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枯れ花に口づける鬼  作者: 夢咲 紅玲朱
屍食鬼編

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13/58

それはきっと、青色の恋

流血表現があります。苦手な方はお控えください。

龍胆が向かったのは、椿の咲き乱れる庭園だった。


真っ赤な花びらは女の唇のように赤い。


「いい香り・・・」


雪は龍胆の腕から降りると、深く息を吸い込んだ。地面にはふかふかの雪が積もっている。


「所有者の金持ちが、庶民向けに開放しているんだ。・・・雪に椿は映えるね」


うまいことを言う。龍胆は得意げに胸を反らす。昼どきだからか人は少なく、貸し切り状態だ。


雪は目を輝かせ、椿を見て回る。白い振り袖を翻す姿は微笑ましい。


「あら?」


そんな中、雪はめずらしい一輪を見つけた。


(青い椿・・・?)


世にも珍しい。青い椿が一輪だけ咲いている。

思わず、雪は走り出した。


「まて、雪。はぐれるぞ・・・!」


龍胆は手を伸ばす。


その時だった。


背後に殺気を感じた。


「人斬りともあろうものが、僕ごときに後ろを取られるとは。ずいぶんと腑抜けになったものだ」


ドンッ!!


「――ぐ、あ・・・っ!?」


龍胆はごぼっと口から血を吐いた。


餓鬼が、片手で鋭く龍胆の胸を刺し貫いていた。




「さっきの花は・・・?」


雪は辺りをきょろきょろ見渡した。花が逃げるはずないのに、どこへ消えたのか。


「きれいだろう。僕のとっておきの花だ」


不意に、男の美声が響いた。


帽子(ハット)をかぶった美男。着流しをさらりと着ている。


青い瞳はギラリと光った。

餓鬼だ。


垣根からあらわれると、瞬間、雪を抱きよせた。


――!?


雪はいきなりのことについていけない。男は構わず、濡れた瞳でゆっくりと問うた。


「まずは君を消毒しなければ。あの男に何をされた? 一週間もいっしょにいたんだ。接吻だけではないはずだよ?」


――さあ、教えて?


その眼はぎらぎらと獰猛な獣のようだった。血で汚れた右手が目に入る。


「その手は・・・!」


雪は叫ぶ。嫌な予感が汗となって滑り落ちる。

餓鬼は笑う。


ふと。――茂みが音を立てた。


巨大な黒い影が餓鬼目掛け飛びかかってきた。


大きな黒猫だ。


男の手にがぶりと噛みつくと、右手を引きちぎった。


「おっと!」


男はさして痛がる様子もない。雪は猫にくわえられ、間合いから外れた場所へ降ろされた。


「くろちゃん? どうしてここに・・・?」


大きな猫又は、雪の友達だった。

真冬でも凍死せずに澄んだのは、この猫が温めてくれたからである。


「・・・ふん。死んだ飼い主の敵討ちか?」


男は噛みちぎられた腕を気に留める様子もなく言った。


「飼い主の血をすすって百年もの間、僕を殺すために生き延びたとは。・・・だが時とは残酷なものだな。今では死体を喰う火車にまで成り下がっている」


男はニヤリと笑う。


「その猫もあの男も。――雪。君の周りは揃いも揃って人殺しばかりだ」


刹那、男は間合いを詰めた。


猫は素早く反応する。男の首を噛みちぎろうと口を開けたが、男の動きの方が速かった。


剛腕で腹をえぐるように強烈な突きを放つ。

哀れ、猫は勢いもそのままにふっとばされた。


変怪が溶け、もとの普通の猫へと戻る。


「ああっ!!」


駆け寄ろうとした雪の肩を男はつかみ、引き寄せる。


「まだ僕の質問に答えていないよ、ゆき」


震える雪の頬に手を添え、ぐいっと顔を近づける。


「さあ、言え。どこまであの男に許したっ!?」


雪は涙に濡れる顔で首を振る。今どう答えても、男の逆鱗に触れるだろう。


男は舌打ちすると、めきめきと牙を生やした。


「や、やめて・・・っ!」


構わず、雪の襟をくつろげ、首筋をあらわにする。噛みつくつもりなのだ。


(たすけて・・・!!)


もともと病弱な体。朦朧とする意識の中、雪は雪の舞う灰色の空を見上げる。

涙が頬を伝う。次に来るであろう激痛へ体が身構える。


ふと。頭の中で、懐かしい声がした。


『雪。――俺は旅立たねばならなくなった。だから、この村に残って、幸せになるんだ』


(これは・・・、龍胆さまの声?)


固く絡み合った糸が解れる。


するすると記憶の糸が紐解かれる。



そうだ、わたしは。


あの人に恋をしていた。


髪が真っ白になった彼は、驚かせてしまうからと目をつぶってしまった。私の前からいなくなった。


出ていく直前、彼はわたしを村人に託して。

わたしが病に冒され、寝込んでいたから。


『ゆき、待ってる。龍胆ちゃんのお嫁さんになるんだから。だから絶対、用事が済んだら迎えに来てね』


そう言って、わたしは。

彼の唇に、泣きながら自分の唇を押し当てたのだ。


(・・・どうして忘れてしまってたんだろう)


あの人は約束を守ってくれていたのだ。


私は、わたしには。


名を呼べるひとが、いる。




「龍胆さまぁ・・・っ!!」


震える声で名前を呼ぶ。うまく呼べたかわからない。


でも。


「――っ!!?」


気がつけば雪を拘束していた腕は解かれていた。倒れ込むようにしてよろめく体を受け止めたのは、約束を守ってくれたひと。

律儀な、鬼さんだ。


おずおずと見上げれば、彼の唇は吐き出した血で真っ赤に汚れていた。


「ああっ!!」


雪は目を見開く。龍胆の胸にはぽっかりと空洞ができている。


「っ! ――はぁ、はぁ・・・!!!」


刀を杖のように地面に突き立て、片膝をついている。そんな状態でもなお、雪を抱きしめて離さない。


「・・・無事か」


落ち着いた声色で龍胆は問う。


顔は血だらけなのに。胸に穴を開けられているのに。


「っ」


雪はもう何も言えない。返事のかわりに抱きつく。深手をおった彼を護らねばならないのに、情けないほど両足はすくんで動けない。この腕の中はこの世で一番安全な気がした。


「また僕を殺しに来たのかい? 人殺しめ」


ぞっとする艶めいた声が響いた。餓鬼がゆらりと立ち上がっている。

龍胆は汚れた唇でふっと笑った。


「それはお互い様だろう。色狂いの殺人鬼」

「人殺し・・・? なんのこと?」


雪は交互に餓鬼と龍胆を見る。


「おや。話していなかったのかい? ――雪。その男は人斬りだ」


雪はひゅっと息を呑んだ。


「・・・え?」


時が、止まった気がした。


「もう何百人も殺してる。その中には女子供も含まれているだろう。幕臣に雇われ、政敵の粛清を行っていた、幕府の犬さ」


――何を言っているのか、わからない・・・。


雪は呆然とした。瞳から、光が失われていく。


まさか・・・。わたしの両親を殺したのは――・・・・・・!?


「まどわされないで。雪おねえちゃん」


あどけない声。雪ははっと我に返った。

菫が、這いつくばりながらこちらへ笑いかけていた。


「菫ちゃん!? どうしたのその傷は!!」


雪は化け猫の正体が菫とは知らない。慌てて、何度もつまずきながら駆け寄る。

膝に抱きかかえると、菫はすり・・・と頬を寄せてきた。


「りんどうさん、ぼくにはなしてくれたよ。むかしわるいことしてたって。それはいいわけしないって」

「――」

「でもね、ちかって、ゆきお姉ちゃんだけは泣かせたりしないよ?」

「う」


雪は口を抑えた。涙がぼろぼろとあふれる。菫の傷ついたほほを濡らす。


「そのとおりだ」


ふと、龍胆の声がした。


彼はぐぐっと、ゆっくり立ち上がる。体からはぼたぼた血が滴り落ちる。


雪に散った椿の花びらと、彼の血が合わさり、残酷なほど美しい。


「俺はかつて人殺しだった。今は人間の死体を喰うバケモノだ。――昔となにも変わってない。・・・変えられなかった」




十年前。花散里から雪を連れ出し、龍胆は薬売りを始めた。


職業柄、傷の類には詳しい。生計を立てることができた。


雪と親子のように過ごした。


飯を炊き、風呂に入れ、同じ布団で眠る。


雪が徐々に声が出るようになったのが嬉しかった。

飯がうまいとおかわりしたことも嬉しかった。


――人を斬る以外で自分を必要としてくれるちいさなぬくもり。


あたたかい涙を流したのは初めてだった。


だがその日々も、終りが来る。



ある日突然、この男が現れたからだ。



玄関の戸を開けた刹那、龍胆は袈裟斬りに斬られた。


長らく続いたぬるま湯で、すっかり油断していたのかもしれない。男の纏うかすかな殺気に気づいたときには、体から血が吹き出していた。


「やあ。僕の雪をよくもさらってくれたね?」


殺人鬼はそう言って笑う。その場に倒れた龍胆に馬乗りになり、その背を執拗に何度も刺す。


(おれ、は。・・・ひとを殺すわけにはいかない・・・!!)


――お前さん、あと一人でも人を殺せば、鬼になってしまうよ。


坊主の言葉がよぎる。


龍胆は知らなかった。


『殺す』以外に、この男を止める方法を。


・・・やがて、動かなくなった龍胆を死んだと思ったらしい。男は体を起こす。


「――さて。僕の雪はどこかな?」


そういって、揉み手する。



龍胆の中で、なにかが弾けた。



(すまない。――雪)


油断した男の手から、刀を奪い取る。


(俺は、結局、変われなかったよ)


流れるように、なんのためらいもなく。


龍胆は刀を振り下ろした。





「俺は今あのときに戻ったとしても、必ず貴様を斬っていた」


龍胆は、にやりと笑った。


「りんどう、さま・・・」


雪はぽろぽろと涙を流した。


知らなかった。彼は、隠し事ばかりだ。


(でも、そうさせてしまっているのは、わたしなの・・・?)


雪は餓鬼と龍胆を見つめる。両者とも満身創痍。餓鬼は右手を菫に食いちぎられている。龍胆は胸の空洞が塞がらない。

椿の花の甘い香りが漂う。


そして、そのときは訪れた。


互いに踏み込む。


もと人間だった者同士の、鬼の一撃は壮絶だった。


龍胆の刀は餓鬼の腕を粉砕すると、そのままの勢いで体を真っ二つに切り裂いた。

餓鬼は眼を見開く。


「ガッ・・・!」


うめき声を上げ、膝をつく。切り離された上半身は地に投げ出される。


そしてそのまま、動かなくなった。








僕だけを見てくれるひとはいなかった。


母親からの愛情は薄かった。


心にぽっかりと穴が空いたまま、時はすぎる。


そんなとき、好きな人ができた。黒猫を飼っていた村娘だ。


でも、彼女は僕を好きになってはくれなかった。


君がほしい。

君の目にうつるのは、僕だけでいい。

気がつけば君は、僕の腕の中で冷たくなっていた。


――死んだ君の瞳にうつる僕。やっと、僕を見てくれたね。


でもなぜか、君は人形のような顔をしていた。


まだたりない。

君の存在を知っているのは、僕だけでいい。


だから家族を殺してみたけれど。やっぱり気が晴れない。



――生きている君に、僕を見てほしかったのか・・・?



餓鬼は――俗名あやめは、首をひねる。


遠くで菫を抱く雪を見つめた。


『あなた、あやめっていうの?』


僕をはっきりと見て、こちらへ歩み寄ってきてくれた素敵な女の子は、君だけだった。


「ゆき・・・」


最期に、僕を見てくれないか?


「それはできない相談だ」


どんっ、と脳に衝撃が走る。


龍胆が、その眼球ごと突き刺し、とどめを刺したのだ。


「雪の目にうつるのは、俺だけで充分だ」


俺もお前と変わらないのかもしれない。


雪を愛したこと。

愛し方が違っただけ。


「――だが俺は、雪を悲しませない」


それだけが、違うところだと。


いつか、君に胸を張って言える日が来ることを願う。


人殺しの俺。


罪を償う事もできず、鬼になってしまった俺。


雪を幸せにできないのに、側にとどめおく、勝手な俺。


「龍胆さまぁっ!!」


雪が飛び込むように抱きついてくる。


よろけ、それを受け止めきれずに、尻餅をついた。

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