第七話 「臆病者の国王」
遂に階段を登り切った奎たちに待ち受けていたのは広い広い廊下だった。壁には等間隔で絵画や壺などが飾られており床に敷かれた赤い絨毯はたとえ靴であってもその柔さを感じられる。
「もう少しで着く。この廊下を右に進んで突き当たりを左に曲がってまた左曲がって右に行けば謁見の間だ。」
「(迷路かよ)」
そんなことを奎は思ったが奎以外も殆ど全員同じことを思っていた。
「先生もう大丈夫です。首、大丈夫ですか?」
そう言って瀬戸が西園寺から降りると西園寺の首には赤い痕がついておりそれをみた瀬戸はおろおろするが「大丈夫よ。気にしないで」と言い西園寺は瀬戸を落ち着かせ再び歩き出した。
奎たちも歩き出したが正直な所もう歩く気が起きないのが心の内である。
階段からもかなり歩いて奎が過呼吸しかけるくらいバテて奎以外もかなり息が上がってきたころ遂に目的地に到着する。瀬戸は途中で再び西園寺におぶってもらったため影響はない。西園寺は瀬戸を背負ってきたというのに一切息は乱れていない。
「着いたぞ。ここが謁見の間だ。静かに入れよ?」
これだけの距離を兜を被りながら来たというのに息が整っている兵士をみて奎は驚愕した。
「(バケモンじゃねぇかよ…)」
膝に手を当てて息を整えると前を見る。すると奎の視界に広がったのは異世界の教会にありそうな大きな扉そのままの大扉があった。
おそらく木造であり扉の上にはカラフルなステンドグラスがあり黒い翼が4枚、生えた金髪の女性が模されている。
「先生ありがとうございました。それにしても大きな扉ですね。」
そう言って瀬戸は西園寺から降りる。西園寺首には先ほどより濃い痕が付いていた。
「そうね教会みたい…」
「フッ俺の中のタナトスを浄化しようってか?あの程度の結界では俺のタナトスは〜」
「……」
こんな感じで己の右手に取り憑くタナトスという悪魔を抑えている男生徒の名前は、寺岡修二である。寺岡のタナトスは……寺岡は高二病なのである。
「(タナトスってギリシャ神話のやつじゃん…)」
奎は心の中だが寺岡に反応してあげる。
奎は不登校であまり教室に来ないため知らないが寺岡の高二病ムーブは最初はウケていたものの皆段々とうざったくなり今では誰も反応しないのだ。
「開けるぞ!」
兵士たちが大扉を2人がかりで開ける。
すると扉の向こうに広がっていたのは今までの廊下の取り繕ったような高級感とは違い今まで赤い絨毯を乗せていた床は石を敷き詰めた床から磨かれた大理石のような床に風変わりし周囲を囲む壁には精緻な彫刻が施されている。
そして奥の方を目を凝らして見ると分かりやすく玉座のような高級感溢れる金色の装飾などがついた椅子に赤髪の男が座っている。
「(あれが多分国王様か…)」
奎たちは手の縄は解かれないまま中に入れられる。
赤い絨毯の通路の隣には何百人もの兵士たちが並んで奎たちを見ており奎は小学生の頃の卒業式を思い出した。
奎たち全員がその場に揃うと兵士が声を上げる
「国王様!侵入者を連れて参りました!!」
そう言われると今まで俯いていた国王が奎たちの方を見る。この時初めて赤髪以外の国王の要素を奎たちは目にしたが…
「(めちゃ普通だな…)」
奎はどうせ異世界の国王様ならイケメンで女を侍らせているんだろうと思い先行劣等感を味わっていたが国王の見た目は赤髪以外は本当にこれといった特徴がなく奎たちの世界でいうフツメンである。
頑張って一つ挙げるにしても高そうな服くらいである。
国王が静かに口を開く。
「僕は、神聖アスフェリア帝国八十二代目国王,フォビア・アスフェリアだ……」
自己紹介だけするとフォビアは黙ってしまった。
「(普通ここって侵入者よ、貴様は何者だ。って聞くとこだろ…)」
奎がそんなことを思っていると玉座の隣で佇んでいた小さな老人が立ち上がりフォビアの元に向かう。
奎はその老人の特徴に覚えがあった。
低い身長の老人だというのに筋肉質な体つき、そして真っ白な長い顎髭。
「ドワーフだ!!!」
奎は思わず声を上げてしまった。クラス中の視線が奎に降り注ぐ。奎は顔を真っ赤にしてうずくまったがドワーフの老人は奎に優しく微笑む。
「ふぉっふぉっふぉ。そうじゃよワシはドワーフじゃ。名をモルグリム・ノクタルという。」
モルグリムのおかけで奎へのクラス中の視線は「なんだこいつ急に大声あげて…」から「すごいななんでそんなこと知ってるんだろ。」になった…と奎は勝手に思いなんとか立ち直った。
「(やらかした異世界来たせいで今日テンションおかしいな…絶対寝る時恥ずかしくなるやつだ。)」
奎がそんなことを思っている間モルグリムはフォビアに何かを話している。
そして十数秒するとフォビアは再び口を開く
「侵入者たちよ、貴様ら何者だ?」
フォビアの質問には西園寺が答えた。
「私達はおそらく別の世界から転移してきたのです。私達はこれを異世界転移と呼んでいます。そして私達は決して怪しいものではなく貴方達に手を出す気はありません。」
この質問の答え方によっては奎たちの命が危うくなるというのに相談無しで即答する西園寺に奎は少し驚いた。
西園寺の返答を聞きフォビアがしたのは更なる質問ではなくモルグリムへ話しかけたのだ。
そして十数秒するとフォビアが口を開く
「手を出す気が無いと言ったが先ほどお前たちの仲間の1人が暴れたそうじゃないか」
柊である。西園寺は忘れていたのか分かりやすく「あ、」と溢した。
すると奎たちが通ってきた大扉が大きな音を立てて開かれる。
扉の先にいたのは水浸しの柊を脇に抱えたメイだった。柊に意識はないようで奎たちは驚いた。
「この者は侵入者たちにも私にも敵対した個人勢力だ。この者は侵入者たちの仲間ではない。」
メイはそう言い放った。
それを受けたモルグリムが西園寺に聞く
「あの者はお前さんたちの仲間ではないのか?」
西園寺は少し間を置き考えると結論を出す
「いえ、仲間です。」
クラス中がその答えに若干驚くが一応"クラスの仲間"なので意味合いとしては合っているので皆口を慎んだ。
それを聞いたメイは心底意外そうな顔をする
「仲間なのか?あなたたちのことを殺すと言った男だぞ?」
そう言われた西園寺は毅然として返す
「私の生徒なので。」
「ふむ…なら返そう。」
そう言ってメイは柊をこちらに放り投げて柊をこちらに返却すると大勢の兵士の中に消えた。
すると待っていたモルグリムが言う
「仲間なのであればその者の責任はお前さんたちが取るんじゃな?仮にも鬼神の手を煩わせたのじゃそれ相応の罰があるぞ」
「鬼神…?」
遠藤が頭をコテンとさせて?を浮かべている。
遠藤以外は先ほどメイが柊と戦う前に「鬼神・メイ」と名乗っているので鬼神という存在がメイであることは分かっている。だが遠藤は分かっていなかった。
そんな遠藤にモルグリムが答える。
「その者を送り届けてくれた白髪の女剣士じゃよ。そらそこにおるのが鬼族最後の生き残りであり鬼神と呼ばれるメイ。じゃよ。」
モルグリムが少し背伸びして指差す先に腕を組んで立っているのはメイだ。
「おお!メイさんが鬼神だったのか!すごいな!」
遠藤が理解したことを確認するとモルグリムが話の続きを始める。
「鬼神の手を煩わせたお前さんたちの罰は国王様が決める。」
そう言ってモルグリムはフォビアにまた何か十数秒話すとフォビアが口を開く。
「君たちは…死刑。死刑だよ死刑。だって僕の城の地下に異世界転移とか訳のわからない理由で入り込んで僕の城を荒らそうとしたんだろ?それでもし僕が死んだら?神聖アスフェリア帝国八十二代目国王フォビア・アスフェリアを殺したなんてこの世に存在するどの罪よりも重い大罪だよ。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
先ほどの暗い感じから豹変し死ねと連呼し続けるフォビアの顔色は青白くなっており冷や汗が毛穴という毛穴から出て目は血走り体は小刻みに震えている。
フォビアは冗談や煽りで暴言を言っているのではない。
今フォビアを支配するのは激しい"恐怖"だ。隣にいるモルグリムは一切動揺していないが。
するとフォビアが1人の兵士に言う
「おい!そこの兵!アイツら何人か殺せ!殺せ!早く早く!殺してくれ!」
フォビアは地団駄を踏みながら玉座の手置きを殴りつけながら兵士に言うがしかしやはり兵士は動揺する。
「え…国王様?よろしいのですか?モルグリム様も…」
「早くしろ!5人くらい残せばそれでいい!」
フォビアが催促しモルグリムはコクンと頷く。兵士はモルグリムのそれを了承と取った。
「では…ゴーナ。」
そう兵士が言うと次の瞬間に兵士の頭上に暴風が生成され奎たちに向けて発射された。ゴーナは風魔術である。
風は目には見えず奎たちに伝わったのはかなりの風圧だけである。
不可視の風が奎たちを切り裂く…
奎は運が悪いのかゴーナの先端は奎に向かっていた。
しかし
「何ッ!?」
兵士が驚くが奎たちには何も分からない。奎は周りを見渡すが特に変化したものはない。
フォビアも同じだったのか兵士に言う
「何をしているんだお前は!早くしろよ!!アイツら殺せよ!」
兵士は兜を被っているがそれでも焦りが伝わってくる。
「風魔術が…ゴーナが…奴らに近づいた途端消滅したんです。」
「は?何もなかったが?嘘つくなよお前から死ぬか?早くアイツら殺せ。」
兵士は続ける
「いや、魔術は打った張本人は風とかの不可視のモノでも見えるんです。ですが奴らに近づいた途端風が離散しました…」
理解できていないのだろうフォビアはそれを信じていない。兵士がサボったのだと思っている。
しかしそこでモルグリムがフォローを入れる
「国王様。兵士が言っていることは真実でございます。」
「ふーん。モルグリムが言うならまあ信じてあげるよ。じゃあ魔術で殺せないなら剣で殺せばいいじゃないか」
フォビアが渋々納得した様子で次は剣での殺害を同じ兵士に命じる。
兵士が鉄剣を抜き奎たちに近づこうとすると西園寺が前に出る。
「私達を攻撃するのであればこちらも反撃しますよ…」
西園寺も焦っているのだろうその額には汗が滲んでいる。
「そうだぞ。俺たちだってただじゃ殺されねぇよ!」
そう言って立ち上がったのは縄を結晶化させて武器として構えるのは東雲だ。
それを見たモルグリムが言う
「そこの兵士、下がってよいぞ。」
「モルグリム???」
怒りと不安が入り混じるフォビアの顔はもはや人のものではないほどに恐ろしい顔をしている。
モルグリムはそんなフォビアに気押されることなく返す
「国王様、侵入者たちを殺さないというわけではありません。スキル持ちがいる集団に一般兵士を向かわせるのは得策でないのです。ですから…」
モルグリムは奎たちから目線を切ってその奥に向ける。そちらの方向いるのは大量の兵士とメイである。
奎は嫌な予感がする。いや奎以外も感じているだろう。
「(これもしかして、いやもしかしなくともメイさんが俺たちを…)」
最悪の予感は的中してしまう。
「鬼神・メイ、侵入者たちを斬り殺せ。7人…いや5人残せばそれでいい。」
先ほどまで優しかったモルグリムの目つきは鋭いものになっていた。
そして大量の兵士の中から一際目立つ白髪が出てくる。そして腰に付けた刀に手をかけて柊の時とは違い今回はその刀を、抜刀する。
その瞬間奎たちの背筋に冷たいものが走る。
メイの持つ白色の日本刀のような刀の刀身は白色の鍔や持ち手と調和しない赤色だ。その赤色の刀身の周りの時空が歪んでいるようにすら見えた。
「鬼神・メイ」
メイはそれだけ言うと奎たちに向かって飛び出した。