第五話 「不死≠柊翔」
柊と遠藤の間に落ちた光の中から出てきたのは白髪で2本の角を生やした女だった。奎の推測では鬼族である。
女は片手で柊の拳を止めながら話を始める
「さて、あなたたちはこの後ー」
長い白髪を揺らしながら話し始める女。
そこに先ほどの兵士たちが駆けつけてくる。
「ハァ…ハァ。メイ様お手数かけてすみません!」
先ほどの奎たちへの態度と違いすぎるところには若干奎は不満を覚えたが偉い人なのかなという程度の感心だった。
部下を足蹴にして怒るのかなと思った奎だったが予想は大きく外れる。
「構わない。あなたたちにこの者を制圧する任務はないだろう?」
そう言うとどれだけ力を込めても動かない拳に柊がプルプルと震えながら口を開く
「テメェ…誰だよ?あとこの手離せ。」
柊が睨みを利かせて地底を這うような声で言うが女は平然と返す
「ああ。すまない自己紹介をしていなかったな。私の名前はメイ。そしてこの手は離せない。」
「テメェ…!!」
柊が激昂して封じられていないもう片方の手を振り上げメイに向かい加速させる。
「すまない。話し合いを潤滑に進めるためあなたを暴れさせるわけにはいかないんだ。」
メイはそう言いひょいっと柊のもう片方の拳も簡単に止めて見せた。
「テメェ……ふざけんなよ!死ね!!」
両手を封じられた柊は逆にメイの手を握り返し逃げられない状態にしてから今度は頭突きをねじ込みに行く。柊とメイの身長差的にまともに入ればダメージが大きいのは圧倒的にメイの方である。
「はっ!」
メイは若干強引に柊の手を引き剥がし地面を蹴り美しいバックステップを刻み柊の頭突きを回避した。
「華麗に避けやがって…でもなぁ避けたってことはテメェでも俺の頭突きは当たるとマズいってことかぁ!?」
柊がそう言って醜く笑う。しかしメイは一切表情を変えず返す
「それは違うな。あのままあなたが私に頭突きをしてしまうと私の角にあなたの頭が刺さってしまう恐れがあったから避けただけだ。」
あまりに正直な回答と天然なのか柊にとって憤怒するのに十分過ぎる煽りも入れられている。奎は思わず吹き出しそうになり奎の周りの何人かはもう吹き出して笑っていた。
すると兵士に殺されそうになっているときもそうだっが地獄耳をもつ柊の耳にその嘲笑が入る。
「テメェら!!笑ってんじゃねぇぞ!!後でブチ殺す!!」
もはや柊の頭の血管は破裂するのではないかと思わせるほどに隆起して心臓の鼓動に合わせて波打っており柊の目はとんでもなく血走っている。
すると何故かメイの表情が初めて変わる。
「…あなたは彼らを殺すのか?仲間ではないのか?」
その表情は冷静なものから冷酷なものへと風変わりしていた。
それに柊は当たり前かのように暴論を返す
「あんなやつら仲間じゃねぇよ!俺を讃えることもできねぇクソ雑魚共だ!!全員殺すしテメェも殺してやるよ!!なんせ俺は死なねぇからな!!」
「そうか。」
柊の最低過ぎる発言のせいか奎の目には西園寺の手に物凄い力が入ってるように見えた。
「先生…」
そしてメイの方は柊の暴論を聞き今まで触ることすら無かった腰に付けた白い刀に手をかける。奎たちは気づかなかったがその刀の形は日本刀そっくりだった。
そしてその刀を鞘ごと腰から引き抜くと柊に向けて構えた。
「あなたが私を殺すと言うのならば私にもあなたを殺す権利がある。」
「ああ?入れもんに入ったままじゃねぇか舐めてんじゃねぇぞ?」
柊がそう言うがメイはそれを無視して続ける
「鬼神・メイ」
「あ?なんだそれ?」
「戦闘者として相手への礼儀だ。あなたもするといい」
奎はこの時「異世界ってほんとに戦闘前に名乗るやつあるんだ!」と思っていた。
メイに言われた柊は片手で首を鳴らしながらだるそうに口を開く
「最強の男.柊翔…ってか?」
柊が小馬鹿にするように吐き捨てると次の瞬間にメイはその場から消えていた。
「はっ?どこ…」
柊がメイを見失いあたりをキョロキョロと見るがメイの姿は一向に柊の目に映らない。
「ここだ。」
柊の背後からそんな一言が聞こえるとすぐに柊の背中に灼熱感が走る。そしてそのコンマ1秒後柊の身体が宙へと吹き飛ばされる。
「ーーーっらぁぁぁっ!!なんだよこれぇぇ!!」
そして程なくして柊は石の天井に突き刺さりそのまま突き抜けていく。
あたりに石が飛び散りまくり奎たちのほうにも飛来するがその全てが粉々になり消えた。
それをしたのは。メイだ。
「怪我はないか?」
「ない…です。」
西園寺がそういうと「よかった」と言い残しまたその場からメイが消えた。
「すごいな!メイさん!俺をボコボコにした柊を赤子扱いじゃないか!」
胸筋に痣ができまくっている遠藤がそう元気に叫ぶがすぐに
「それは遠藤くんが受けてるだけだからでしょ?」
というツッコミが飛ぶ。言ったのは放送部を務めて昼食の時間に放送で自分の歌唱する歌を流し学校中から『歌姫』と呼ばれる女生徒、白石由奈だ。
柊がいなくなって少し雰囲気が柔らかくなったのも束の間扉の前で立っていた兵士が奎たちに言う
「貴様らの処遇が決まった。まずは国王さまの元に来い。」
そう言うと周りの兵士たちが奎たちを取り囲み全員の手が縄で縛られる。西園寺は先生らしく「今は従いなさい」と言い柊を除くクラスの全員が縄で縛られ気絶している今泉は兵士の1人に抱えられた。
奎たちは番号順のまま兵士たちに連れられていった。
――――――――――――――――――――――
柊はメイに吹き飛ばされ天井を突き抜けそしてまた天井を突き抜けまたまた天井を突き抜けまたまたまた天井を突き抜け速度は一切収まることなくそのまま何枚か天井を破り続けると上空に出る。
「ーーっっ!、あぁぁあ!!クソ痛ェ!!あのクソアマぁぁぁ!!殺す殺す殺す!」
柊が上空でジタバタして怒っていると再び背後から声が聞こえる
「なら殺してみるといい。しかしそれをするなら私もあなたを殺しにいく。吐いた言葉には責任を持たなくてはいけない」
「はっ?テメェどうやって!」
なんとメイは上昇し続ける柊より高くにおりやがて柊を完全に追い越すと柊の背中の上に乗る。
そして刀を再び振り上げると柊に問う
「さあ、どうする?あなたがまだ私を殺すと言うのであれば私はここからあなたをあの湖に落とす。」
柊がメイが指差す先を見るとそこにあるのはとんでもなく大きな湖があり透き通っているが底は見えない。普通ならばここで謝り生かしてもらうのだがこの男は違う。一度自分の死を否定した人間は死への恐怖が薄くなるのだ。
「ハッ!やってみろよ!俺は死なねぇからなぁ!!」
柊がそう吐き捨てるとメイは少し残念そうな顔をして振り上げた刀で再び柊の背中をぶん殴り湖の方へ吹き飛ばす。
「もう後悔しても遅いぞ。」
「ゴハッッ!!」
柊があまりの衝撃と痛みに血反吐を吐くがその血反吐は血の主に置いていかれ宙に残る。柊は湖の方へ吹き飛んだ。
「ーーーっっっ!、痛いのさえ慣れればいけるなぁぁぁ!!」
柊はこの時スキューバダイビングでもするような気分だった。
そして数秒後湖にとてつもなく大きな音が響きそして津波のような水飛沫が飛ぶ。
柊は湖に着水しても落下速度の全ては殺せずそのまま湖の底に到達して頭を岩に強打する。
「!!ゴボッッ!!」
その衝撃で柊の脳天は割れ透き通る水が赤い鮮血に染まる。そして柊は思わず肺に溜めていた酸素を全て吐き出してしまった。
すると、
「…!!!っっぅ、!!!!っ!!!!!!!」
襲ってきたのはメイ。ではなくとてつもない閉塞感に襲われる。
柊は今更酸素の足りない脳で答えを導き出す。不死。そう仮定しても痛みはある。溺れてしまてば襲ってくるのは死の前にあるとんでもない苦しみ。死という解放は無くこのまま自分は苦しみ続けるのだと。
「っっっ!!!ゴボッ!」
柊は肺の端の端に残されていた最後の酸素を使い水中から上がろうと手を動かそうとする。しかし動かない。何故か手足、否。体が動かないのだ。動かせるのは頭だけ。
すると柊の視界が赤で染まる。思わず頭を振り翳し純粋な水を呼び込み視界を良くする。
この赤は自分の頭からの出血。そう思ったがどうも違う。
血の出先を目で辿ると着いたのは柊の背中だった。なんとか頭を動かして背中の方を見ると
「!!!!」
柊の背中は尖った岩により削り取られ骨が露出していた。
柊は自分の体が動かない理由を理解した。
「(脊髄損傷…?ってやつか?)」
柊が思い出したのは以前に某動画サイトのショート動画で見た身体障がい者についての動画だ。
その人は今の柊とは少し違うが背中を強打して首から下が動かなくなっていた。
柊は絶望する。出られない。あの時の再生が行われるまで柊はここで苦しみ続けるのだ。
「っっ!!っ!!、!!!、!」
柊は声にならない声で叫び続けるが返ってくるのは自分の体に暴力的に流れ込む水だけ。
すると柊の体が動かされる。動かしたのは柊ではない。メイだ。
メイは柊を水中から引き上げると意識を喪失しそうになっている柊の頬を引っ叩き無理矢理意識を覚醒させると先ほどと同じ問いをする。
「さあ、どうする?あなたがまだ私を殺すというのなら私は再びあなたを水中に落とす。」
柊は首から下の感覚の喪失により気付かなかったが柊の背中の肉や骨は殆ど削り取られ無くなっており臓器もまろびでそうになっている。
柊はそんな自分の惨状を見て何故再生しないのか問いたかったがそれより先にやることがある。
言語能力まで失う前に。
「…ころ、さない。」
柊がそう弱々しく言うとメイは柊を地上に降ろし刀を腰に付け直す。
「あなたを殺す理由はもうない。そして先ほど会えなかったあなたたちの処遇だがー」
その時メイは気づいた。柊の心臓の鼓動が止まり生命を維持することが不可能になったことを。
メイも何人も人を殺したことがあり今更見間違うようなことはしない。
柊翔はこの瞬間確かに死亡したのだ。
「…死なないと言ったではないか。嘘なのか?」
メイが少し申し訳なさそうに柊の死体に言うと次の瞬間変わらないメイの表情が大きく変わり片方しか見えない眼が見開かれる。
柊の死体から無数の肉の筋のようなものが飛び出してそれが削り取られ失われた背骨の形になるとやがて赤色から白色に変色し骨となりその次に骨から肉が生やされ柊の背筋が戻ると橙色の皮膚が形成された。
そしてその瞬間からメイの耳に柊の心臓の鼓動が再び聞こえた。
メイは顎に手を当てて少し考え呟く
「彼のスキルは『不死』ではなく『蘇り』なのか?」
帝都に隣接する湖の砂浜でそんな声が響いた。