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第三十八話 「ヒビ」

病み上がりなせいか、それとも会いたくなかった者たちとの再会のせいか。

奎の顔色は、見る見るうちに悪くなっていく。


「……お久しぶり、です。」


声がかすれた。感情がうまく乗らない。奎が見据えるのは、かつて共に教室で机を並べていた――異世界へ転移したクラスメイトたちと、担任の教師・西園寺星羅。


静かな空気のなか、西園寺が小さく息を呑み、そして口を開く。


「奎君……今まですごく大変だったでしょう?……あの時、何もできなくて……助けてあげられなくて、本当にごめんなさい。」


そう言って、彼女は深く頭を下げた。

その動きに続くように、彼女の背後にいた生徒たち――奎の元クラスメイトたちも、次々に「ごめん」と声を漏らしながら、頭を垂れる。


まるで用意された舞台のように整然とした謝罪の光景。

だが奎には、それが逆に――耐えがたかった。


「(今さら……)」


本音を言えば、怒鳴りたかった。責め立てたかった。あのとき、誰も手を差し伸べてくれなかったことを。

でも――それはアウロナやシダルタにぶつけたばかりの感情だった。


今は、怒るのに疲れていた。


「……もういいですよ、そんなこと。分かったなら、出て行ってください。」


その言葉に西園寺が困ったように眉を寄せる。


「奎君……」


だが、言葉は続かなかった。沈黙の中、見かねたようにシダルタが前に出る。


「相棒、死にかけたばっかでよ。疲れてんだわ。悪ぃけど、今日のところは帰ってやってくれねぇか?」


西園寺はその言葉に短く


「そう……ね。ごめんなさい。」


とだけ言って、クラスメイトたちと共に部屋を出て行った。

奎と西園寺たちの間に出来たヒビはもうどうしようもないほどに広がり、この一件で更にヒビが増した。


重く、閉じる扉の音。

その場に残されたのは、奎、シダルタ、アウロナ、サラ――四人だけ。


アウロナが、やや場違いな調子で言った。


「ヨケイ……なんであんなこと言ったのよ。あんたの身寄りの人じゃないの?」


空気が読めないというより、彼女にとって「情」は複雑なものなのだろう。


「……違うよ。あんなやつらと、再会なんてしたくなかった。お前は"ありがた迷惑”ってやつを知れよな。」


「へぇ……。あんたが陰気なのは知ってるけど、そこまで嫌うなんて。何があったの?」


「ほんとノンデリだな……まあ、いいか。お前はそういうやつだしな。」


「なにそれ!バカにしてるわね!?のんでりってどういう意味よ!!」


顔を赤くして怒りかけるアウロナを、シダルタが手で制した。


「まぁまぁ、落ち着けって。相棒、教えてくれねぇか? なんで、あいつらのことそんなに嫌いなんだ?相棒は理由もなしに人を嫌うタイプじゃねぇしよ。」


「私に殺されかけたのに許してくださるような方ですもんね。……不躾な願いではありますが、私も、知りたいです。」


サラもまた、静かに頭を下げながら言った。


しばらくの沈黙。

だが奎は、この一瞬だけもう何もかもがどうでもよくなった。

理性のストッパーが外れかけ、少し自暴自棄になっていた。


「……他言は絶対にしないでほしい。いいな?」


三人は頷いた。


「……俺さ、違う世界からから来たんだ。で、あいつらは、俺と同じ教室のやつらで、一緒にこの世界に飛ばされた。」


そして――奎は語り始めた。

異界に召喚されたところからの記憶を手繰り寄せてそれを言葉にして。


「――で、俺たちはフォビアに死刑宣告されて、それから鬼神・メイに殺さ――」


そのときだった。


世界が、凍った。


時間が、止まった。


先ほどまで声を発していたシダルタも、アウロナも、サラも――呼吸すら止め、彫像のように静止していた。


「……お、おい、シダルタ?」


恐る恐る手を伸ばす。

触れた頬は――凍土のように、冷たく、硬い。


「……どうなって……」


奎が狼狽していると、轟音とともに空間にヒビが走った。

ガラスを砕くような音。時間とともにヒビは広がり、空間を侵していく。


「なんだよこれ!?どうなってるんだよ!おい!シダルタ!アウロナ!サラ!……あいつらでもいいから誰か!!」


奎がいくら助けを叫んでも、誰も応えない。


ヒビは、シダルタの顔に横一文字に、アウロナの腹部に放射状に走った。


「おい!お前らっ……!!」


そして――奎自身の右腕にもヒビが入った。


「……はっ!?俺にも……!?」


右腕は、動く。だが、ヒビは止まらない。音もなく、冷たく、確実に、身体を侵していく。


「やめろ……やめてくれ俺だけでも助けてくれ!!……俺は……俺はもう……」


――死にたくねぇ!!!


その絶叫は、虚しく空間に響き、

バキン!という決定的な破壊音とともに、奎の視界は真っ暗になった。


――――――――――――――――――――――


「ーーっっうわぁぁぁぁああああああ!!!!!!」


突然の絶叫に、部屋中が跳ねた。


「うおっ!?」


「きゃあっ!?」


「っ!」


シダルタとアウロナが反射的に肩を震わせ、サラは即座にメイド服のスカートの中から太腿のベルトに備えられたナイフを抜いて構えた。

だが――敵はいない。そこにあるのは、夢の続きに取り残されたかのような奎の荒い息だけだった。


「相棒……?急に叫ばれると、俺たちの心臓止まっちまうぜ?」


「そ、そうよ!びっくりしたじゃないの!」


アウロナは目尻に浮かんだ涙を、気づかれないように拭う。シダルタは胸を押さえ、笑いながら心配そうに顔を覗き込んだ。


「ケイ様……どうされたのですか?私はそういう系の罰では……いえ、なんでもありません。」


「ご、ごめん。……ちょっと、喉が痛んで……少し眠りたい。……一人にしてくれ。」


「はぁ!?急になんなの?まだあんたに何があったのか全然……」


「お嬢様、ケイ様はまだ本調子ではないようです。……あっ、そういえば、あちらの部屋にお菓子がございましたよ。」


「ほんと!?さっきのご飯だけじゃちょっと物足りなかったのよね!」


ころっと態度を変えて、アウロナは勢いよく部屋を飛び出していった。サラも一礼し、それに続く。


「……相棒。話せるようになったら、話してくれや。……辛いこと思い出させちまって、悪かった。」


そう言ってシダルタも部屋を出る。

残されたのは、奎ひとり。


静寂。


「他人に言った代償がアレか。もう2度と見たくねぇ……おえ、気持ち悪。」


奎が押し寄せる吐き気を押し戻していると扉がノックされ、ゆっくりと開く。


入ってきたのは、盆を持ったサラだった。


「失礼します、ケイ様。寝ておられたようでしたので……何も口にされていないと思いますのでお持ちしました。」


盆には、木のコップに入った水と、野菜と薄切りの肉を挟んだサンドイッチが乗っていた。


「……食べ終えましたら、扉の前に置いておいていただければ大丈夫です。では、失礼します。」


静かにサラは去っていった。


一人残された奎は、しばし動かず。

やがて、そっとサンドイッチをつまんだ。


――うまい。


パンの香ばしさ、野菜のしゃきしゃきとした食感、噛みしめるたびににじむ肉の旨味。


「……異世界初の、まともな飯だな……」


口の中に広がる温もりと、優しさ。

異世界に来たというのに、異端収容所の獣のエサより酷い食事を経験してきた奎の舌に、それは強く、深く染み渡った。


一口、また一口。


頬に、ぽたりと涙が伝う。


「生きてて良かったぁ……」


これから奎は何の苦しみもない生活を送るのか。はたまた地獄のような苦しい生活を送るのか。それとも、何度も何度も何度も死んで死んで死に戻りをする生活を送るのか。それは神のみぞ知る。

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