
龍胆が気づいたときには遅かった。
ガブッ!!
菫は大口を開け、龍胆の手に噛みついた。
鬼の奇声が屋敷中に響き渡る。
・・・・・・雪が飛び起きたのは、言うまでもない。
花散里の山奥に踏み入る男の影。
着流し姿に異国の帽子をかぶり、寒そうに襟巻きを巻いている。
――餓鬼は、たっぷりと微笑した。舌なめずりする唇はふっくらとし、遊女のように赤々としている。
「屍食鬼め。うまくやったものだ。・・・この僕に居場所を気取らせないとは」
帽子の隙間から覗く瞳は、苛立ちにゆれている。村中しらみつぶしに探し回ったが、雪の髪の毛一筋すら見つけられなかった。
――・・・はやく雪を取り戻さねば。
「彼女は幼い頃から大切に保管してきた一級品。・・・処女雪を汚された気分だね」
餓鬼の足元では、ネズミほども小さい影がぞわぞわとうごめいた。
暗闇でよく見えない。しかし月の光に照らし出されたそれらは、髪の毛、五本の指、四肢がそれぞれ生えており、まるで人間が縮んだような生き物の集団のようだ。
一匹一匹のまなこは青く輝き、生者の肉を欲している。きぃ、きぃ・・・と鳴きながら、歯をカタカタと鳴らす。
男は、そのうちの一匹を手にすくい取る。あやすように指先で小さな頭をなでた。
「・・・雪には十年前『飴玉』を食べさせた」
――時期に動き出すだろう。