第一話 「クラス転移」
「いってらっしゃーい。気をつけるのよ?」
「……」
返事はしなかった。心のどこかで母親を心配させたくない気持ちはある。でも、いまさら優しいふりをするのも違う気がして無言で扉を閉めた。
彼の名前は神代奎。
奎は高校2年生、そして不登校。今日は1ヶ月振りの登校だった。奎は不登校であるがいじめられていたわけではない。「めんどくさいな」が「今日は行かなくていいや」になる。誰しも一度は考えることだろう。だがどこまで行っても殆どの人は考えるだけ。奎が違うのは、実行してしまったことだ。
それを繰り返すうちに気がつけば何日も学校を休んでしまっていたのだ。
高校で不登校になれば退学になるのではないかと思うかもしれないが奎の通う高校は1ヶ月に一度だけ登校すれば、かろうじて退学は免れるのだ。そんな珍しい規則があるおかげで奎は今のところギリギリ高校生でいられている。
「めんどくさいな…」
足取りは重く、見える景色は薄暗い。それでも奎は歩みを進めるしかない。退学してしまえばいよいよ本物のニートになってしまうのだから。
奎の高校は家からかなり近く徒歩5分といった距離にある。それ故に家を出て4分が経過したころ奎が在籍する私立高校『南学園』に到着した。
「うぅ……」
重い足取りのまま奎は門をくぐり中に入り廊下を進み階段を上がる。一段ずつ足を上げて上がるたびに、心臓が嫌な鼓動を刻んだ。
ここまでで奎はこの1ヶ月溜め込んだエネルギーを使い果たした気分である。
階段を上がり廊下を少し行くと奎のクラスが見えてきた。そして奎は扉を前にするとまずは深呼吸を3回する。これは1ヶ月振りの登校のたびに繰り返している奎のルーティンだ。
「スゥーハァースゥー…」
「あの……」
「えっっ!??」
奎がいつものルーティンをこなしていると後ろから声がかかる。よく考えたら朝、みんなが登校してくる時間に扉の前で立ち止まり深呼吸をするなど完全な不審者であることに薄々気づきながら奎は後ろを振り返る。
「その…ご、ごめんなさい。通してもらえますか?」
「っ!!…すみません。」
奎の後ろにいたのは幽霊…といったら失礼だが本当に長い前髪で目が全て隠れておりマスクにより口元も鼻も見えない。完全に1ヶ月ぶりの登校者にはホラー演出となる女の子がいたのだ。
奎は一瞬叫んでしまいそうになったがそれをどうにか堪え女の子を通した。チラッと見えた制服についた名札には「七瀬」と書いてあった。
奎は最後にもう一度深呼吸すると教室に遂に入った。
「う……」
教室内はすでに何人かの生徒が登校しておりガヤガヤと賑やかな雰囲気があった。
普通の人ならば何も思わない空気なのだが奎は込み上げる吐き気、ズキズキと痛む頭。と気分が最悪である。奎はそれを堪えながら自分の席に向かった。しかし
「今日一限目から数学かよーってえ?ご、ごめん!」
「……はい。」
奎の椅子は「四宮」という生徒に座られており席にはおそらく四宮のものであるスクールバックが置かれていた。四宮は予想外の席主の登場によりそこから退くことを余儀なくされた。
「クソが…邪魔なんだよ」
やっとの事で席についた奎はそんな毒を呟きつつホームルームを待った。
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8時30分になると教室内の全ての生徒が席に着いた。
そして先生が来たのか教室の外から足音が…否。これは先生のものでないと奎は理解した。聞こえてくる足音は走ってきているのだ。
そして足音な扉の前で止まると扉が勢いよく開く
「うっし!間に合ったぜ〜」
入ってきたのは巨人かと勘違いさせるほどの巨躯を持った金髪の男だ。この男は月一でしか登校しない奎でも名前を知っている不良、柊翔だ。見た目通り素行は悪く一度奎はなんの理由もなく突き飛ばされたこともあるくらいだ。
そして柊の隣に取り巻きのような男が1人おり名前は、今泉和也だ。今泉は柊にいつも付いておりわかりやすく言うとジャイ○ンとス○おのような感じである。
そして柊たちの後でコツコツという音が聞こえると静かに扉が開き身長の高い女が入ってくる。
「間に合っていません。柊くん、今泉くん、後で職員室に来なさい。」
凛とした雰囲気を纏い長身で腰まで届く黒髪をポニーテールにまとめた女。この女は2年C組の担任の西園寺星羅先生である。西園寺はとんでもないほどの美人なのだが校則やルールにとんでもなく厳しくその結果校則の魔女と言われている。
だが今日の西園寺はどこか俯いておりクラス中のみんなから顔があまり見えなかった。
「うっせーよデカ女!」
柊がそう罵るとデカいのはどっちだと言いたくなるが西園寺はそんな罵倒を意に介さずホームルームを始める。
「では朝のホームルームを始めます。皆さんおはようございます。今日は転校生が来ます。なんでも外国からの」
西園寺がそう言うと静まり返っていた教室は一気にザワザワとしだし1人喋っていない奎を異質と思わせるほどだ。
「せんせーい!転校生は可愛いですかー?」
席の最後尾にいる柊がデカい声をあげて西園寺に聞く
「知りません。」
西園寺はそう一蹴すると「どうぞ」と言い扉の外にいる転校生を呼んだ。
扉が開きクラス中の注目が一点に集まる。もちろん奎も見ている。
白髪。それだけ見えた。
暗転
奎たちは冷たい石畳の上に投げ出されていた。何人かは意識を失っており何人かは混乱している。その中で1人声を上げるものがいた
「おいおいどこだよここ!」
柊だ。この瞬間において普段一番何も考えていない柊が一番冷静なのではないかと思わせるほどに今奎たちが置かれた状況は意味のわからないものだった。
転校生が教室に入った瞬間奎たちの目の前は暗くなりそして体にジェットコースターの下り坂の時のような浮遊感が伴うと次の瞬間に此処に倒れていた。
「これって…」
奎は周りを見渡した。先ほどまでいた教室は消えて見知らぬ風景が広がっている。壁と天井は床と同じく無機質な石で構成されており全体的に暗い印象を持たせる。そんな中で唯一の光源として存在しているのが柱に掛けられた松明だ。
奎は学校に行っていない分家でアニメ、漫画、小説などなど様々な分野に精通した身だ。それが功を奏したのか奎は今自分たちが置かれた状況を理解した。
「もしかして…異世界?」