第十話 「背中に残る温もり」
奎の決死の咆哮により柊が目覚めた。
「ん……?」
柊は眠そうな目を擦っていてまだ意識がはっきりしていない。
奎は柊とは話したこともないし話したくもなかった。だが今は覚悟を決めるしかないのだ。
「あ、あの、柊くん?」
柊が奎を睨め付ける。その視線はさながら猛獣のようで奎は少し後ずさる。
「なんだ?テメェ誰だよ。」
柊が心底不機嫌そうに奎にそう言う。
そして奎は無理矢理にでも起こした目的を伝えるために指を指す
「柊くん…その…あの女の人どうにかできない?」
奎の指差す先にいるのは鬼神・メイだ。
メイは赤い刀の斬撃が何かに防がれたことに驚いている。
そして奎は理解する。もう死は目前。
メイが冥剣を抜けば終わりだということを
そして奎がメイから視線を柊に戻すと、
「え…?」
柊の顔色は蒼白で顔の毛穴という毛穴から冷や汗を噴出させ小刻みに体が震えている。
奎はこれを知っている。これは、死の恐怖だ。
柊を自分が見ていない間にメイに何かをされてしまったのだと悟った。
「柊くん死なないじゃん!だから…」
奎はこの時柊のことなど微塵も考えていなかった。ただ自分が助かりたいがために柊に懇願していた。
だがその結果返ってくるのは…
「テメェ!ふざけてんじゃねぇぞ!あの女がどれだけヤベェか分かってねぇ殺されかけたんだぞ俺は!!」
分かる。
奎はメイがどれだけ恐ろしい女なのか理解している。柊と同じく奎も一度、メイに殺されたから。
「柊くんーー」
奎がそう言っている間にメイが冥剣を抜いていた。
後方から来る重圧に奎が振り向く。柊は震えて蹲っている。メイが冥剣を振りかぶっている。
「終わった…もしこれで戻らなかったら俺は…」
二度目の死が決定した。もう何をしても意味をなさない。
「あなたたちに無駄な恐怖を味合わせたことを謝罪する。その意を示し、一刀で終わらせる!」
メイが冥剣を奎たちに向けて振った。
また、一本の黒い線が走った。
「(クソ…)」
その瞬間に奎は冥界に送られ安らかな死を迎えた。
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「侵入者たちよ、貴様らは何者だ?」
三度目の質問が奎の耳に入った。
「(戻れた…)」
二度目の死に戻り。
リスタート地点は同じ。行動を変えなければ結果も同じ。
奎は生き残れる方法を探さなければならない
フォビアの質問。これに答えるのは西園寺だ。もしこれが奎の死の原因なのだとすればすぐに声を上げなければならない。しかし奎にそんな勇気は無い。柊の耳元で少し叫ぶので精一杯だった。
「(でも、勇気を出さなきゃまた…)」
理由は分からないが苦しみが無いとはいえ自分が死ぬ感覚は二度経験しても最悪以外の何者でも無い。
しかし奎はそもそも喋るのが苦手。それが生き死にがかかる交渉となればもうまともに喋れなるだろう。
だが奎が取った選択はーー
「ふぉ、ふぉ、フォビア様…どうか僕をを助けてくださいお願いします!ななんでもしますからら!!」
床に手をついて頭を擦り付ける。
土下座だ。この世界でこれが誠意を見せられる行為なのかどうかは賭けではあったがもうこれしかなかったのだ。緊張で噛みまくり口からは血が垂れた。
「(声出せなくて死ぬよりはマシだ…頼む頼む頼む頼む…!俺だけでも助からせてくれぇぇ!!)」
奎のいきなりの奇行に周りの視線の全てが奎に集約する。奎からすれば何かしないと死ぬと分かる状況だがこの先を知らない周りからすれば奎の行動がいかにおかしいことか分かるだろう。
フォビアは表情を変えず奎を見下ろしている。そしてモルグリムから何かを伝えられたフォビアが口を開く。
「…僕に忠誠を誓えるか?」
フォビアの答えに奎は思った。これは、いける流れだ。
そう思った奎はすぐに返す
「は、はい。誓えます。絶対裏切りません。」
フォビアの顔色が少し良くなったように見えた。
そしてフォビアはモルグリムに何かを言われると口を開く
「…ならお前たちの中でスキル持ちがいるならスキルを開示しろ。」
奎がなんと言うか迷っていると西園寺が奎の前に出る。そして奎を一瞥すると賞賛の一言を奎に贈る
「奎君、やっぱり貴方は凄いわね。」
そして少し微笑む。その微笑みは西園寺のような美魔女がするとかなりの破壊力を持ち南学園にいた人知れず活動する『西園寺星羅同好会』の者が見ればもう一生分の幸福を手にしたと言うだろう。奎も少しドキリと胸が高鳴った。
そして西園寺が奎に代わりフォビアと話しだす
「私達はまだこの世界別の世界からに来たためスキルというものの自覚がないのです。何か開示するためにスキルを判明させる方法はありますでしょうか?」
そう言われたフォビアはモルグリムを一瞥すると僕の代わりに話せと言うように首を振った。
するとあちらはフォビアに代わってモルグリムが話しだす
「別の世界…何者かがお前さんたちを召喚した。ということか?」
「うーん…私達もその辺りはよく分かっておらず元いた世界では私が教師であの子たちに教えていたんです。それがある日急にあの地下に…」
そうして西園寺が奎たちを紹介するように少し横に行きモルグリムに見やすいようにする。ほとんど全員がうんうんと頷いた。
「本当のようじゃな…ではスキルの自覚が無いのも最もじゃ。ならば判術石を用意させよう。ワシらの世界にも稀にスキルの自覚が無い童がおるのでな、スキルを判明させる石があるのじゃよ。」
そう言うとモルグリムは兵士の一人に判術石を持ってくるよう伝え、お使いに行かせた。
「寛大なご対応に感謝します。そして一つお聞きしたいのですが、スキルは全員が持っているものなのでしょうか?」
西園寺がそう聞くとモルグリムは腕を組んで何かを思い出すように答える。
「いや…ワシらの世界ではスキルを持っている者の方が少ないくらいじゃよ。スキルを手に入れられなかった者は剣術なり魔術なりを極めるのじゃよ。ワシもその一人じゃ。」
そう言ってモルグリムは穏やかに笑った。
そこから謁見室の雰囲気は温和なものになった。
「(これ…俺のおかげだよな!俺スゲェ!」
奎が心の中でガッツポーズすると後ろから声が聞こえる。
「神代君すごいね!」
「神代君ありがとう!」
「神代めちゃ交渉上手じゃん!」
飛んできたのはクラスメイトからの賞賛の声と視線だ。
今まで奎に視線が集まる時は何かやらかしてしまった時ばかりだった。だから人に見られるのが奎は嫌いだった。
でも今は違う。
クラスメイトから向けられる視線は暖かなものだ。
すると遠藤が奎と肩を組みに来る。
「神代君!すごいじゃないか!俺は神代君が大好きだ!!」
そう言って遠藤は奎の背中をバンバン叩いた。
加減を知らないのかちゃんと背中には痛みが走った。
前の奎ならウザったいと思ったかもしれない。
だが今はジンジンと背中に残る痛みすら自分を賞賛してるように思えた。
「(勇気出して良かった…)」
奎は初めてクラスで暖かな気持ちになることが出来た。