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第四十九話 「神撃」

アウロナとサラと奎が野村と遭遇した頃。廃教会の上部では剣戟が鳴り響いていた。


「フンッ!」


瞬間、彼が唸りを上げ、鉄の剣が殺到する銀の糸群を薙ぎ払う。豪剣の一撃は空気を裂き、鋭利な殺人糸をまるで綿のように断ち切った。切断された糸は無様に宙を舞い、教会の床へと舞い落ちていく。


「ふう……もう第何陣かも忘れちまった。」


重たげな息を吐きながら、彼は血の滲む掌で鉄剣を床に突き立てる。その体には幾筋もの裂傷。服の随所が裂け、薄皮一枚で踏みとどまった傷から赤い膜が滲み出ていた。だが——顔を覆う包帯だけは、一切の損傷も見せていなかった。


彼の名はシダルタ。アウロナと奎を逃した後、ただ一人この戦場に残り、延々と飛来し続ける殺人糸と斬り結び続けていた。


「……来ねぇな。魔力切れでも起こしたか?」


沈黙。数刻前まで空気を切り裂いていた銀線が突如として止まり、奇妙な静寂が満ちる。眉を顰め、彼は僅かに姿勢を低くする。油断なく、呼吸を整えながらも耳を澄ませる。


「…………そろそろ——」


言葉が喉から漏れかけたその瞬間。


「すみません」


背後から男の声。無駄のない、端整な抑揚の響きが空間を切り裂く。


シダルタは即座に反応し、音の主の方向へ跳躍。崩れた壁の外、瓦礫と塵煙の彼方、地に一人の男が立っていた。


「その服………帝都のやつらか。」


その男の身に着けているのは、奎や円道寺が纏っていた制服と同じ型。だが、彼のそれは一糸乱れぬまま完璧に着こなされており、整った顔立ちと、それに不釣り合いな糸目が不気味な静けさを醸していた。


「ええ。私の名前は梅垣一(うめがき はじめ)。ここに神代奎という男性はいませんか?」


その名を口にした瞬間、シダルタの目が鋭く光る。空気が緊張を孕み、剣にかけた手に力が籠もる。


「こんな半壊したとこに人がいると思うのか?」


「どうでしょう。意外とそこらの瓦礫の下で潰れているかもしれませんよ?」


余裕の笑み。梅垣の唇がわずかに吊り上がり、糸目が薄く綻ぶ。


「……何が目的だ。相棒は渡さねぇぞ。」


シダルタの声に怒気が滲む。風がその叫びを拾い、砂埃を巻き上げる。


「ははは。私は神代君のクラスメイトです。探す理由はそれだけで十分では?それに、あなたの言い草からして……神代君を異端収容所から出したのはあなたですね?」


「さあ?どうだかな。」


無言の間。次の瞬間、梅垣が背に手を回し、長剣を静かに抜いた。銀に光るその刃が光を反射し、不吉な煌めきを放つ。


「私としてはこのような展開は望んでいなかったのですがね。」


対するシダルタも鉄刀を引き抜き、地に叩きつけるようにして構える。そして、一歩、地を蹴ると教会の階を滑るように駆け下り、梅垣と対峙した。


「ディシウカトル所属,シダルタ。」


「成程。そういえば名乗りの文化がありましたね。では郷に入っては郷に従え。と言いますし私も……そうですね。神聖アスフェリア帝国所属……梅垣一。これでいいですか?」


風が吹く。静寂と静寂がぶつかり合う、その前。


「一応言っとくがやめるなら今だぞ。」


「やめませんよ。あなたから神代君の居場所を聞かなければなので。」


「死に際とて俺は言わねぇ。」


その言葉を合図に、梅垣が動いた。風が逆巻き、彼の踏み込みはまるで音速。長剣を持って真っ直ぐに走る。


「その時は、あなたの首を掲げて神代君を呼び出すだけです。」


——速い。だが、シダルタからすれば遅い。


「遅せぇぞ!異世界人!!」


シダルタは身をひねり、足を横へ滑らせると、梅垣の死角から一撃の踵を放った。鈍い音。膝から繰り出された蹴りが、梅垣の脇腹に重くめり込む。


「ぼおぉぉおお!!!!」


梅垣の身体が吹き飛び、教会の脆くなった壁を突き破って消える。破片が空を舞い、瓦礫が音を立てて崩れ落ちる。


「なんか……思ったのと違うな。」


シダルタが構えを解きかけたその時、銀線が地を走り、爆ぜるように瓦礫を吹き飛ばす。


「いやはや予想外でした。とても痛い。」


埃の中から現れたのは、痛いと言うが全く立ち姿を崩していない梅垣。その手には再び長剣が握られていた。


「ですがもう覚えました。どこからでもどうぞ。」


「はっ!後悔すんなよ…!」


シダルタが爆発的に踏み込み、梅垣の背後へと回る。剣の軌道は一閃。空間そのものを裂く斬撃。


「オラァァァァァッ!!」


だが——


「シュッ……」


「なっ!?」


刹那。梅垣はその刃の軌道を読み切り、紙一重でかわした。彼の制服の背が裂け、繊維が宙を舞う。


その瞬間、シダルタの脳裏に走る映像。予知が告げる死の未来——梅垣の刃が自分の胴体を断つ光景。


「ハァッ!!」


即座にその未来を拒絶するように、シダルタは跳び退く。だが梅垣の剣は長く、刃はなお届いた。


「避けきれねぇ!」


「気づけただけでも天晴れですよ。ハァッ!!」


「グゥッ!!」


鮮血が飛び散る。胸に浅く刻まれた一線。それでもシダルタは踏みとどまり、再度距離を取る。


——だが、梅垣はその隙を見逃さない。


「待ってくださいよ。あなたの断面を見せてください。」


「ッ!…グラナ!」


シダルタが叫ぶやいなや、大地が応えるように震えた。足元の地面が瞬時に盛り上がり、梅垣との間に厚い土壁を形成する。乾いた音を立てて隆起するそれは、まるで古代の城塞のような重厚さを持ち、視界を完全に遮断した。


だが——


「こんな薄っぺらではいけないですよ。」


低く、静かな声が壁の向こうから響く。その直後、まるで紙を破るように——ドンッ!という鈍音と共に、土壁が内側から膨れ上がり、瞬く間に破砕された。


土と石片が雨のように降り注ぐ中、梅垣が悠然と歩いてくる。制服にかすり傷一つつけず、ただ静かに、平然と。


「チッ! グラナグラナグラナグラナグラナグラナァッ!!」


シダルタがグラナを連発する。魔力が爆ぜ、足元から壁が次々に生成されていく。前方だけでなく、左右、背後までも——あらゆる角度からの接近を防ぐため、土壁がドーム状に広がっていった。


しかし——


「それではまだ甘いですよ!もっと硬くないと…!!」


ズドン!ズドン!と

まるで重戦車が突撃してくるような衝撃が、次々に土壁を軽く砕いていく。砕けた壁が飛散し、土煙が視界を覆う中、梅垣は無慈悲に前進を続けていた。


「はぁ!?」


シダルタの顔に、驚愕と困惑が浮かぶ。これほどまでの突破力——常識の外だ。


「行きますよ!!」


その声と同時に、梅垣の長剣が真上から振り下ろされた。


「グッ!!」


未来視——刹那の予知が告げる。反射的に鉄刀を掲げ、寸前で受け止めた。鋼と鋼が火花を散らし、両者の腕に圧力がかかる。


「力比べですか?受けて立ちますよ!!」


梅垣が微笑みながら刃を押し込む。ギギギギ……と金属が軋む音。筋肉では説明のつかない異常な圧力が、シダルタの全身にのしかかる。


「(こんな細腕でこの怪力……スキルか?魔術か?分からねぇが、この状態でやることは一つだ!)」


鍔迫り合いの最中、シダルタの目が鋭く光る。そして——


「ガラ空きだぜ!!」


低く踏み込み、体幹をひねり、一直線に膝を突き上げる。鋼の膝が、梅垣の腹にめり込む。


「グッ!!」


確かな手応え。だが——梅垣は動じない。まるで岩を蹴ったかのような感触。次の瞬間。


「お返しです!!」


全く同じ角度。梅垣が返した膝蹴りが、シダルタの腹部に炸裂した。


「グブゥッ!!」


吐血。全身がのけ反り、重力に逆らえず後方へ吹き飛ぶ。だが、シダルタは気力で鉄刀を地面に突き立て、その勢いを殺す。


「くそ……俺の膝蹴り喰らっといてアレはおかしいな……何かある。」


体内の臓器が軋む痛みに顔を歪めながら、シダルタは梅垣を睨む。その動き、その気配——何も異常は見えない。


だが、梅垣がそれを見透かしたように歩き出し、口を開いた。


「気になりますか? 私のスキルが。」


「ああ。痛みを減らす系か?」


聞かれると梅垣は誇らしそうに言う。


「いいえ。私のスキルは『無敵』です。私にダメージは通りません。何をしようと。」


「……んなもんあるわけねぇだろ。均衡がキレるぞ。」


シダルタは苦笑しながら立ち上がり、口元の血を腕でぬぐう。そして、鉄刀を構え直す。


「ハッタリだと思うならやってみればいい。ほら、斬ってください。」


そう言って梅垣は長剣を地に落とし、両腕を大きく広げる。


「死んでも知らねぇぞ?」


「ええ。死なないのでね。」


挑発に、シダルタは深く息を吸い、魔力を循環させる。骨の髄まで魔力が染み渡り、身体の奥底から熱が湧き上がる。


「じゃあいくぜ………グラニスジェネシス!!」


詠唱が終わった瞬間、大地が叫びを上げた。


地面が割れ、轟音と共に巨大な龍が土より出現する。全長十数メートルにおよぶその龍は、口から泥煙を吹き出しながら梅垣に迫る。


「これは……壮観ですね。」


梅垣が呟くや否や、土龍が彼を飲み込む。直後、土龍の体内で魔力が暴発する。


——ドオオォォン!!


大爆発。光と音が天地を覆い尽くし、あたり一帯の地形が変わる。教会跡地の壁が崩れ、煙が渦を巻く。


「ハァ……ハァ…やったか?」


シダルタはその場に膝をつき、荒い息をつく。魔力の急激な増減が肉体を蝕み、膝が少し震える。


だが——その静寂を破ったのは、聞きたくもなかった声だった。


「それはフラグですよ。」


土煙の中、土に汚れたブレザーを脱ぎながら、ズボンについた土を軽く払う一人の男が姿を現す。

梅垣一。無傷。確かに爆心地にいたはずの男が、笑みすら浮かべて立っていた——。


「これで分かりましたか?」


梅垣がそう言い放ち、乾いた音を立てて地面に転がっていた長剣を拾い上げる。刃はまだ土埃を纏い、戦場の空気に馴染んでいた。


だがその時だった。

急にシダルタの目が見開かれそして気配が変わった。

まるで空気が凍りついたように。熱の中心にあったはずの男から、逆に空虚で研ぎ澄まされた気圧が周囲に滲み出す。


「………ッッ!」


シダルタが一瞬苦しそうな顔をすると、次の瞬間に普段の飄々とした表情を忘れさせるような冷たい冷酷な表情に変わる。


「何をされているのですか?」


眉をひそめる梅垣。だがその声に混じる余裕は、ほんのわずかに揺らいでいた。理解不能なシダルタの行動。それは梅垣の知らない”何か”を孕んでいたからだ。


シダルタは梅垣の問いに応えない。ただ、視線を静かに梅垣へと向けながら、まるで自身の中の檻を外すように。


「急になんですか?質問に答えたらどうで——」



数分後。


戦場は――もはや“跡地”と呼ぶに相応しい光景へと変わり果てていた。元々廃教会があったなんて誰にももう分からない。そこに広がるのは、巨大な陥没と、幾重にも抉れた大地。まるで地殻そのものが怒りに身を震わせたかのように、土は裂け、隆起し、形を変えていた。


その中心には、一人の男が倒れていた。


梅垣一。


彼の身体は、所々が抉れ、赤茶色の血が地に染みる。服は破れ、顔には泥と血が混じる。かつて「無敵」と名乗ったその姿は、今や無様に地に伏している。ただ、まだ息はある。


そして、その場にはもうシダルタの姿はなかった。


残されたのは変形した大地と、へし折れた木々、そして静寂。まるでこの戦いが誰にも知られず、ただ大地だけがその証人だったかのように、風が吹き抜けていく。


「ゲボッ……」


梅垣は地に伏しながら口から戻すように吐血する。


「なんだったんでしょう……アレは。急に人が変わったように……」


梅垣はぽつりぽつりと一人で語る。


「あれだけ強大だったのに…『反転』を……無効化した?強大過ぎると効果を発揮できないのかもしれませんね……」


彼が今回の戦闘で使った本当のスキルは『反転』。物や攻撃の威力を反転する。つまり、強い攻撃ほど彼には伝わらなくなる。

そんなスキルだった。そしてこのスキルは汎用性が高く、次の瞬間梅垣は身体中の抉れた箇所にスキルを発動させる。


「ふっ……ぅ……」


それにより彼の体の怪我は反転。つまり無傷の状態に回復したのだ。

そして梅垣はまだ治したばかりだからかブルブルと震える足でなんとか立ち上がるとその場から立ち去っていく。


「喰ってやりますよ。いつか必ず。」


そんなことを呟きながら彼は森の中に消えた。


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