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枯れ花に口づける鬼  作者: 夢咲 紅玲朱
穢土城編

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波乱の結婚式

屍食鬼の館の裏庭の桜は満開だ。美しいそれを、小梅は忌々しげに見つめた。


なんだか面白くない気分だった。


「ちぇっ!」


小梅は桜の幹を思い切り蹴った。だが小さな子供が蹴ったぐらいでは大木は揺れもしない。むしろ一本下駄と幹の間に指を挟み、激痛が走る。


それがますます面白くなくて、小梅は足を抑えて涙ぐむ。


「なにやってるの、子猫ちゃん」


呆れた声がした。嫌なやつに見られたと振り返れば、案の定、龍胆お手製のお刺身を皿ごと持ち、うまそうに咀嚼する菫の姿があった。


「ちっ! どら猫め。なんのようですか」


「ずいぶん長いお手洗いだねぇとおもったの。お刺身、雪お姉ちゃんがみんなで分け合うようにって」


「――・・・お前は、雪お母さんのことが好きだったんでしょう? なんとも思わないのですか?」


「ぼくはおまえより百年も歳上だよ。おとななの。雪お姉ちゃんの幸せは、ぼくの幸せさ」


「――僕は母親が新しい男と再婚したような気分ですよ」


雪に膝枕をしてもらったことを思い出す。


「僕は生まれたときに親に捨てられた。それを拾ってくださったのが『おとうさま』でした」


甘えることなど許されない環境で育ち、いつの間にか当たり前のように人を陥れてきた。


「はじめてだったんですよ。打算もなしに、我が子のように愛してくれた人は」


――あのやわらかくて温かい膝枕は、僕だけのもの。


そのはずだったのに。


「これから龍胆さんのものになるって思ったら、殺意が湧いてきます!」


今からでも式をぶち壊しにしてやろうかと、懐から竜笛を取り出す。それは幻術を操る悪しき笛だ。ごく最近になって龍胆から許可が降り、護身用に携帯していたのだが。


菫のつぶらな瞳が、らんらんと青に変わった。


「その笛を使ったら、僕はおまえを喰らうぞ、こぞう」


「――」


「僕には、雪お姉ちゃんがすべて。その幸福を奪うなら容赦しない」


小梅はうつむき、涙目で鼻をすする。


「わかってますよ」


その時だった。


甘くとろけるような、心の隙間に入り込んでくる音色が響きわたった。


笛が、ひとりでに奏で始めたのだ。


菫はぎょっとした。


「ちょっと、子猫。何が起きてるの!?」


「僕にもわかりませんよ! 笛が独りでに暴走するなんて!」


小梅もおののき、笛を投げ捨てようとした。


――・・・だが、時すでに遅しだった。


笛を捨てようにも小梅の身体は金縛りにあったように動かなくなる。そのまま、小さな体はどんどん透けていく。


「こうめっ!」


初めて名前を呼んだ。菫はその手を掴もうとした。・・・しかし空振りしてしまう。


小梅は消える間近、ふわりと笑ってみせた。その瞳には、大粒の涙がこぼれていた。


――お母さんのこと、頼みましたよ・・・。


小梅のかすれた声は確かに菫に届いた。


足跡だけを残し、小梅は消滅した。








菫からことのあらましを聞いた雪はぎょっとした。


「そんな! どこへ攫われたの、小梅ちゃんは!」


「――わからない。普通に考えれば朝廷がある都だが・・・。裏切り者の粛清ではなさそうだよ。あの笛なら人一人殺すことは容易だろう。殺さずに連れて行ったということは、小梅を利用してなにかする気だ」


龍胆は奥歯をぎりっと噛んだ。


「小梅ちゃんは無事かしら・・・」


白無垢のまま震える雪。龍胆はぎゅっと抱きしめる。


「大丈夫だ、雪。だいじょうぶ」


龍胆はその背を撫でながら、気合と緊張が入り混じったため息を深々と吐く。


菫は雪へ、


「だいじょうぶだよ、雪お姉ちゃん。すぐに泣かないように、あの子を鍛えたのはぼくだよ。そんなにやわじゃないよ」


と自信ありげに言った。


すると、開け放たれた縁側から聞き慣れた男の声がした。


「龍胆さん。俺だ」


佐々木 白木蓮が、刀を腰に下げ、立っていた。


軍服を着ている。相変わらずカラスのような出で立ちだ。龍胆は訝しげな顔をした。


「久しぶりだな。その格好は、幕府に戻ったのか?」


「いいや。――あんたのその格好は、結婚式か?」


龍胆は頷いた。


「式の最中、子どもが攫われた。――朝廷にかは不明だが」


白木蓮は「なにっ!?」と目を剝いた。それから、「実は俺もだ」と唸る。


「こっちは幕府からの遣いだ。かしこまって命を受けてもらいたい」


「幕府だと!?」


手には『下』と書かれた手紙を持っている。龍胆は目を見開く。雪を伴い、玄関へ向かうと、正座して頭を垂れる。


玄関に入った白木蓮はそれを確認すると、手紙を読み上げた。


「十六夜龍胆。並びに佐々木 白木蓮は穢土城へ参内せよ」


それだけ読み終えると、白木蓮は手紙をしまった。


「それだけか?」


「それだけだ」


白木蓮は深々と、ため息を付いた。


「俺はもう幕府から離れて違う職を見つけてたんだがな。あんたの居場所を掴めずにいた幕府から使い文をおしつけられた。と、思ったが・・・。俺も穢土城へこいと? こりゃ、間違いなく朝廷絡みだぜ、龍胆さん。どうするよ?」


今手紙を読んだらしい。白木蓮は渋面した。


「朝廷を裏切り、幕府も裏切った俺達『怪異討伐隊』が、今更呼び出しくらうとはな」


「ああ。生きて帰れる保証はない」


龍胆と白木蓮は沈黙する。それを破ったのは雪だった。


「小梅ちゃんは!? あの子を助けに行かなきゃ。龍胆さま!」


「あのガキは大丈夫だ」


白木蓮は淡々と言った。


「おそらく幕府と朝廷は竜胆さんが姿をくらまさないよう、ガキを人質にとったんだろう。殺す気はないはずだ」


龍胆も続ける。


「いま、十六夜家の当主は薔薇様のご長男だ。ご長男にどれほどの手腕があるかは不明だが、裏切り者の小梅の力でさえほしいというところを見ると・・・。十六夜家はうまくいっていないようだね」


「あの子はわたしの子ですっ!!」


初めて雪が声を荒げた。龍胆と白木蓮は眼を丸くする。雪は菫を抱きしめながら、涙をぽろぽろ流した。


「たとえ殺されないとしても、あんな幼い子供を暗殺者の中に放り込んだままにしておくことなど私にはできませんっ。菫ちゃんも小梅ちゃんも、わたしの子どもです。どうか、連れ戻して・・・!」


雪の『母』の顔を初めて見た。


その場にいる全員が苦笑する。


幕府と朝廷。どちらもこの国を治める絶対権力。



――誰も死なせずに連れ帰り、全員で再び安泰な暮らしをおくれるのか。



「僕はおとなだよ? 雪お姉ちゃん」


「大人でもわたしの子なの」


雪はそういって菫に頬ずりをする。龍胆は立ち上がった。


「今からでも出立する。――雪はここで待ってろ」


「嫌です! わたしも行きます!」


「足手まといだ。新しく人質を増やす気か」


白木蓮がきっぱりと言った。


龍胆は雪を抱きしめる。


「菫と留守番していてくれ。小梅を連れて、すぐ帰ってくるよ」


「龍胆さま・・・」


「龍胆さん。ちゃんと帰ってこないと、雪お姉ちゃんは僕がもらいますからね」


「ふ。そんな未来は訪れないよ」


龍胆は鼻で笑うと、菫の頭をわしゃわしゃ撫でる。白木蓮が渡されたという軍服を受け取ると、「これにまた袖を通す日が来るとはね」と言いながら着替えに向かった。





雪と菫は残ることになった。


玄関で靴を履く龍胆の姿は、見慣れない軍服だ。


「行ってくるよ」


竜胆は雪を抱き寄せ、唇ではなく、頬に口付けを落とす。


「鬼の姿で登城する気か?」


「穢土まで遠い。それに、鬼になっていたほうが都合がいいよ」


龍胆は表情かおを引き締めると雪に背を向けた。




白木蓮の隣に立つと、肩に手を置く。


突如、暴風が巻き起こった。鬼が移動する合図だ。



雪が目を開けたとき、そこには誰もいなかった。



見送った雪と菫は、深々とため息を付いた。


――お母さんのこと、頼みましたよ・・・。


菫の頭の中で、小梅の声がこだまする。


菫は小さな手で雪の手を取ると、座敷に連れ戻した。


「菫ちゃん?」


「今日はお姉ちゃんのけっこんしきでしょ。僕たちだけでも祝おうよ」


「でも、わたし小梅ちゃんが心配で。それどころじゃ・・・」


「子猫をさらったのが誰だかわからないけど。お姉ちゃんの幸せは僕が守るよ」


雪は瞬いた。菫は空元気のように見えた。それでも、力いっぱい笑っている。


(――わたしがうろたえて心配をかけちゃいけないわ)


自分も笑おう。菫のために。


雪は席につくと、菫にお刺身を取り分けた。


「龍胆さんの分も食べちゃおう?」


「ふふ、菫ちゃんったら」


笑う雪を見て、菫は思う。



結婚式をぶち壊しにはさせない。



二人きりの式となってしまったが、小さな少年はきゅっと密かに拳を握り、誓った。





その夜、雪は、菫と一緒に風呂に入った。落ち込みそうなとき、菫はきまって笑わせてくれる。互いに励まし合いながら、身支度を終え、一緒の布団で眠った。


どうか。無事に全員帰ってこられますようにと、祈りながら。


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