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第2話 ジャージと○○に埋まった女子高生

「ここか……」


 八月下旬のある日の夕方、住所の書かれたメモ用紙を握りしめ、仙台都心近くに位置する一軒家の前に立つ。表札にはたしかに「佐藤」と記されている。メイに紹介され、今日から受験生の家庭教師をすることになったのだ。が、しかし――はっきり言って乗り気でない。


 家庭教師というのは一対一のコミュニケーションが必要になるわけだ。自慢じゃないが、人との交流は俺が一番嫌いなこと。本来であればこんなバイトはしないのだが、メイがやたらプッシュしてきたうえに、時給が高いことに惹かれ、引き受けてしまったというわけだ。俺には金が必要なのだから仕方がない。せいぜい三月までの辛抱。ここは気合いを入れて頑張るしかないか。


 玄関にある呼び鈴を押すと、インターホンから女性の声が聞こえてくる。声を聞くに中年くらいだし、おそらく生徒の母親だろうな。間もなくガチャリと扉が開く音がして、出迎えられた。


「あら、高梨たかなしさん……ですか?」

「初めまして。今日から家庭教師をさせていただく、高梨冬雪(ふゆき)と申します」


 礼儀作法に従い、深く頭を下げる。なんといっても普段のバイト先とはけた違いの時給で雇ってもらったからな。ここで両親クライアントの心証を損ねては意味がない。


「やだあ、そんなにかしこまらないでください」

「いえ、そんなわけには……」

「まあまあ、とりあえず上がってください。ひとまず契約の話をさせていただきますから」

「はい。ありがとうございます」


 とりあえず第一印象としてはそれなりのものを与えられただろう。やっぱりコミュニケーションというのは技術でどうにかなるものだな。安堵してほおと息を吐き、履いてきた革靴を脱いで家の中に上がる。うわっ、広い廊下だな。しかもピカピカのフローリング。掃除も行き届いているし、俺の()()とはえらい違いだ。


「あの~、高梨さん?」

「あっ、すいません! 今行きます!」


 しげしげと家の中を眺めていたもんだから、母親に怪しまれてしまった。いかんいかん、早く行かないと……。


***


「高梨さん、今日からよろしくお願いしますね」

「はい。娘さんのため、精いっぱい指導させていただきます」


 居間に通されたあと、契約書にサインをして、正式に家庭教師として雇われることになった。俺の役目はこの佐藤家の娘に勉強を教え、志望校に合格させることだ。


「早速、娘の部屋にご案内します。二階ですから、どうぞこちらへ」

「分かりました。ご丁寧にありがとうございます」


 母親は席を立った。それに従い、一緒に階段の方へと歩いていく。うーん、どこを見渡してもすごい家だな。居間にはデカいグランドピアノが置いてあって、本棚がたくさんある書斎らしき部屋もある。恐らくここの家主である父親の部屋だろうな。階段を上った先には廊下があり、二つの部屋が並んでいる。


 俺たちは廊下の先まで進み、奥の部屋の前で立ち止まった。どうやらそこが生徒の部屋らしい。……ってあれ、なんだか急に母親が浮かない顔をしているな。


「どうかされたんですか?」

「あの……高梨さん?」

「?」

「娘にはちゃんと片付けるように言ったんですけど、その……もしかしたら散らかってるかもしれません」

「ああ、そんなの全然気にしませんよ」


 ため息をつく母親。かなり上品な家庭みたいだし、ちょっと散らかっているだけでも気にするのかもしれないな。別に机に座れればいいのだから、家庭教師にはあまり支障がないだろう。


「しかもけっこう気難しくて。今までいろんな先生と合わなかったので……」

「はあ、そうだったんですか」


 若いのに気難しいとはどういうことだろう。メイが「特殊」と言っていたことと関係があるのだろうか? とはいっても、ここまで来たら実際に教えてみるしかなかろう。


「では、よろしくお願いしますね」

「はい。ありがとうございます」


 母親は階段の方へと戻っていった。ここから先は二人でよろしく頼む、というわけだな。俺はこんこんと扉をノックする。


「こんにちは。家庭教師に来た高梨です」

「……」


 あれ、返事がない。勉強に集中しているのだろうか。もう一度ドアをこんこんと叩き、中にいる生徒に合図する。


「あの、入ってもいいかな?」

「……」


 やはり何も返ってこない。女の子の部屋だし、勝手に入るのもどうかと思うが、とは言ってもこれでは仕事にならないからな。俺はそっとドアノブに手をかけ、静かに開けていく。


「失礼しまーす……うわっ!?」


 しかし、目の前に広がっていたのは――衣服類と本が散乱した、足の踏み場のない部屋だった。カーテンは締め切られていて薄暗い。辛うじて奥の方に学習机があり、そこには椅子が二つある。机の上はノートや教科書が散乱しているようだ。手前の椅子は新しいみたいだな、きっと家庭教師を受け入れるために購入したのだろう。部屋の右手の方にはベッドがあるが、そこも大量のジャージで埋まっている。……って、肝心の生徒がいないじゃないか。


「あのー、いないの……?」

「……」


 反応なし。このままでは給料が貰えん。母親のところに行ってみるか。


「お母さんのとこに聞きに行っちゃうよ……?」

「!」

「ん?」


 その時、部屋のどこかが蠢いた。よく目を凝らしてみると、ベッドの上のジャージがもぞもぞと動いている。まるで胎動のようだ。……まさかここに隠れているんじゃないだろうな。


「……」


 埃っぽくてあまり足を踏み入れたくないが、仕方あるまい。俺はつま先立ちで部屋の中に進んでいく。


「いって!」


 何か踏んだ! 慌てて足裏を見てみると、どうやら何かの針が刺さったようだ。部屋を見渡してみると、本に限らずホッチキスでまとめられた資料なんかも散乱している。これのせいか……。


 特殊というか、面倒くさい生徒みたいだな。腹が立ってきたので、つかつかとベッドの方に近寄っていく。勉強を教えて給料をもらうだけかと思っていたのに、これじゃ何をしに来たのか分からんじゃないか。丁寧語にも飽きてきたので、問い詰めるようにジャージの山に呼びかける。


「おい、いるんだろ?」

「……」

「ったく、知らねえぞ」


 山の一番上から、ジャージを取り除いていく。どんだけ高校のジャージ持ってんだ、コイツ。よくよく見ると部屋に転がっている衣服もみんなそうじゃないか。毎日体操着で生活してるのかよ、変な奴だなあ。そんなことより、早く生徒を掘り出さないと。これはジャージ。これもジャージ。これはズボン。これもジャージ。これは靴下。これはパンツ。これは……って、んん!?


「あーっ、えっちだー!」

「はあっ!?」


 次の瞬間、衣服の山ごと持ちあげるようにして――潜んでいた生徒が身を起こしてきた。整った小顔に美しい長髪。だがしかし、その頭には色気のない灰色のパンツが載っている。あまりにもミスマッチだ。


「初めまして、せーんせっ!」

「ななな、なんだお前!?」

「なんだって、夏凛かりんは夏凛だよ?」

「そうじゃねえ! なんでパンツの山に埋もれてんだ!?」

「えー、だってえ……」


 夏凛と名乗る少女は頭上のパンツを取り除くと、あざとく顔を傾けた。そしてからかうように、一言――


「せんせーが喜ぶかなって!」

「一生パンツ被ってろ!!」


 これが俺の生徒、佐藤夏凛さとうかりんとの出会いだった――

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