第八話 「冥剣」
鬼神・メイがモルグリムの指示により奎たちに立ちはだかる。抜かれた刀の赤い赤い刀身はその付近の時空を歪ませているようだ。
「鬼神・メイ」
それだけ言うとメイは奎たちの視界から消える。まるで今まで見ていたメイが幻影だったかのように。
「メイさん!やめてくれ!殺すなら俺だけに!」
命乞いするがそれは自分ためではなく他人のため。それをしたのは遠藤だ。遠藤はせめて自分の後ろの人たちを守ろうと火事場の馬鹿力か、なんと縄を引きちぎり手を広げている。
「クソ、柊をボコしてた奴だよな…みんな俺の後ろに!」
そう言ってブレザーを脱ぎ結晶化させ防壁とするのは東雲だ。
東雲はモルグリムたちのいう"スキル持ち"、遠藤はぶっ壊れた度胸を有しており二人はみんなを守ろうと前に出るがそれ以外の奎たちは蹲る者もいれば神に縋る者もいれば抗議の声を上げるものもいる。奎は蹲る者だ。
「(せっかく異世界に来たのに…いやでも5人くらいは生き残れるんだ。その5人になれば…)」
そう思い奎は誰にも見えないよう下卑た笑みを浮かべる。人はこういう時何故か自分が選ばれるような気がするのだ。そう思わないと自分の存在を肯定出来ないからである。
東雲と遠藤に続き西園寺も前に出る
「メイさん!やめてください!あの国王の言っていることがおかしいことくらい貴方には分かるでしょう!」
そう西園寺が叫ぶと何処からか一つ声が聞こえる
「すまない…」
それが奎たちの鼓膜を通過すると次の瞬間に今まで見えなかったメイの姿が露わになる。
もう、刀を振りかぶっている。
「(頼む頼む頼む俺を生き残らせてくれ神様。今までのクソみたいな人生を否定したいんだ。他のクズ共より俺を…!!)」
メイが刀を奎たちに向けて振った。かなり距離があるというのに。
だがその瞬間メイの刀から赤黒い斬撃が飛び出し奎たちに向かって飛んでくる。
そしてーー
「……なッ!」
メイが驚きの声をあげる。
奎が何事かと思って恐る恐る顔を上げると光景は先ほどと何も変わっていなかった。
「(何が起きたんだ…?)」
そう奎が思っていると後方から声が聞こえる
「赤いやつ消えたね…なんでだろ。でも助かった!」
「東雲と同じ感じでスキルってやつ持ってるやつがあるんじゃね?」
そんな男生徒と女性との声。
それで奎は事を理解した。
おそらくメイの刀から出た斬撃が奎たちに近づいた途端消滅したのだ。
するとメイが赤い刀を鞘にしまいモルグリムに話しかける。
「彼らの中に優秀な魔術師がいるようだ。私の斬撃が消滅させられた。」
それを聞いたモルグリムの顔が少し歪む。
メイが続ける
「"アレ"を使う。」
メイがそう言うとモルグリムが急に取り乱す。その長い顎髭を揺らしながら
「待つんじゃメイ!もう少し考えてから…それにお前さんの斬撃を消滅させられるような魔術師がいるとしても何度も耐えられるわけではないだろう?」
モルグリムの額には少し汗が滲み皮膚に隣接する顎鬚が湿る。
それにメイは毅然と返す
「確かにそれはそうだ。私の斬撃を何度も叩き込めばいずれ私の斬撃が通る時が来るだろう。しかしそれまでに彼らがどれだけの恐怖を味わうだろうか。彼らが重罪人ならまだしも彼らはその金髪以外何もしていない。処刑理由も正直に言うと不当も良いところだ。」
「貴様ッ客人兵と言えど言って良いことと悪いことがあるぞ!国王様になんたる不敬を!!」
モルグリムは激昂するがメイは動じない
「せめて、一撃で終わらせてやりたいんだ。」
「"アレ"を使えばどれだけの被害が出ると思っている!!」
モルグリムはもはや最初の優しいお爺さんの面影はない。
フォビアが怒りモルグリムが落ち着いている時とは逆になり今はモルグリムが怒りフォビアが無表情で奎たちの方をじっと見ている。だがその目の奥にあるのは恐怖である。
「そうだな、確かに被害が出るかもしれない。だが、私は彼らを楽に葬ってやりたいんだ。」
メイは言い終わると空に右手をかざすそして口元で何かを唱える
「ーーーーーー」
誰にも聞こえなかった。
だがその瞬間
ーー空が裂けた。
メイの右手を起点として鋭い亀裂が空間を引き裂き、その隙間から黒い霧が溢れ出す。まるで世界が軋みを上げるように。空中の景色が波打ち、ひび割れ、崩れ落ちる。
その裂け目の奥にはそこ知れぬ闇が広がっていた。
やがてその暗闇の中から、一本の刀がゆっくりと現れる。
刀身はまるで星の光を閉じ込めたように鈍く煌めき、刃紋は流れる雲のように揺らめいている。
しかしそれを握る者以外にはその姿は歪み、ぼやけ、まるで現実に存在しないかのように映るだろう。
メイが静かに手を伸ばし、その柄を握る。
ーー瞬間、辺りの温度が急激に下がった。空間が震え、大気が重くなる。
「"冥剣"を抜きおって…」
モルグリムが歯をギリギリと鳴らし拳を握りしめる。
止めなければいけないのに止められない。そんな悔しさと不甲斐なさがその身を駆け巡る。
裂け目が閉じると同時にメイが冥剣を構える。
「あなたたちに無駄な恐怖を味合わせたことを謝罪する。その意を示し、一刀で終わらせる!」
メイが冥剣を奎たちに向けて振った。
一本の黒い線が走った。
その瞬間に奎の存在がこの世界から消えた。奎以外も消えたのかもしれないが奎がそれを知る手段はもうない。
奎が自分の体に起こった異変に気づかないまま、ただ茫然としていた。
蹲りながら最後に見た一本の黒い線。それが見えた瞬間目を瞑った。だがいつまで経っても痛みは来ない。
奎が辺りを見渡してみるとそこは謁見室…ではなく黒い空間だった。よく見ると手にかけられていた縄は消えており、周りを見ても誰もいない。
「は?ここどこ…?」
奎は立ち上がるが何も新たな発見はない。何処までも続く闇しか視界に入らない。
茫然と立ち尽くすとふいにふっと体が軽くなった気がした。
「なんだ?」
軽くなった気がした右手を見てみると
「ーーはっ?」
右手が透けている。右手越しに自分の靴が見えるのだ。そして指先が徐々に霧散していく。風に溶けるようにゆっくりと右手の存在が消えていく。
「なんだよこれーーってうわっ!!」
奎が急に大勢を崩し足元を見てみると足が消滅しており膝から下がもうなかった。
手と足が消滅した。だがそこに痛みはなくそして慌てふためくはずなのに奎の心は何故か穏やかだった。
「死ぬときって意外と安らかって聞くけどこんな感じなんだな…」
音が、色が、すべて遠ざかっていく。視界の端から闇が忍び寄りやがて視界が無くなる。おそらく、眼球が消えたのだ。
だがそれでも恐怖は訪れない。むしろ温かく、安らぎに満ちていた。まるで、母の腕に抱かれるような感覚。
「母さん…行ってきますって朝…言ってなかったな…」
苦しみも痛みもなく奎の存在が徐々に離散していき体の全てが消えすぐに何処かに残っていた意識も消失した。
「……………」
神代奎は死んだ。
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世界の何処かで大地が揺れ、空が軋み、風が悲鳴を上げる。冥剣がもたらした慈悲の裏で現世に厄災が生まれる。裂ける大地か、荒れ狂う海か、それとも人々運命を狂わせる歪みか。
斬った者を冥界に送り安らかな死を与え代償として現世に厄災が訪れる。
それが"冥剣"の本質だった。