穢土の血の雨
怪異討伐隊が使用するのは御神刀だ。そうでなくては、人間にあやかしは斬れない。
『そっちへ逃げたぞ!!』
真夜中、穢土大橋へ逃げた赤鬼を追う隊士たち。鬼は上裸をむき出しにし、右手を切られ、息を切らしながら橋のど真ん中を突っ走る。負傷しても鬼の足は人間よりずっと早い。
すると、誰かが橋の真ん中で待ち構えていた。
龍胆だ。
『邪魔だ、どけぇぇ!!』
鬼は大きな鉤爪を振り下ろす。しかし龍胆は身じろぎもしなかった。
銀色の光の筋が、一瞬光る。龍胆が刀を抜いたのだと認識したときには、チンッと鞘に納める音が響いた。
ずる・・・っ
鬼の首が、胴体から切り離され、ゆっくり滑り落ちてゆく。
ごろりと転がった首。その横を通り過ぎる龍胆の、ロングブーツの足音は、呆気にとられた隊士たちの方へ向かう。
『隊長、すげぇ!』『あの大鬼を、一瞬で・・・』
すると、龍胆の激が飛んだ。
『感心している暇はないぞ! 眼前の敵に集中しろ。訓練を思い出せ!』
皆がおう、と頷く。龍胆の姿を見ただけで、子鬼共は逃げようとする。
『一匹残らず殲滅せよ。小さくとも、芽は摘んでおけ!』
龍胆は簡単に小鬼の首を跳ねる。あまりに鮮やかなそれは、隊士たちを高揚させた。
龍胆は帝 御自ら選ばれた凄腕である。ゆえに、穢土の怪異はみるみるうちに減っていった。将軍は満足し、龍胆への信頼と隊士たちの人望はうなぎのぼりだった。
ほろりと、桜が舞う。
満開の桜並木を、私服で龍胆と白木蓮は歩いていた。
『部隊も立派に成長したな、龍胆さん』
白木蓮は満足げに言った。茶店を見つけた二人は、三色団子を注文する。
『ああ、そうだね』
龍胆の麗しさに顔を真赤にしながら茶店の娘が盆を持ってくる。
ありがとうと、にこやかに愛想笑いをした龍胆は団子と茶を受け取ると、まったりと茶を飲んだ。
『皆、穢土によく馴染んだ。道を歩けば挨拶してもらえる程度にな。命がけであやかしから守る町だ。愛されていたほうが、やりがいも上がる』
『相変わらず合理的だな、あんた』
白木蓮は団子を頬張った。小さな店だが、なかなか美味い。龍胆と背中合わせに座っている。互いに顔は見えづらいが、会話をするには充分だ。
『お前のところの婚約者の具合はどうなんだ?』
龍胆は静かに訪ねた。
『変わらず病弱でな。・・・・・・医者の判断では、長くは生きられないと言われた』
『ならば今すぐ結婚しろ、白木蓮』
白木蓮は団子が喉に詰まりそうになった。
『なんだ急にっ!?』
龍胆は微笑みながら1つ目の団子へ手を伸ばした。
『余命わずかなら、うかうかしている暇はないよ。お前のことだ、恥ずかしくてまだ手しか握っていないだろう』
『む・・・』
『時間は待ってくれない。明日にでも、結婚の段取りに取りかかれ。特別に長い休暇をくれてやる。――嫁との時間を、しっかり噛みしめるんだ』
『しかし、怪異討伐隊はどうなるんだ』
『討伐隊は――・・・・・・』
龍胆は、なぜか黙った。それは一瞬の間だったのかもしれない。だが、永遠のように長く感じた。
びゅうっと花吹雪が龍胆の黒髪をなぶる。ようやく竜胆は口を開いた。
『お前が抜けた穴は、俺がなんとかしよう。なに、どうということはない。――それより、なあ、白木蓮』
――人を愛するとは、どういう感覚だ?
『なんだ、急に。からかっているなら承知せんぞ』
『からかってはいないさ。知りたくなっただけだ。父親の愛情とも違うのか?』
『父親ぁ? 全然違うぞ、龍胆さん』
そうか。と龍胆は言うと、のんびり立ち上がった。
『明日から休暇を取れ。これは上官命令だ。いいな、白木蓮』
『そりゃ俺はありがたいが。・・・なんだか変だぞ、今日のあんたは』
龍胆はふわりと笑う。
その桜色の唇から発せられる声、動きは、白木蓮は生涯忘れられないものとなった。
『人もあやかしも。血の宴が好きでこまる』
桜が散る。
カラスの群れがバサバサと白い花びらの絨毯を蹴散らし、空へと飛んでいく。いつの間にか太陽は雲に隠れ、不吉なギャアッと鳴く荒々しい声がのどかだった大気を切り裂いた。
真昼の桜は明るいはずなのに、突如、龍胆の周りだけ、夜桜に変貌したかのような嫌な心地がした。
穢土で大量の血の雨が降るようになったのは、その翌日だった。




