第六話 「劣等感の再燃」
手を縄で縛られた奎たちが今いるのは5回目の階段だ。奎たちは1つでも50段はありそうな階段をかれこれ4回上りそして今5回目を登ろうとしている。
「ゼェ…ハァ…」
不登校である奎は早々にバテ始め奎以外の周りの生徒達も疲れ始めている。遠藤は胸筋にできた無数の痣をものともせず息切れなしで楽しそうに登っている。
「あ、あの…まだ着かないんですか…?」
奎の後方から弱々しい女の声が聞こえてくる。言ったのは、瀬戸梨愛。彼女は喘息を患っており奎よりも呼吸が乱れている。
「まだだ。あと2回だから我慢しろ。」
兵士は瀬戸に一瞥だけしてそう返す。
すると西園寺が瀬戸に駆け寄っていく。
「瀬戸さん、大丈夫?キツいなら私がおぶるわよ?」
「すみませ、ゲホッゲホッ!!先生、お願いします…」
そう言って瀬戸は西園寺の背中に乗る。手を縛られているのに首に手をかけさせておぶる西園寺は割と脳筋なのかもしれない。
奎たちも事情は分かっているので何も咎めずそのまま進もうとする。しかし1人の兵士が西園寺たちに絡みに行く。
「おいおいこのぐらいで疲れてるようじゃ国王様に合わせる顔がねぇってもんだ。自分の足で歩けよ女。」
その兵士は今まで喋らなかったが兵士長と呼ばれる兵士がいなくなってからこういう感じに粗を探しては誰かに絡んでいる。奎はまだ絡まれていないがかなりウザいと思っている。柊と似た匂いがするからである。
すると西園寺が形のいい目をキリッとさせて兵士を睨みつけて言う。
「この子は喘息という病気を先天的に患っているんです。この世界には病院があるかどうかも分からないのに無理をさせられません。」
西園寺の目は校則違反をしまくる柊を叱るときよりもっと鋭いものになっている。奎たちも雰囲気で分かったがこれは、本気で怒っている。先程からギリ怒れないくらいのだる絡みを繰り返す兵士に怒りを溜め込んでいたのだろう。
そう言われた兵士は兜で顔は見えないが心底こちらを見下す様子で言う。
「ぜんそく?んなもん知らねぇなぁ、まあそのぜんそくってやつが本当であろうと嘘であろうと別にどうでもいい。おい女、さっさと降りて歩けよ。」
そう言って兵士はなんと瀬戸ごと西園寺を押したのだ。ここは階段だというのに。
軽い押しだったため西園寺はふらつきながらもなんとかその場にとどまる。すると西園寺の目の色が変わる。
「貴方、私の生徒に何をするのですか?ふざけないでください。」
西園寺の目の色は黒だがこの時ばかりは赤く輝いているように見えた。
西園寺が兵士を睨みつけるが手を縛られていて瀬戸をおぶっているためそれしかできない。
兵士もそれに気づいており永遠煽ったり押したりを続けている。すると怒号がこだまする。
「お前!ふざけんなよ!」
兵士の動きも止まる。
その声の主は見た目160センチほどで小さめの男生徒だった。この男の名前は、東雲夏樹だ。
動きを止めていた兵士だがそれを聞き次は東雲の方へと向かう。
「おうなんだよ?あんな病気女のために怒ったってか?」
兵士…いやもうこの場では糞兵士と呼ぶ。
糞兵士は兜をカタカタと揺らし笑いながら言う。
「テメェ……」
東雲は歯を食いしばって糞兵士を睨みつけるが東雲も西園寺と同じく手を縛られているのでそれしか出来ない。
だが異変が起こる。
「クソ、この縄さえ……!?」
パキパキ…という音が聞こえ東雲が音の元凶だと思われる手元を見るとなんと縄が紫色の結晶と化しておりそして完全に結晶化し東雲が手に少し力を込めてみるとその結晶は簡単にバキンと割れた。
「え…なんで?」
東雲も驚きを隠さずにしていると先ほどまで飄々とした態度をとっていた糞兵士が狼狽し始める。
「は?なんだよスキル持ちかよ。クソ、まあこの辺にしといてやるよ。」
そして兵士は階段をとっとと登っていってしまい何故か戻ってくるともう一つの縄を持ってきて「スキル使うなよ?とりあえず付けとけ。」と言い東雲に手渡すとすぐに再び階段を登っていってしまった。
異世界人の口から『スキル持ち』という単語を聞き自分にもスキルがないか期待し縄に力を込める奎だったが依然変化は起こらない。奎は異世界に来た衝撃で忘れていたがこの一件により劣等感という教室で抱き続けた感情を思い出した。
「(クソ、俺にもスキルくれよ神様。できればチート系で。)」
奎がそんなことを思っているとすぐにまた劣等感の種が舞い込む。
「東雲君、ゲホッ!…ありがとう。」
「私からもありがとう。」
瀬戸と西園寺が東雲に礼を言うとすぐに遠藤がはやしたてすぐにクラス中で東雲が英雄扱いされたのだ。
やっとの思いで階段は登り切ったが奎が抱くのは達成感や疲弊ではなくただの劣等感だ。
「(だから嫌なんだよ。この俺が劣等種だと嫌でも自覚させられるこの教室は!)」