死神とワルツを
流血表現あります
「――死してなお傀儡となり浄土にゆけず せめて黄金の桜の花を奉れ(たてまつれ)・・・」
死神はぽつりと呟く。腕の中で気を失った雪をうっとりと見つめた。
「――君の黄金の桜吹雪は美しかったよ」
オペラ会場は、朱色の客席がみっしりと並び、ステージへ視線を誘導している。ライトに照らし出されているのは雪と死神。二人だけの独壇場だ。
曲が自動で流れ始める。死神の能力なのか、ステージをすべて思いまま動かしてゆく。
雪のまぶたがゆるゆるとひらく。瞳はぼうっとして、意識がない。なのに体は勝手にリズムに合わせて揺れ始める。
男はニヤリと笑った。
「死神とワルツを踊った人間は、雪ちゃん。――君だけさ」
雪は死神の意のままに動く。くるくる回る身体、揺れる長髪は、ここに観客がいれば心を奪われたことだろう。
すると、会場のドアが激しい音を立て開け放たれた。
血に塗れた龍胆が、荒い呼吸で立っていた。その青い瞳は激しい怒気でらんらんと輝いている。
「おや。旦那様のご登場だ」
死神は舌打ちした。悪魔より先に、龍胆が来るとは。
(今日はついてないねぇ)
悪魔はいったい何をやっているのか。死神は思いを馳せたが、顔面めがけて短刀の剛速球が飛んできたので、それ以上うかうかしていられなかった。のけぞって、それをかわす。
龍胆は早くもステージに上っていた。表情が消し飛んでいる。
こいつが誰なのか関係ない。ただ雪にべったり触れたのがゆるせない。そんなところだろう。
「問答無用というわけか」
死神は大鎌を取り出す。そのすきに龍胆は距離を縮める。あっさりと雪を奪い去った。
ステージの端まで飛び移ると、雪の無事を確かめる。
「ゆきっ! 雪!」
雪はまだぼうっとしていた。のんびりした声で、「りんどうさま・・・?」と首を傾げる。
「ゆき」
龍胆はその華奢な体を抱きしめた。髪に顔をうずめると、ようやく荒ぶる呼吸が落ち着いてくる。
「――『お前は誰だ!?』とか聞かなくていいのかい? 旦那さま?」
死神が下品な笑みで問う。
「殺す」
龍胆は獣が唸るように吐き捨てた。
「わあ、物騒だ。人間は殺さないんじゃなかったのかい?」
「・・・貴様が人間じゃないことぐらいもうわかっている。――・・・もういい。貴様は雪を家から連れ出し、ふしだらで陳腐な踊りを強制した。それで十分だ。万死に値する」
雪の頬に口付けを落とすと、ゆらりと立ちあがった。頭の先からロングブーツのつま先まで、返り血まみれだ。小梅に白木蓮たち以上の戦場に放り込まれていた龍胆は、体中から凄まじい殺気がほとばしっていた。
死神の頬を脂汗がたらりと流れる。――どうやら、龍胆の逆鱗に触れてしまったらしい。
(そういえば、悪魔のあいつも、何度も殺されたらしかったな・・・)
愚かな異国の神と悪魔は、そろいもそろって龍胆を怒らせる悪癖があるらしい。それだけ雪が魅力的なのもあるが。
死神はもはや戦う気が失せた。悪魔さえ呼び出せればこっちのもの。
スッと大鎌を仕舞おうとした。
だが先に、龍胆が動いた。
――!?
殆ど見えない。『見る』暇もない。
気づけば、死神は体から血が吹き出していた。大鎌を持つ左手も同じ。鎌はふっとばされ、客席に突き刺さった。
「くっ!」
武器を取り上げられ、死神は呻く。神といえど下手を踏めば消滅はまぬがれない。
必死に逃げの体制を取るが、それを龍胆は許さない。背後に回り込まれ、退路を失う。そのまま、龍胆は背中を貫いた。
心臓を串刺しにされ、死神はゴボッと血を吐いた。耐えきれず両膝をつく。
無防備にさらされた首めがけ、刃を振り下ろす。首を斬る寸前で――・・・。
雪の声がした。
「りんどうさま・・・! 殺しちゃだめ・・・!」
首筋を皮一枚斬り、刃はピタリと止まった。僅かな血がたらりと流れる。死神は血を吐き続けている。
龍胆は唸るように言った。
「雪。なぜ止める?」
相当激怒しているらしい。声にも表情にも、いつものような優しさはなかった。
雪は冷静に言う。
「その方は異国の神さま。――『死神』さまです。神を殺したとなれば、龍胆さまに天罰が下るやもしれません」
「かまわん」
龍胆はぐっと刀に力を込める。刃が皮膚にめり込み、血が溢れた。
「俺は鬼だ。これ以上何を恐れることがある?」
「それでも、駄目ですっ!」
雪は一生懸命言葉を紡いだ。
「この方はそこまで悪い方ではありません。少々性格に難がありますが・・・、わたしを狙う悪魔を退治したいだけだそうです」
「・・・そうだよぉ。屍食鬼どの。私は決して悪者ではない」
死神は咳き込みながら言った。
「私よりも、雪ちゃんを花嫁にしようともくろむ輩がいる。そっちの首をはねた方がいい」
「貴様は黙っていろ!」
龍胆は死神を豪快に蹴り飛ばした。客席へとふっとばす。人間であれば、アバラが何本か折れているだろう。
龍胆は舌打ちすると、座り込んだまま立てない雪の前まで歩いていった。上着を脱ぎ、寝間着姿のままの妻を包み込む。
「雪。奴をかばったこと、いずれ後悔するかもしれないよ。――何より俺が許せない。家から連れ出されたんだろう? ・・・なにもされてないか?」
雪はようやく合点がいった。龍胆のお怒りの理由が。
「菫ちゃんが守ってくれたので、大丈夫です」
雪はふわりと笑った。龍胆は顔を歪めた。雪を豪快に抱きしめる。
「雪はおれのものだ。誰にも触れさせたくない・・・っ!」
「っ!」
雪は顔を赤らめ、それから龍胆から漂う血の匂いに狼狽した。
「竜胆さま。お怪我はありませんか?」
「――ない。かすり傷程度だ。すぐ治る」
龍胆は雪の首筋に顔をうずめ、骨が折れそうなほど抱きしめてくる。
「龍胆さま・・・、くるしい・・・」
「・・・少しだけ我慢してくれ」
首筋にかかる吐息がくすぐったい。龍胆は顔中に口づけを落としていった。まぶたに、頬に、耳朶に――・・・・。
よほど過酷な戦いだったらしい。獣のように遠慮がなくなっている。
やがて唇は雪の唇の周りをさまよい始めた。口づけたくてしかたない、と片手で雪を抱きしめつつ、もう片方は耐えるようにさらさらの髪をほぐす。
我慢だ、と龍胆は唇を噛んだ。
今人間に戻るわけにはいかない。
すると、客席の方から楽しそうな声がした。
「いやぁ、新婚はお熱いねぇ」
死神が、余裕を取り戻し、客席に優雅に足を組んで座っていた。二人の甘いひとときを邪魔された龍胆は、(やはり殺しておくべきだった)と青い瞳を殺気立たせる。
雪はというと、龍胆のありったけの愛を受け止めきれずに目を回していた。顔はゆでダコのよう。くらくらしている。
ふと、開け放たれたままのドアから、人間たちがわらわらと入って来た。その先頭に立つのは白木蓮と将軍だ。
「龍胆、無事であったか」
将軍も白い軍服が真っ赤に染まっている。白木蓮は龍胆の顔を見て、雪の存在に気づき、首を傾げた。
「なんで嫁がいるんだ、龍胆さん」
「――それはだね・・・」
龍胆はステージを降りると、どさくさにまぎれて逃げようとしていた死神の手首を掴んだ。腕を捻り、膝をつかせる。大鎌は床に突き刺さった。
「痛い! 痛いって婿殿!」
「誰が婿だ」
偉人の存在に皆がどよめく。龍胆は笑顔で、将軍に言った。
「上様。縄を貸してくださいませんか? それと、雪に着物をいただけると助かります」




