じゃあね
「子どもたちにずいぶんな言われようだねぇ。屍食鬼殿は」
死神はくすっと笑う。小梅がいるのはわかっていたが、面倒なので言わなかった。
階段を上がるとすぐさま飛びかかってきた死人を、大鎌であっさり斬り捨てる。露は城の状況を知っているが、雪と菫は知らない。
雪は盛大に悲鳴を上げ、菫はよだれの大洪水だった。
「雪お姉ちゃん、こいつら食べていい? すっごくおいしそうっ!」
今度は露が目を丸くする。
「は・・・? たべる?」
「私が許可しよう、火車くん。今だけは君に本領発揮してもらわなければならない」
死神はほほ笑む。派手に大鎌を振り回す。
身の危険が迫っていることを悟った雪は、まさか、と死神の背中を見つめた。
「わたしをおとりにして、悪魔をおびき寄せる気ですか・・・!?」
「御名答。・・・君は愚かで賢いね」
菫はゴオッと青い炎を燃やし、巨大な化け猫へと変身した。
露姫はあごが落ちる。雪は(本当は教育に良くないけれど)と頭を抱えたが、やむなく許可した。
ぼうぜんとする露姫を菫の背に乗せ、自分も隣にのぼる。
菫の身体は青い炎がぐるりと巨体を取り巻いている。炎だが、熱くはない。冷たい炎だ。
露姫は次々に死人を喰う猫の口元から目を逸らした。
一方、雪は死神へ問う。
「わたしをおとりにして、どうするつもりですか?」
「君に引き寄せられた悪魔を狩るだけさ。女性に無体を働く趣味はないんでね」
「あの。雪ちゃん。あなたは一体、何者なのですか?」
死に至らしめるほどの強力な呪詛をあっさりと消し、呪詛返しまでやってのけた。そして今は異国の神と妖怪を引き連れている。夫は屍食鬼だ。
雪はなにも答えたくなかった。父親が魔王であることは、口にするのもおぞましい。
だがせっかく出会えた従姉妹だ。雪は重い口を開いた。
「薔薇さまはまだお腹の中にいたわたしに第六天魔王の力を授けたわ。わたしは魔王の娘」
「――っ!」
露は何も言わなかったが、その目は恐れで揺れている。だがしばらくすると、ぽつりと言った。
「わたくしも一度は死んだ身。――十六夜家に生まれた女の業ですわね・・・」
「ええ・・・」
菫と死神は城の奥へと走り出す。菫の背に必死にしがみつく二人はそれきり口をつぐんだ。
喰っても喰っても、死人は減らなかった。菫はそろそろ喰うのが面倒くさくなってきた。喰うのをやめ、前足で死人の頭を潰してゆく。
死神はと言うと、若干焦りが見え始めた。
(なぜ、来ない!?)
雪を狩りに来るはずの悪魔は、いっこうに姿を表さなかった。
(ならば、ここにはいないということか?)
死神は雪をちらりと見る。雪も龍胆と小梅を探してきょろきょろしていた。
――このままでは埒が明かない。
死神は鎌を逆手に持つと、死人への攻撃をやめた。そして地を蹴り、菫の背へ――雪のもとへと跳躍する。あっという間に雪の背中に手を回し、猫の背中から引きずり下ろした。
「え・・・・?」
雪は狼狽する。それを無視して、死神は雪を横抱きにする。間近で見る黒真珠のような瞳。雪は暴れたが、ねじ伏せられる。下品な笑みは消さぬまま、菫と露へ「じゃあね」と手を振った。
(雪お姉ちゃん!)
菫は雪を取り戻そうと爪を生やす。しかし死神は雪を抱いたまま、ゆらり壁の中へ吸い込まれていった。
城中をそぞろ歩く死人の群れは、なかなか減らなかった。将軍と白木蓮は、大奥にまで後退した。側室や女中たちは家来たちが外へ逃した。今は腕におぼえのある者たちだけが残っている。
消耗した将軍と白木蓮は適当な部屋へと転がり込む。しっかりと戸締まりすると、ようやく息を吐いた。
「・・・ご無事ですか、上様」
「ああ・・・。案ずるな、かすり傷程度だ。相手が噛みつくしか脳がない死人で良かった」
白木蓮は(良かったのか?)と内心疑問だったが、言わないでおいた。
そこでようやくあたりを見渡す。
朱色の壁。金箔が豪華な屏風には牡丹が描かれている。部屋の隅には金魚鉢が置かれ、見るからに女人の部屋といった感じだ。
「男は基本、大奥には入れぬ。余とて、露が来てからはあまり顔を出していない」
「では、露姫はどちらにお住まいで?」
「基本的に余のそばにいさせた。・・・母上は礼儀に厳しい方で、都育ちの露とは文化が違うゆえ、よく衝突していたんだ。露の数少ない女中たちも嫌がらせで苦労していたようだったゆえ、心配でな」
「過保護ですね」
「佐々木、一言多いぞ」
将軍はじっとりと白木蓮を睨んだ。白木蓮は目をそらす。
(龍胆さんがいればな・・・)
どこへ飛ばされたかわからぬ友を思う。彼は一対多数の戦いが得意だ。いてくれたら、かなりな戦力になっただろう。
すると将軍はゆるりと立ち上がった。
「気になる場所がある。そろそろゆくぞ、佐々木」
白木蓮は将軍の体力に目を見開いた。もう動けるのか。
「それはどこですか?」
「おぺらはうすだ」
異国の来賓を喜ばせるため、十年前、将軍が建てたものだ。城の中でもかなり目立っている。
「あそこは公演のとき意外、めったに人も立ち寄らぬ。死人の棺桶が置かれたとは思えぬのだ」
「ならば、龍胆や露姫さまがおられる可能性もありますね」
「あくまで、可能性だが・・・」
将軍は抜刀すると、思い切り襖を開けた。将軍と白木蓮に気づいた死人達は次々となだれ込んでくる。
部屋中をひしめき合う死人の首をあっさりと刎ね、将軍は叫んだ。
「行くぞ佐々木!」
「はっ!」
ふたり、部屋を抜け出すと、オペラハウスめがけ猛進した。




