第四話 「憤怒の暴君vs気合いの盾」
激怒した柊が奎たちのほうにのそのそと歩いてくる。吹き飛ばされた今泉は打ちどころが悪かったのか気を失って倒れている。
それをしたのは単純明快奎たちの目の前にいる男、柊翔だ。
「テメェら…俺を見殺しにしやがって。」
柊の筋肉が隆起して太い血管もドクドクと音を立てて柊の腕に血液を送る。
それをみた西園寺は奎たちの前に出る。
そして手を広げるとそこで止まれと言わんばかりに堂々と立つ。
「柊君、確かに私たちは貴方を助けてあげられなかった。それはすごく申し訳ないと思ってる。私も自分の身を案じてしまった。でもみんなに手を出すのは許さない。殴るなら、私を殴りなさい。」
そう言って西園寺は覚悟を決めた様子で目を瞑った。
「ヘェ…デカ女いい気概じゃん。なら思いっきり…!」
柊がブン!と音を立てて拳を振り上げる…
そしてその勢いのついた殺人拳は西園寺を捉え…
なかった。
西園寺はゴン!と鈍い音は聞き取ったが自分の体のどこにも灼熱感や痛みを感じることはなかった。おそるおそる目を開けてみると…
「遠藤君!?」
柊の拳を腕で受けていたのは2年C組随一の熱い男。遠藤守だった。
奎もそれに驚いた。だが驚いたのはそれだけでなく遠藤のスピードだ。柊の拳は確かに西園寺の間近まで迫っていた。
その時、奎の周りには誰も助けようとしている者はいなかった。しかしその1秒後とんでもないスピードで柊と西園寺の間に飛び込んだのが遠藤だ。
「テメェ…いつの間に!」
拳を受けられた柊もそのスピードには驚愕の顔を貼り付けている。
柊の拳を受けた遠藤の腕からは煙が出ている。それほどの威力だった。
しかし遠藤はそれを意に介さず制服の前を全て開け柊に遅れを取らないその腹筋と胸筋を露にする。
そして深呼吸し肺に満タンの酸素を取り込むと…
「柊!!殴るなら俺を殴れ!!男が女性を殴るなんて悪いことだー!!!!!」
その声は広い空間に響き渡りその風圧のせいか柱に取り付けられた松明の一本の火が消え天井からは砂利がこぼれ落ちた。
「なんだお前?今更正義漢ズラしてんじゃねぇよ!!」
「気合いだぁぁぁぁ!!!!」
柊は額に血管を浮かべ立ちはだかる障壁を突破すべく再び拳を振り上げる。今回は策なしではなく中指を少し突出させて。
「オラァ!!!」
「フゥゥゥン!!!」
柊の拳が遠藤の腹へ直撃するとドゴォ!!という鈍い音が響いた。
普通なら重要な器官がある腹を狙わせないのが喧嘩だが遠藤は一切防御をしない。
「グブッ!…」
あまりの衝撃に遠藤の口から血反吐が漏れる。
「遠藤君!!」
見てられなくなった西園寺が遠藤に駆け寄ろうとする。しかし遠藤はスッと手を出すと
「大丈夫…です西園寺先生。俺は頑丈なので。」
そう言うと柊に向き直り再び高らかと宣言する。
「柊!!俺以外を殴ることは許さん!!だが俺ならいくら殴っても構わん!!来い!!」
そして遠藤は制服を脱ぎ捨てた。
奎たちから見える背筋はとんでもなくそして状況が状況なことにより奎にはとんでもなく格好良く見えていた。
「遠藤くん…カッコ良すぎるだろ…」
奎は少し涙ぐんでいた。
そんなことはさておき柊はまた遠藤に拳を打つ。
「オラァ!!テメェを殺した後で後ろの奴らも殺してやるよ!!」
「グゥッ!!!…そんなことはさせーん!!!気合いだぁぁぁ!!」
「気合いだ気合いだうるせぇんだよ!!!死ね!!」
今回の柊の拳は一発では止まらず遠藤の肉体を殴打し続ける。
それでも遠藤は一切防御せず腹で受け続ける。
「オラオラオラオラ!!早く倒れた方が身のためだぜぇぇ!!!」
「グゥゥッッッ!!!!諦めぇぇぇん!!」
柊の拳が一発一発遠藤に直撃するたび遠藤の足元にはボタボタと血が滴り落ちる。
奎はそんな遠藤の様子に驚いていた。
「なんで…遠藤くんもスキル持ちなのか?」
こんな場で考えることとしては最低だが遠藤の異常なまでの耐えは常軌を逸していた。
異世界転移によるスキル獲得。そう言わないとおかしいくらいに。
「遠藤君…」
立ち尽くす西園寺も不甲斐なさそうにしている。
その最中も柊の遠藤への乱打は止まるところを知らず続いている。
だがその一方的すぎる戦いは意外な終着を迎える。
「ーーそこまでだ。」
そんな一言が戦場に響くと柊と遠藤のほぼゼロ距離の間に光が墜落する。その光は段々と輝きを失うと巻かれた煙によって完全に消失する。そしてその煙のなかに3つの影が見える。二つは遠藤と柊のものだと分かるだろう。
奎にもそう見えた。
だがもう一つ真ん中の人影は誰にも正体が分からない。
「あなたたちの処遇が決まった。」
煙が晴れ柊の拳を片手で受け止めていたのは長い腰まで届きそうな白髪に2本の妖しく光る赤い角を生やし片方だけ見える眼は赤いと言うべきか黒いと言うべきか悩むような色合いだ。それに巫女服のような服を着た女だった。