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第四十話 「トモダチ」

円道寺の言葉に、奎は文字通り開いた口が塞がらなかった。まるで脳が情報処理を放棄したかのように、茫然と彼女の顔を見つめた。


「柊が…?というか柊たちってことは複数人いるの?」


 ようやく言葉を絞り出すと、円道寺は頷きながら、言い淀むように答えた。


「うん。帝国…じゃなかった帝都だ。帝都を乗っ取ったのは、柊君、今泉君、梅垣君、大崎君、野村君、水野ちゃんの6人。」


 その名を聞いた奎は、驚愕のあまり、もはや口を閉じるどころか、さらに開けたまま硬直した。


「水野ちゃんって女子も1人いるのか!?」


 思わず叫ぶように問いかけると、円道寺は目を伏せ、どこか悲しげな表情を浮かべた。


「うん。水野ちゃん何かあったのかな……」


 その口調には、心配とも、後悔ともつかない複雑な感情が混じっていた。


「にしてもどうやって乗っ取ったんだよ。帝都にはメイさんがいるし強いかは知らないけどフォビアとモルグリムさんもいるだろ?」


 奎は完全に会話に引き込まれていた。先ほどまで部屋に入ってきた円道寺を追い出す気満々だった自分が信じられない。だが、それに気づいたのか、円道寺はどこか妖しげな笑みを浮かべた。


「…教えてほしい?」


 その口調はどこか挑発的で、初めてこういう風に誰かと駆け引きしているのだろうか、額には小さな汗が浮かび、頬にはほんのりと赤みが差していた。


「は?」


 奎が眉をひそめると、円道寺は視線を少し逸らしながら言った。


「今から、私の言うこと聞いてくれるなら教えてあげる……よ?」


 言葉の最後には妙な甘さが込められていたが、奎は即座にその空気を打ち消すように返す。


「俺はお前の話を聞いてやってた側なのに何でお前が上になってんだよ。」


 その苛立ちを受けて、円道寺は急に優しさを引っ込め、冷ややかで挑発的な笑みを浮かべて言った。


「私と友達になってくれるなら、全部教えてあげる。あっもし神代君と友達になれたとして、公言はしないから安心して。」


「……あのさぁ、分かってないみたいだからもう一度言うけど、俺は俺を見捨てたお前らが心の底から嫌いなんだよ!そんなやつらと友達になるなんて御免だね!!」


 奎は怒りを込めて吐き捨てる。だが円道寺はまるでその怒りすらも楽しむかのように微笑みを崩さず、さらに言葉を重ねてきた。


「いいのかなぁ…私と友達になって話の先を聞かないと神代君は必ず後悔するよ?」


「別に帝都を乗っ取った方法なんて聞いたところで…」


「それだけじゃないよ。私たちがなんで逃げてきたか。そして今私が神代君に近づいた本当の理由を教えてあげる。どう?私と友達になるだけでこんなに特典が付くんだよ?」


 その言葉に、奎は一瞬目を見開く。円道寺の顔はもはや先ほどまでの柔らかな雰囲気ではなく、狡猾な笑みを浮かべる策士のようだった。


「(クソ……円道寺のやつ優しそうだから油断してたけど、本性は悪女だったのか…。どうせこの取引もなんか狙いがあってやってるんだ。そうだ……)」


 そう思い至った奎は、言葉を絞り出すように言った。


「別にお前から聞かなくてもシダルタやアウロナに聞けばいいだろ。最悪アイツらが知らなくてもサラさんが知ってるだろうしな。」


 一瞬、円道寺の顔が強ばった。だがそれはすぐにかき消され、彼女はしれっと言い返す。


「残念だね神代君。シダルタさんにもアウロナさんにもサラさんにも私は嘘の情報を伝えたよ?」


「嘘バレバレだぞ?」


「そう、私の言ってることが嘘だと思うんだ。でもいいのかなぁ私が本当にシダルタさんたちに嘘を付いていたなら神代君は後悔するよ?」


「さっきから何なんだよ後悔って!」


「私と友達になってくれるなら教えてあげるよ?」


「くっ!……ならもう今ーー」


 言葉の途中で、奎は勢いよくベッドから飛び降り、部屋の扉に向かって歩き出した。手はドアノブにかかり、あと少しで開けることができる。しかし、その瞬間、背後から静かな声が響いた。


「出ちゃっていいの?出たらみんながいるよ?まぁそれでもいいなら出てみれば?そうしたらみんな喜んで神代君を迎えてくれるよ。」


 円道寺のその一言で、奎の手が止まる。確かに、今は円道寺と二人きりだからこそ会話ができている。しかし、他のクラスメイトたちがそこにいるとなると——その顔を見ることは、どうしてもできなかった。


 ゆっくりと振り返り、奎は険しい表情で睨みつけた。


「お前……本性最悪だな。学校では仮面被ってたのか?」


「褒め言葉として受け取っておこうかな。で、私と友達になってくれるの?」


「く…………もし、友達になったなら俺に何を要求するんだ。まさかこれも友達になってからとか言わないよな?」


 奎が詰め寄ると、円道寺は嬉しそうに口角を上げた。


「友達としての関係を求めるだけだよ?秘密のね。」


「友達としての関係って何だ?」


「言われてみると返答に少し困っちゃうね。う〜ん。言葉にするなら対等な関係?的な。」


 円道寺は奎が寝ていたベッドにいつのまにか腰を下ろし、まるで部屋の主であるかのように振る舞っていた。


「今この状況が対等じゃないだろ!ふざけんなよ!」


「そうかな?神代君は私と友達になるだけで私から知りたい事を教えてもらえるなんて私がかなり神代君に譲歩してると思うんだけど。あっもしかして私が譲歩し過ぎてるから心配してくれたの?」


「ああぁあ!!ウザイ!!」


 奎が苛立ち、足をバタバタと鳴らして地団駄を踏む。それを見て、円道寺は笑いながらも少し周囲を気にし、一本指を立てて制した。


「もう仕方ないなぁ。じゃあ神代君、特別に私がなんで君の部屋に来たのかを教えてあげる。」


 円道寺がそう切り出したとき、その声はどこか真剣で、先ほどまでの戯れとは異なる、芯の通った響きを含んでいた。


「……聞くだけ聞いてやるよ。」


 奎が肩をすくめながら応じると、彼女はわずかに唇を引き結び、一拍置いてから、低く静かに言った。


「ありがとう。じゃあ言うね。実はね神代君。私……同性愛者なんだ。」


 室内に、空気が固まるような沈黙が落ちた。


 円道寺は、視線を逸らすでもなく、奎の目をまっすぐに見据えていた。強くも、弱くもない。ただ、真実をそのまま差し出すような目だった。


 奎は瞬きをひとつ、ふたつと繰り返した。何か言葉を探すように口を開きかけたが、それが口に出ることはなかった。


「……今の話に関係あるか?」


 ようやく絞り出したのは、戸惑いのこもった問いだった。


 だが円道寺は、軽く肩を竦めてから、息を吸い、まるで弾けるように感情を解放する。


「あるある、大いにあるよ!続きを聞いて!」


 その声色は、さっきまでの理詰めの圧とは違い、どこか少女らしく高揚していた。


「私ね、西園寺先生が好きなの。」


 口にした瞬間、彼女の表情は一変した。頬を染め、目尻を緩めて、胸の前で両手を組み合わせながら、恍惚とした笑顔を浮かべる。


「スラッとしてて引き締まってるのに、付くところにはしっかり付いてるあの体型とか……。いつも冷静でキリっとした表情に、美しすぎるお顔!!もう大大大好きなの!」


 その熱量は、あまりに鮮烈だった。まるで今にもスキップし出しかねない勢いで、少女は「恋」を語っていた。


 けれど、それがあまりに一方的で、あまりに唐突すぎて、奎は思わず呟く。


「だから……関係あるか?」


 その言葉に、円道寺は一瞬だけ沈黙し、そして表情を静かに切り替える。恋する乙女の顔から、じわりと執着と妬みの色が滲み出していった。


すると、円道寺はベッドから立ち上がり、扉近くにいる奎に歩み寄る。そして、両手で壁を塞ぎ、いわゆる“壁ドン”の体勢で奎を閉じ込めた。目には光がなく、異様なほどの執念を宿したまま見上げてくる。


「あるよ。ある。西園寺先生さ、何でか知らないけど神代君のことばっかり気にしてるんだよね。神代君が連れて行かれた後なんて人生が終わったみたいな顔してて本当に神代君……お前に腹が立ったの!」


 その言葉に続けて、円道寺は奎との距離をさらに詰めた。唇が触れそうなほどの近さ。だがその美貌には嫉妬と怒りの感情が濃く刻まれていた。


「なんであんな完璧の権化のような美しい方がお前みたいな完璧という文字から最も程遠い劣化品を心配するの!?それが私は本当に嫌で嫌で堪らなかったの!!でもこうも考えたの。お前を救って見せたら私を見てくれると思ったの!!だから協力して?お願い!!」


「(コイツイカれてる…こんなやつと友達になんてなったら……)」


 奎の脳裏に赤信号が灯る。だがその間にも円道寺の執着はエスカレートしていく。


「そんなに俺のこと嫌いなやつと友達なんてなるわけないだろ!それを言ったらもっと信用失うとか考えなかったのかよ!」


 言い放たれた言葉に、円道寺は一瞬動きを止めた。何かが壊れる音がしたかのように、沈黙が満ちる。


「お、おい。分かったらもう出てけーーうおっ!!」


 奎が逃げようとしたその瞬間、円道寺がその腕を掴んだ。そして奎を強引に自分を下にしてベッドへと引きずり倒す。


「ねぇ…この体勢。今私が叫んだらシダルタさんたちは神代君のこと幻滅しちゃうだろうね。」


 奎は抵抗しようとするが、円道寺は尋常ならざる力で彼を押さえつける。状況は、外から見ればどうしても、奎が円道寺を襲ったように見えてしまう。

彼女は奎の耳元で、再び囁いた。


「私と、友達になってくれるよね?」


 その笑みは、完全に狂気に染まっていた。


「誰が……お前なんかと。」


「いいの?また、追放されちゃうよ?女の子を襲ったなんてもう誰も神代君の味方してくれなくなっちゃうよ?」


 追い詰められた奎は、必死に考える。だが、選択肢はひとつしかなかった。


「……………友達に……なる。だから…やめてくれ。」


「ほんと!?ありがとう!!これからは秘密の友達としてよろしくね?あっ西園寺先生には言うよ!あとあと!!」


 無邪気に笑いかける彼女の表情が、一瞬でまた先ほどの不気味なものへと変わる。


「裏切ったらさっきみたいにしてどんな方法を使ってでも神代君を追放するからね?」


「……はい。」


神代奎は——円道寺陽菜と、友達になった。


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