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4話 ペットカゲ

 咽頭が焼けるような渇きを感じ、目を覚ました。

 身を起こすと見知らぬ部屋の柔らかなベッドの上。

 白いレースのカーテンが窓から柔らかい日差しと温風を受け、膨らんでいる。


 側を見ると、小さな少女が我の脱皮した鱗を握りしめ寝息を立てている。

 ベッドに備え付けられた木製の柵から、共に囚われの身であることを察するも、喉の渇きが耐え難い。


 そこへサイドテーブルの上、スポイトの刺さったガラスコップが目に入る。

 薄い体を活かして、柵の隙間からするりと抜けると、コップに溜まる水気に飛びつき、舐めるように飲み干した。

 しかし、未だ衰えぬ渇きに耐えかねる。

 次いで目に付くのは窓辺のタンスの上。ぽいと花瓶から挿花を抜き放ち、裂けた口角より水を滴らせ、花弁の浮かぶ水をぐびぐび飲み干すと、ひと安心。


「シュー……(ふぅ……)」


 ようやく余裕が出ると、はてあの少女は……と思い出し、ベットを振り返る。


巨大な目玉があった。


「キッ(ひっ)」


 身体中の骨を軋ませるほどに跳ね上がり、部屋の隅。タンスの上に着地する。

 鼓動を爆音で鳴らし、下瞼を大きく開いて跳躍地点を見つめると、先ほどまで寝ていた少女が、眼球が我の視界のほとんどを占めるほどに密着していたのだと理解する。

 少女はにんまりと瞳を閉じ、拳を震わせる。


「ふッ…」

「キュッ(ふ?!)」

「フゥォオォォォーーー!!! ようやく目を覚まして下さいましたのね! 待ち侘びておりましたわドラゴン様!! ささっ! わたくしと伝説になる様な冒険へ行きましょう!! ビバッ! 魔王討伐、国家転覆、陞爵、神話樹立に栄耀栄華の極みですわ〜〜〜!!」


「キュウ(怖っ、興奮しすぎだろ)」


尊く竜である我は、自分を客観視出来ないのは恥ずかしいと思った。



◾️



 暫しして落ち着きを取り戻した少女と、改めてベッドの上で向き合う。

 もちろんソレなりに距離を開けてだ。

 流石にここまで飛んでいる子相手だと、我も身構えずにはいられない。

 場合によっては、実力行使も覚悟しておこう。


「……コホン。先程は失礼致しましたわ。 麗しのドラゴン様。祈りに応え、ご降臨くださったことに感謝いたします。わたくしは、ローゼンタール子爵の娘。エリナ―・オブ・ローゼンタール。エリナ―とお呼びください」


 歳の割にはしっかりした礼儀正しい子だ。よく考えれば、さっきの暴走もドラゴンへ会えた悦びからと思えば、十分に理解できる。


「キヤゥ、キゥキ、シィイー(うむ、我は大地の竜の仔にして未だ名なしの幼竜。 人の子よ、我が巫女となる事を望むか?)」

「うん? ……ええと、人語は解していらっしゃいますのね? ちょっとお待ちくださいまし」


 少女、エリナーはベットに備わる柵を軽やかに跳び越えると、アンティーク調の家具を漁っている。 暫くして、何やら輪っかを持ち戻ってきた。


「ドラゴン様っ、ドラゴン様っ、これは種族を無視してお話ができる魔法のチョーカーですの! お付けしますわ!」

「キョウ(よきに計らえ)」


 人の子がよいしょ、よいしょと我の首にチョーカーをつけてくれようとしたその時、ドタバタと足音が部屋の外から聞こえて来た。


「おっ嬢様あぁあああああ!!!! ご無事ですかぁああああああ!! あのバケモン蜥蜴が檻から居なくなりましたよぉぉおおおおー!!」


 メイド服に身を包んだ獣染みた女がドアを粉砕し、モップを握りしめて突入してきた。


「ぉおお、ご無事で何より! 遅くなり申し訳ありま…… は!? お嬢様危ない!! 化け物から離れてええええぇ!!!」


 モップに息を吹きかけると、炎を纏ったグレートソードが現れ、我に向けて振り下ろされる。


「ギィイアアアアア(ぎゃぁあああああああ!!?)」


「シルクちゃんメッ!」

「あばんッ!?」


 人の子が声を張り上げると、姿がぶれ、メイドの腹に跳び蹴りの姿勢で突き刺さった。

 メイドの身体は、くの字に折れ白目をむき、壁を吹き飛ばした。

 さらに、人の子は廊下でメイドに馬乗りとなり、追撃を加える。

 

「だめでしょ?! 地母神様の神使様に失礼なことしちゃ! このっ! ダメな子! ダメな子!」


 バシッバシッと廊下に鈍い音が響く。

 屋敷の崩壊、瀕死のメイド、ちょこんと座る我。

 人の子……エリナ―の暴虐は廊下からダッシュで駆け付けた執事に取り押さえられるまで続いた。


 怖いこの子



◾️


 

 未だ土埃だらけのメイドに脇を掴まれ客間へと通されると、ソファーに寝座る形でテーブル越しにエリナーと対面する。


 獣人のメイド……シルクはタフなことで、鼻腔部を引くつかせ鼻歌を鳴らしながらエリナーの金髪を巻き、ドリルを作っている。

 老執事が茶を入れてくれた。飲めんからいいて。


「ドラゴン様、あーん!」

「キュー―ン(あーーん)」


 当のエリナーは我に葡萄を食べさせ満悦そうだ。そんな主人に向ける優しい顔が嘘のように、メイドが時々凄い目で我を睨んでくる。


「い、いけませんよ〜? お嬢様、危険生物かもしれません。こんな化け物みたいなトカゲ、どんなバイ菌を持ってるかもしれないじゃないですか。お手てを拭きましょうね〜~」

「むぎーー! いやですの、シルクはドラゴン様に失礼ですわっ! 謝って下さいめし」

「キュウウルッ、キュックーー(そうだそうだー、エリナーはよく分かってる)」


 執事が髭を揺らして笑っている。

 一方シルクは、更なる顰めっ面を晒し獣耳をヒクヒクさせる。次いで、我のお洒落なチョーカーを見やった。


「……それはそうと、そのペットの首輪はどうしたんですか。察するにかなり良い品ですよね? そんな野獣に付けちゃって」

「昨年末の25日に、地母神様に頂きましたの! わたくしが良い子だからプレゼントしてくれたってお父様が言ってましたわぁ。 神託は受けていませんが、これを尊き地母神様の御使いたるドラゴン様へとお返しするのは、当然の導きですわ!」


 シルクは渋い顔を梅干しでも食べたように益々に渋く変え、葡萄を献上されている我を見つめる。

 葡萄が渋くて酸っぱく、顔をすぼめて震えてしまう。

 執事がハンカチーフで口を拭いてくれた。


「………御使い…コレが? ?」


 メイドが小さな声で何かほざいているが、我は尊いので気にしない。

 それよりも、だ。


「キュルロッテ、キュルリルキュキュ、キュウ…… キェルケキュール(しかしそうか、我は眷属型のドラゴンだったのだな、知らなかった…… 聖龍タイプだったのか)」

「あら、まだ生まれて間もないのですか? 一緒に成長しろという地母神様のメッセージですわね! 粋ですわぁ」


 メイドは暫し考え込むと綺麗な笑顔を晒し、棒読みで口を開く。


「……はぁ、そうでしたか。大変失礼しましたドラゴンサマ。 しかし地母神様も、折角格別の配慮を頂けるならば、お姿を見せ、声を掛けてくだされば宜しいものを」

「ほんとよね。この間シルクちゃんの全身にリボンを200個付けてあげたのだって、とっても可愛くてぜひお見せしたかったわぁ」

「………ソウデスネ、でもお嬢様の方が似合いますよ。今度はぜひご自分をお飾り下さい」


 メイドが再度表情を引くつかせている。

 そういえば、土埃で汚れていたはずのメイド服がいつの間にかきれいになっている。早着替えだろうか。


「コホンッ。なぜ地母神様はお嬢様にドラゴンサマをお送りに? そもそもどうしてこの方が神使だと?」

「お優しい地母神様ですもの。きっと冒険者認定試験にあわせて、未熟なわたくしにプレゼントを送ってくださったのですわ」


「ふふっ、そして根拠? なにを聞くまでもないことを……。地母神様はドラゴンを眷属にしております。そしてわたくしが供物の花飾りを用意していたところに、天から祭壇へご降臨されたこの方は、間違いなく! わたくしへの御使いに決まっているでしょう!!?」


エリナーは、むふーと鼻息を荒くし高笑い。

机をたたいて、我に乗り出す。


「ですので!! わたくしと契約して冒険者になりましょう、尊いドラゴン様! 共にありとあらゆる名声を手に入れるんですの!」

「キュル キェウケシ シェルルキシェススル(よかろう!わが巫女よ! 汝に世界の全てがひざまずくような名声をくれてやる!!)」


 極めて真っ当な感性と敬意を持った人の子の言葉に、気付けば我は、一瞬だって考えることなくノータイムで返事をしていた。


「こんな物分かりが良いことあります? この首輪の魔道具、実は持ち主に都合の良いことだけ垂れ流す道具だったりしません?」


「「くわぁーーーっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!」」


 溢れだす脳汁に溺れながら、我とエリナーはいつまでも、具体的には6分強ほど共に笑い続けているのだった。

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