打ち上げ花火
花火には様々な種類がある。その中で打ち上げ花火が一番大好き!
近所の広場で見ることができるのは凄く幸せだと思う。
心を震わせる音と共に色鮮やかな大輪の花が夜空に咲き誇る。周囲の雑音が消えた世界で私は花火に魅了される。花火が終わると夢から覚めて現実に引き戻されたように感じる。
そんな私と花火を一緒に見る意味はないと思う。
話し掛けられても聞こえていない。肩を叩かれたり体を揺らされると怒る。花火大会の記憶に花火以外が残るのか聞かれた時に、一緒に見に行った人のことは覚えていると答えた。それでも幼馴染の夏樹はいつも隣にいてくれる……。
夏樹が隣にいるから安心して花火を見られるのだと思う。
胸を弾ませて夜空を見ていた私の目に一筋の光が映り、笛のような音が耳に届く。心と体が震える音と共に光り輝く色鮮やかな大輪の花が私を照らした――。
――私は静かに花火を見つめる――。
――素敵な時間はとても短くて寂しいね……。
花火の余韻に浸っていた私の肩を夏樹が叩いた。
「僕が彩花のための花火師になるから、結婚してほしい!」
「いいよ。」
自然と返事をした。
……えっ!?
お母さんに名前を呼ばれた。その瞬間に先程のやり取りが頭の中を駆け巡った。体中の熱が顔に集まってくるように感じる……。恥ずかしすぎる……。心臓がうるさい……。
今の顔を夏樹に見られたくなくて急いで膝に埋めた。
なんで突然告白したの!?
よし、落ち着こう。これまで兄妹のように過ごしてきたけど夫婦になる日が来るだけだよ。家族同然だから何も変わらない……。全然違うよ!開き直れないよ!
「続きは帰ってからよ!夏樹はそれまで反省しなさい!」
おばさんに夏樹が叱られた理由がわからない。
大勢の人がいる場所で告白するなという事かな?
「彩花の本音を聞く最高のタイミングだったわね。」
お母さんの声色がとても優しくて私を納得させる時と同じだと感じた。
あぁ、舞い上がっていたね……。
現実が私を冷静にさせた。
小学1年生の頃に誰もいない教室で倒れていた私を夏樹が見つけてくれた。病院で目覚めた私は入学式以降の記憶を失っていた。その上に大人の男性が怖くなっていた。大人の男性が目に映ると声を出すことも動くこともできなくなる。二人きりになると震えながら黙って涙を流す。
犯人が捕まっても何も変わらなかった。
夏樹が叫びながら探してくれたお陰で私は無事に救われた。
私を探す夏樹の声だけは何故か覚えている。
病院の先生に「心を守るために記憶を失ったんだよ」と説明された。今でもリハビリを続けているけど余り改善はしていないと思う。今はお母さんと手を繋いで大人の男性と会話する訓練をしている。
現状、私一人では道路を歩くことさえできない。一人で遊びに行けるのは塀を一部撤去して庭が繋がっている夏樹の家だけしかない。
地元の花火大会に行くのは我儘だとわかっている。
それでも打ち上げ花火が見たいから……。
人混みに巻き込まれないように広場から人が減るのを待ってから、お母さんと手を繋いで地面を見ながら歩いて帰った。今夜はいつもと違い夏樹の家に寄ることになった。
私にとって夏樹の家は自宅と余り変わらない。夏樹の両親は私を娘のように思ってくれているしとても優しい。落ち着いて過ごすことができる大切な場所だよ。
家族ぐるみの付き合いをしているからなのか一度も壁を感じたことはない。
お祖父ちゃんとおじいちゃんは幼馴染。お父さんとおじさんも幼馴染。お母さんとおばさんは凄く仲良し。私と夏樹は同い年で物心つく前から遊んでいるので、仲良くなるのは当然だと思う。
私が学校に通えなくなっても夏樹との関係は変わらなかった。夏樹のことが大好きだけど家族に対する感情だと思っていた。結婚に繋がる感情だとは思わなかったし、知りたくなかった……。これまでは夏樹と一緒にいるだけで幸せだったのに……。
よりにもよって、大好きな夏樹を変えてしまう望みを私が抱いてしまった……。
夏樹のために諦めないと駄目だ!
私の言葉で夏樹も諦めてくれるといいけれど。
夏樹の家に入り私と夏樹は机を挟んだソファに座った。お母さんとおばさんはお茶を用意してから私たちの隣に座った。
おばさんはまだ怒っている……。
理由が気になるけど怖いから聞かない。
「夏樹、まずは言うことがあるでしょ。」
「彩花の本音が聞けて良かったよ。考えてから返事をもらったら絶対に断られるからね。」
夏樹の言葉を聞いておばさんの怒りが増した。
これは説教されるかな?
「花火師を目指すことだけを伝える予定だったでしょ。」
「告白することまで親の許可が必要なの?彩花の返事に関係なく花火師にはなるよ。」
おばさんの怒りが更に増した。
この表情は説教確定だよ。
挑発までするなんて今の夏樹は怖いもの知らずだね。
お母さんとおばさんの説教はとにかく怖い……。
「夏樹は花火師になるつもりがないと言っていたでしょ。何かあったの?」
おじいちゃんとおじさんは花火師だけど夏樹の仕事は自由だと言っていた。そのため夏樹が花火師を目指すことにした切っ掛けに心当たりがない。
「3年前の結果だよ。本気で悔しかった……。花火師になっておじいちゃんに勝たないと彩花の一番になれない。彩花が大好きな花火の一番は僕じゃないと嫌なんだよ!」
夏樹は「花火を見ている人に花火師の腕はわからない」、「花火の好みは人それぞれで花火師は関係ない」とよく言っていた。私も夏樹の言葉は正しいと思っていた。
3年前の花火大会も今日と同じ4人で見に行った。打ち上げ花火が始まる前に「割物だけを1発目から10発分、綺麗だと思った順番を決めて」と夏樹に頼まれた。
翌日、私の決めた順番は花火師の腕の通りだとおじいちゃんが微笑んだ。「花火師の腕がよく見えている」と褒められた。おじさんは悔しがっていた。
夏樹は黙って聞いていたけど、本気で悔しかったんだね……。
頼まれた時は夏樹の言葉が正しいことを証明するためだと思ったけど、私が綺麗だと思う花火と花火師の腕に関係があるのか知るためだとは思わなかった。
私の一番はずっと夏樹だよ……。
「説明が足りないわよ。夏樹は花火師になるための勉強を3年前から始めたけど、夫が彩ちゃんに伝えることを許さなかった。彩ちゃんにとって打ち上げ花火がどれほど大切なのか私たちは知っているもの……。夫が許可したのは今朝だったわ。まさか、告白して開き直られるとはね……。」
私は打ち上げ花火が大好きだけど、おばさんは大切という言葉を使った。それに悲しそうに話していたことが気になる。……気になってすぐに怖くなった。こういう経験は何度しても嫌な気分になるよ。
心を守るために記憶を失ったはずなのに、私は何かに縛られ続けている。
どうして自由にしてくれないの……?
「お母さん、心を守るために記憶を失ったはずだよね?何が私の人生を歪めているの?」
「私は守っていると思うわ。それも過保護にね。大人の男性は危険。一人で行動するのは危険。こんな風に彩花を危険から遠ざけているのよ。けれどね、例外があるでしょ。夏くんの家族は安全。夏くんの家は安全。だからね、決めているのは彩花の心だと思うのよ。」
「心が勝手に決めているの!?どうすれば普通に暮らせるようになるの!?」
「諦めようと思ったのも、普通の暮らしができれば諦めなくて済むと思ったのも彩花だけでしょ。夏くんが告白したのは今の彩花よ。彩花の状態はよく知っているわ。彩花、何もせずに諦めたらイライラでは収まらないの……。だからね、今から夏くんに本音をぶつけなさい!」
お母さんは悪くないのにイライラして八つ当たりしてしまった。それでも私のことを考えた言葉でいつも背中を押してくれる……。
お母さんに不満をぶつけると優しい声色と言葉で納得させてくれる。私を落ち着かせて不満を解消するためには何をするべきか教えてくれる。諦めさせられたことは一度もないのに……。
「……ごめんなさい……。」
お母さんに頭を撫でられてから背中を一度叩かれた。
「前を向きなさい」と言われた。
うん。夏樹に本音をぶつけるよ!
「先に僕の話を聞いて。告白は彩花の人生に踏み込みたくて結婚にしたんだよ。花火を見ている彩花の隣にいたのに全然気づけなかった……。彩花の心が僕を待っていたのに遅くなってごめんね……。これからはリハビリを手伝う。病院ではなく一緒に色々な場所に行って楽しむ。大人の力とお金を使って安心安全な場所に行くから大丈夫だよ。彩花、僕を信じて!」
夏樹に返事をするかのようにドクンと大きな鼓動が胸を震わせた。
鼓動が速くなり息苦しく感じる。胸から何かがせり上がってきて温かい涙が流れた……。リハビリ中に何度も涙を流しているけど温かい涙は記憶にない。この涙の止め方がわからない……。
心の主張がどんどん強くなっている気がする。せめて、感情は伝えてよ!
お母さんの膝を叩いた。
どうして鞄からタオルを出してくれないの!?
「夏くんが彩花の心を表に出してくれたのよ。今なら夏くんを通して自分の心と向き合えるわ。それなのに彩花は隠れて逃げるの?それが望みならもう一度叩きなさい。」
心と向き合うのは怖いよ……。
事件の記憶は本当に失っているの……?
「僕を通すなら大丈夫だよ。気になったことを教えて。」
「なんで心が待っているとわかったの?」
夏樹の言葉で気持ちが楽になったよ。
いつも私を安心させてくれる……。
「彩花に会ったらすぐに花火師になることを伝えるつもりでいたのに、怖くて言えなかったんだよ……。心当たりがなくて彩花を見ていたら、悲しんでいると感じた……。花火大会の日にそれだけはないと思って、打ち上げ花火が始まってから彩花の横顔を見たんだよ。何度見ても同じだった……。それで嫌われることが怖くて言えなかったと気づいたよ。」
打ち上げ花火を悲しみながら見ていることに気づいてほしかったの?
どうして一番大好きな花火を見て悲しむの?
認めたくないのに、嬉しい……。
「なんで悲しいの?」
「教室で目隠しをされた孤独な彩花は僕の声だけが聞こえていた。彩花は僕を待っていたのに来なかった。――花火を僕にすると事件と重なるんだよ――。音の大小に関係なく花火は彩花に近づけないし、彩花は動かない……。触れられると怒るのは、孤独だったから……。事件と打ち上げ花火が重なって悲しいけど、隣には僕がいる。毎年、彩花は打ち上げ花火を見て孤独ではないことを確認したいのだと思う。これは想像だけど課題は見つけたよ。彩花を孤独にしない!僕の立場を最大限に利用するからね!」
あっ、見つけてくれた……。
お母さんの膝を叩いた。
無意識に抑えていたものが溢れ出そうとしている。
「……出し切りなさい……。」
タオルで顔を覆ってお母さんの膝に埋めた。
様々な感情が溢れ続けて泣き叫んだ。
――泣き声だけが聞こえていた――。
泣き止むと平常心になっていた。
涙と鼻水を綺麗に拭き取って顔を上げた。
凄く喉が渇いていたからお茶を飲み干した。お母さんが空になったグラスにお茶を注いでくれているのを横目に、お母さんのお茶を飲み干した。そのあと自分のお茶をもう一度飲み干した。
「あ゛ー。夏樹を信じるよ。今から婚約者だね。どうして私のための花火師なの?」
こんなに声が枯れたのは二度目だ。夏樹が「僕の婚約者」と何度も呟いて喜んでいるのを見ていると、恥ずかしくなってきた……。喜びすぎだよ……。
おばさんが呆れた表情で夏樹の背中を叩いた。
「彩花は一番綺麗な花火がわかるでしょ。一番になれば彩花が僕を見つけてくれる。見つけてもらえなくて苦しんでいる彩花が大好きな花火で見つけることを楽しんでほしい。好きなように楽しむのが一番だと思うけど、一度は僕が上げた花火の数を当ててよ!」
「私のための花火師が私には真っすぐ飛ばせないの?」
とても素敵な楽しみ方で一度は当てたい。私のために考えてくれたことは嬉しいけど、まだまだ先の話を照れながらする夏樹の気持ちは伝わってきた……。
でも、私は花火の音も大好きだからね。どんな音を聞かせてくれるの?
「僕が彩花を絶対に幸せにする!だから、彩花が僕を幸せにしてほしい!」
「はい。わかりました。」
隠さないしタオルも使わない。
横顔ばかり見ている夏樹に正面から見てほしい。
今の私は笑えていますか?
楽しんで読んでいただけたら幸いです。