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第3話 ふゆ先生

 夏凛は足をこっちに向けて、そっとベッドから降りた。意外にも身長は高く、170cm弱はありそうな印象だ。小顔も相まってスタイルはかなり良いように思える。だが着ているものが高校のジャージなので、どうにも不釣り合いな印象を受けた。というか、懐かしいなこの恰好。俺と同じ高校だから当たり前だけど。


「改めまして、青葉第二高校三年一組、佐藤夏凛です! よろしくですっ!」

「……青葉大学医学部三年、高梨冬雪だ。よろしく」

「えーっ、せんせー元気なくないですか?」

「パンツまみれの女を見てどうやって元気出すんだよ」

「喜ばないんですか?」

「喜ばねえよ!」


 流石に三歳下の女子高生に変な気持ちは抱かない。というか、抱いていたら立場的にまずい。初日でクビどころか通報されてしまう。面倒ごとには巻き込まれたくないし、さっさと家庭教師としての仕事を始めるとするか。……そういや、母親が「気難しい」と言っていた割には明るい子だな。少なくともコミュニケーションに支障はないように思える。


「いいから、早く席につけ」

「初日なんだし、おしゃべりしましょうよー!」

「必要ねえよ、ただ勉強を教えに来ただけなんだから」

「えーっ、生徒の現状を知るのは家庭教師の仕事じゃないんですかあ?」


 適当にあしらおうとしたのに、鋭い一言が飛んできた。この部屋の散らかりようからして大雑把な人間なのかと思っていたが、意外にも頭は切れるみたいだな。


「……まあ、それも一理あるかもな」

「でしょーっ?」

「どっちにせよ座ってくれ。じゃないと始まらん」

「はーい」


 夏凛は本が散乱した床をケンケンパの要領で移動して、ガシャリと大きな音を立てながら椅子に座った。俺はそろりそろりと歩き、同様に腰掛ける。まずは志望校でも確認しようかな。


「えーと、まず来年の受験校だけど」

「おしゃべりって言ったじゃないですかー!」

「ええ……」


 夏凛はむーっと頬を膨らませ、不満そうにしていた。これじゃあ仕事にならないじゃないか。


「おしゃべりって言ったって、何を喋るんだよ」

「夏凛のスリーサイズとか?」

「58、73、67だろ?」

「ちょっ、それ夏凛の国数英の偏差値じゃん!」

「国語が課題だな」

「受験から離れてよ!」


 ちなみに事前にもらった資料に載っていたので、夏凛の偏差値は把握済みだ。早く指導に入りたいのだが、なかなかおしゃべりをやめようとしてくれない。他人と話すの、疲れるからやめたいんだけどな。


「お前はいったい何が話したいんだよ」

「まずせんせーと仲良くなりたいなーって」

「はあ?」

「だってえ、三月まで一石二鳥なんでしょ?」

「一蓮托生な」

「そう、それ!」


 国語の勉強がもっと必要だな。でも俺と仲良くしてどうするのだろう。


「とにかく! せんせーのことを教えてほしいの!」

「何もないよ。部活もやってないし友達もいないからな」

「あーっ、夏凛と同じだー!」

「えっ?」


 ちょっと驚く。てっきりクラスの人気者みたいな性格だと思ったから、友達もたくさんいるものだと思い込んでいたが。


「友達、いないのか?」

「んー、なんか合わないかなーって。夏凛は好きなことだけ勉強出来ればいいから」

「……なるほどな」


 言われてみれば、このカオスな部屋に、お洒落とは無縁そうな服装。同い年の女子高生から見れば変わっているのかもしれない。自分の高校時代と重ね合わせ、なんとなく親近感を覚えた。


「とにかく、俺からできる話はない。お前こそ、何かないのか?」

「ないですよー! せんせーと同じだもん!」

「そりゃそうか」

「そりゃそうです!」


 夏凛は胸を張った。胸を張るようなことではないと思うのだが、それはひとまず置いておくとして。


「じゃあまず、お前の志望校から――」

「ちょっ、ちょっと待ってください!」

「今度は何だよ?」


 こうも度々止められると困るのだが。しかし夏凛は両手をこちらに伸ばしてまで制止して来たので、仕方なく話を聞いてやることにする。


「せんせー、その『お前』っていうのやめてください!」

「えっ?」

「夏凛には夏凛って名前があるんですー!」


 またも頬を膨らませてご立腹の様子。でもたしかに「お前」ってのは乱暴かもしれないな。もうちょっと丁寧に――


「じゃあ『おまえさん』で」

「無免許医になる気ですかー!?」

「俺にピノコはいないぞ」

「だったら『おまえさん』もだめです!」

「そうか……」

「普通に『夏凛』って呼び捨てでいいですよ?」

「えー、それはどうかなあ……」

「呼んでくれないなら、夏凛は『冬雪たん』って呼びますから!」

「それは絶対にやめろ」


 それだけは無理だ。その呼び名には思い出すだけでも恐ろしい思い出がある。あのヤバい黒歴史が……って、考えるのはやめておこう。


「わかった、呼び捨てにするよ。だから『たん』だけはやめてくれ」

「えー、分かりましたよう」

「なんでもいいから適当に呼んでくれ」

「うーん、じゃあ……」


 夏凛は腕を組み、真剣に頭を悩ませていた。頭を悩ませるなら問題集相手にして欲しいのだが、それを言って聞く人間じゃなさそうだ。


「ふゆせんせー!」

「えっ?」

「ふゆ先生、じゃだめですか?」


 首をかしげ、こちらの様子を伺う夏凛。ふゆ先生、か。あまり堅苦しくないし、呼ばれて嫌な感じもしない。これでいいか。


「いいよ。それにしてくれ」

「やったー! ふゆ先生、これからよろしくお願いします!」

「はいはい、よろしく」

「えー、夏凛のこともちゃんと呼んでよ!」

「か、夏凛?」

「そうそう! よく出来ましたー!」

「それは生徒が言うセリフじゃねえんだよ! いい加減に始めるぞ」

「はーい」


 夏凛は机に向き合い、ペンを手に取る。奇想天外な生徒に振り回されながら、家庭教師生活が幕を開けた――

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