鬼ごっこ
流血表現があります。
小梅を前にした将軍、白木蓮、龍胆の三人は、刀に手をかけ、油断なく様子をうかがう。
将軍は床に座り込んで動けない露姫の前に立つと、
「龍胆、もしや連れ去られた子どもとは、この者のことか?」
と訪ねた。龍胆は頷く。
将軍は「ほう?」と言うと、すらりと刀を抜くと、試すように小梅の首へ刃を向ける。
「余を将軍と知っての狼藉か?」
「うえさま。僕と鬼ごっこしませんか?」
小梅は、将軍を見上げると、ゆるりと嘲笑した。その笑みは、出会ったばかりの頃と何も変わらない、大人ですらゾッとする顔だった。
「生者と屍の命がけの鬼ごっこ。きっとご満足いただけるはずですよ」
かわいい唇はおぞましい言の葉で誘う。
「あんまり大人を見くびんなよ、小僧」
白木蓮はため息をつきながら言う。
龍胆は静かに唇を開いた。
「小梅。おまえのことは俺が助ける。戻っておいで」
すると、小梅の余裕めいた顔は一変、鬼のような顔へと変わった。
「おまえが、僕を助けるだと!? 笑わせるな、お母さんの人生を滅茶苦茶にしたのはお前だ!」
「・・・・・!?」
「どういうことだ、龍胆」
将軍が尋ねるが、龍胆はわけがわからない。小梅は間髪入れずに笛に唇を添えた。
怪しくも美しい笛の音が、城中に響き渡る。家来たちが集まってきた。
「上様!」「何事だ!?」「急に笛の音が・・・!」
まずい! と龍胆と白木蓮は声を上げた。
――来るな!
龍胆の声。だがその青い瞳を見たものは、「鬼が出た!」と駆け寄ってきた。龍胆が上様を襲っていると勘違いしたらしい。
一方、将軍は得体のしれない子どもと、対峙する龍胆と白木蓮の姿を見て思案していた。
(こんな年端もいかぬ子どもに、何ができる?)
やがて、家来たちが龍胆と白木蓮を取り囲むと、小梅はニコッと笑った。
――鬼ごっこをはじめようっ!
刹那、城が揺れた。地震だ。
「露っ!」
将軍は呪詛に構わず姫を抱き上げ、龍胆と白木蓮は『鬼ごっこ』が意味するものにそなえて抜刀した。
龍胆は小梅のそばへ走り、叫んだ。
「小梅っ! こんなことをして、雪が喜ぶと思っているのか!?」
小梅の眉がはねた。
「・・・うるさい! ぼくの父親でもないくせに!」
やがて、地震はおさまった。家来たちは龍胆から将軍を守ろうと斬り掛かってくるが、龍胆と白木蓮は手刀でそれを軽くうけながす。騒ぎに乗じて、小梅の周りに梅の花びらが乱舞した。
(またどこかへ向かう気だな・・・!)
龍胆は歯噛みする。すると、「露っ!」と将軍の叫ぶ声が耳に入った。
見れば、露姫の身体も透けてゆく。
「鬼ごっこの邪魔はさせませんよ」
小梅はそう言うと、頭からかぶった桃色のベールを翻し、消えた。
刹那。
――どんっ。
大きな荷物を置くような物音がした。
全員が手を止め、音の方を見れば、廊下に大きな樽のような物が置かれていた。
「なんだ、これは――・・・」
家来の一人が、明かりを手に持ち、樽へ近づく。照らし出されたものを見た瞬間、皆ぎょっとした。
――棺。
土の中から掘り出したのだろうか。泥がつき、カビ臭い。
カタン・・・。
棺の蓋が音を立て、隙間が空いた。先程の明かりを持った家来は、中を覗き込む。
刹那、隙間から腐りかけの腕が、にゅっと伸びてきて、首を鷲掴みにした。
――!?
悲鳴を上げるまもなく、家来は棺の中に引きずり込まれた。絶叫がほとばしる。返り血は、天井やふすまを汚した。
その場にいた全員が、将軍そっちのけで腰を抜かす。この状況で立っているのはやはり龍胆と白木蓮、そして将軍だけだ。
龍胆は棺を見ながら、「上様は平気なのですか?」と横目でちらりと確認する。
「余を見くびるな。この程度、どうということはない。――それより貴様ら、なんだその体たらくは! 今すぐ立ち上がらねば、切腹を申し付けるぞ!」
将軍は鼓舞するが、あやかしを始めてみた家来たちは腰が抜けたままだ。このままでは、全滅だと判断した龍胆は、先に棺桶を始末することにした。
が、その前に棺の蓋が開いた。
ずるっ・・・。
這い出てきたのは、腐敗が進んだ死体だった。女のようだ。黒髪を振り乱し、眼は閉じたまま。口角が耳まで裂けるほど口を開け、歯をむき出し、生者めがけ、突進する。
龍胆は流水が流れるように、無駄のない動きで首を切った。
首は床を転がる。切り離された身体はそれきり動かなくなった。
将軍と白木蓮は、使えない家来たちを踏み越えて、死体の前に膝を折る。しげしげと死体を観察した。
「今まで切ってきた鬼のなかでも最弱だったな、龍胆さん」
「――そうとは限らないよ」
龍胆は抜刀したまま、言う。
「なに?」
将軍はあたりを見渡し――やがて何かを見つけると、ぎょっとした。白木蓮はその視線の先をたどり・・・、すぐさま立ち上がる。
無数の棺が、いたるところに置かれていた。
廊下、座敷、階段――・・・。
「おそらく、城中に配置されています。上様、どうなさいますか?」
龍胆は問う。その時だった。
――龍胆さんは鬼ごっこには参加できませんよ。
小梅のあどけない声がした。龍胆は目を見開く。
体が透けてゆく。どこかへ飛ばされるようだ。
小梅は歌うように将軍たちへ語る。
――鬼ごっこは終わりません。夜が明けるまで――・・・・。




