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世界の終わりと機械兵  作者: 辻川圭
第一章
4/9

③:初陣

基地2階(生活棟) クリスパー自室


 指令室を出ると、クリスパーは特別機械兵たちと話もせず自室に戻った。ドアを閉めるとその場で大きく息を吐き、ごわごわとした隊服脱いだ。脱いだ隊服はそのまま床に放り投げようかとも思ったが、ハンガーにかけてしまって置くことにした。まがいなりにもこれから自分が着る隊服だ。少しでも綺麗にしておいた方がいい。

 薄着になったクリスパーはベッドに臥床する。目の前に見える天井はやはり白い。この基地は何処を見ても白一色だ。壁も、床も、天井も、外から見える外壁も、全て。気味が悪いほどの白だ。

 眼前に広がる白から目を背けるように、クリスパーは瞳を閉じる。瞼の裏は基地と対照的に黒く、これくらいが丁度いいと思う。そしてそんな黒い世界の中で、ある光景が浮かんだ。それは、彼らの姿。先ほど対面した、機械兵たちの姿だ。その姿はどうしても、幸せそうに見える。


 どうして、どうして、どうして。クリスパーは心の中で唱える。

こんな世界、何の価値もないのに。


 昔、聞いたことがある。笑顔とは、幸せの対価である、と。幸せだから笑っているのではない、笑うから幸せなんだ、と。私の大切な人はそう言い、よく笑っていた。

けれど、あの人が幸せになることは無かった。最初は幸せそうに見えた笑みも、気付けば何処か苦しそうに見えた。それでも、あの人は笑っていた。いつか訪れるはずの、幸せを信じて。

結局、あの人にとっての幸せとは何だったんだろう。

心の中で、ふとそんなことを考える。もし命の落とすことがあの人のとっての幸せだったのなら、それはあまりにも惨すぎる。

 しかしそんなことを考えてしまうほどに、この世界は歪だ。歪すぎるがゆえに、人は何かに縋って生きて行く他ない。もしかしたらそれが、あの人にとっての幸せだったのかもしれない。そう思うと、腹の奥がむかむかとした。幸せに縋り、盲目的に生きること。それがこの世界における幸せの形なのだとしたら、何と残酷な世界なのだろう。

 クリスパーは酷い悲しみから逃れるように、強く瞳を閉じた。すると、身体が何処かに引っ張られるような感覚がした。暗い、暗い闇の底へ、ゆっくりと沈みこんでゆく。全身が闇に包み込まれると、不思議と絶望は何処かに消えた。代わりに訪れたのは、得体の知れない幸福感だった。


 もしも、絶望に飲まれてしまうことが救済だとしたら、この世界に価値などないのかもしれない。


 静かな部屋の中に、クリスパーの寝息が小さく響く。穏やかな眠りに包まれたクリスパーの表情は、酷く安らかだった。



基地2階(生活棟) 


 「ねえ、クリスパー。ねえ、起きてってば」

 誰かが、身体を揺すっている。薄っすらとした意識の中で、クリスパーは重たい瞼を上げる。

 「あ、やっと起きた。何度体を揺すってもクリスパー全然起きなかったんだよ」

 安堵した表情を見せた女性は、確かテレサと言っただろうか。「ごめん」と体を起こすと、つい先ほどまで窓から差し込んでいた光は消え、代わりに天井のライトが部屋を照らしていた。

 「夜?」重たい瞼を擦りながら、クリスパーは呟く。

 「今は19時だよ。夕食の準備出来たから、食べにいこ!」

 テレサはクリスパーの手を引いた。半強制的に起こされたクリスパーはハンガーにかけてあった隊服に袖を通し、促されるまま部屋を出た。

 

 リビングにはもう全員が揃っていた。ダイニングテーブルの上にはすでに料理が並べられており、機械兵とエアがそれを囲うようにダイニングチェアに座っていた。

 「よく眠っていたようね」

 まだ寝ぼけ眼のクリスパーに目を向けると、エアは可笑しそうに言った。

 「うん」クリスパーは空いていたダイニングチェアに腰を掛けた。エアの隣だった。

 「じゃあ、夕食にしましょうか」

 エアの合図と共に皆で手を合わせ、食事に手を付けた。

 胡瓜とレタスのサラダに、キノコのスープ。牛肉のステーキに、パンとジャムとマーガリン。テーブルの上には色とりどりの料理が並べられていた。

 まず、クリスパーは牛肉のステーキに手を付けた。ナイフで肉を裂く時の感触はとても柔らかく、一度噛むとじわっと風味のある肉汁が口の中に広がった。

 「ねえ、クリスパーって、第二部隊にいたんだよね」と聞いたのはテレサだった。

 「うん」とクリスパーは頷いた。

 「第二部隊で何をしていたの?」

 パンをかじりながら、テレサは訊いた。

 「向こうでは、副隊長に剣術を教わってた。私のオートボディは、あまり戦闘向きじゃないから」

 淡々とした声で、クリスパーは言った。あまり表情に動きはなく、ただ返答に答える機械のようだった。

 「そうなんだ。確かに、キルケゴールさんは剣術が凄いもんね」

 クリスパーとは対照的にテレサは嬉しそうな笑みを見せて、何処か懐かしそうに言った。

 「あれ、テレサは副隊長について知っているのかい?」

 ワイングラスを手に持ちながら、バンクシーは不思議そうに訊く。

 「うん。私は部隊がふたつに別れる前からいるから、よく知ってるんだよ」

 「そうか、テレサは部隊にいる歴が一番長いもんね」

 納得したように頷くと、バンクシーはワインを一口飲んだ。

 「そういえば、クリスパーのオートボディってどんな性能をしてるんだっけ?目のオートボディってのは聞いてんだけど」

 口にステーキを詰めたハムレットは、もごもごと口を動かした。そして一気に流し込むように、手元の水を飲みほした。

 「私のオートボディは・・・ただ遠くを見渡せるだけ。それと、熱感知で少し透視のようなことも出来て、壁の向こうにいる怪物を発見することも出来る」

 言い終えたクリスパーは、ちらっとエアに目を向けた。視線を感じたエアはサラダを食べる手を止め、小さく微笑みながら頷いた。

 「じゃあ、大分怪物を見つけるまでの時間が短縮されるな!」

 ハムレットは白髪を揺らし、今までもくもくと食事をしていたデナリに目を向けた。デナリは安心したように表情を緩ませ、言った。

 「よかった。クリスパーが来てくれたおかげて、僕が走り回らなくて済む」

 もう一度「よかったー」と言ったデナリは、幸せそうに微笑み背もたれに寄り掛かった。黒髪の間から見える瞳はとても可愛らしかった。

 「確かに、もうデナリが余計な体力を使わなくて良さそうだな」

 デナリに目を向けたハムレットは微笑みながら言った。

 「そうだよ。結構大変だったんだから」

 「デナリは足のオートボディを持っていて、かなり跳躍に特化してるんだよ」

 正面に座るバンクシーはスープをかき混ぜながら、クリスパーに言った。

 「そうなんだ」クリスパーは頷く。

 「うん。僕のオートボディは両腕で、腕を刀に変えることが出来る」

 「こんな感じだけど、この中で一番戦闘力があるのはバンクシーなんだ」

 ハムレットが指を指すと、「こんな感じってなにさ」とバンクシーは苦笑する。確かに、ハムレットの言うように、赤毛のバンクシーは戦闘と結びつかないほどに優しい瞳を持ち、柔らかい雰囲気がした。

 「俺は右腕のオートボディで体に蓄えた太陽光を矢として発射できるんだ。で、テレサは両手のオートボディ。自分の血液を毒に変えて掌から発射するんだ」

 テレサはふざけたようにわざと両掌をクリスパーに向けた。

 「聞いての通り、俺たちはあまり機動力がないから、周囲を見渡せるクリスパーは来てくれて助かったよ」

 安心したようにハムレットがは言う。そして、「これからよろしくな」と続けた。

 クリスパーは顔を上げ、機械兵たちに目を向ける。彼らは皆、希望に満ち溢れた表情をしていた。その表情を、クリスパーはよく知っていた。何処か懐かしさを覚えながら、クリスパーは「うん」と頷いた。


 

 9月9日 マスクヴァ


 翌朝、起こしてくれたのはやはりテレサだった。ブルーのパジャマ姿のテレサは昨日と変わらず寝ぼけ眼のクリスパーに「おはよう」と言った。

 「おはよう」と返し、クリスパーはベッドから起き上がる。クリスパーの柔らかなブロンドヘアは自由に空を舞う鳥のようにまばらな方向に広がっていた。

 「朝ごはん出来てるよ。ほら行こ」

 昨夜のデジャブのようにテレサはクリスパーの手を引いた。抵抗することなくテレサに手を引かれながら、テレサの美しい青髪に目を向けていた。さらさらと靡くテレサの髪と、ぼさぼさの自分の髪。櫛くらい通したかった。そんなことが頭の片隅に過りながらも、まあいいかとも思う。これからは、別に気を張る必要もないのだから。

 

 クリスパーがリビングに入ると、やはり皆が揃ってダイニングテーブルを囲っていた。テーブルの上にはパンとスクランブルエッグにサラダ、ヨーグルトが置かれていた。

 皆で朝食を取りながら、任務についての話をした。全員で出動するような大きな任務はないが、今日はバンクシーとテレサがマスクヴァの巡回業務にあたるようだった。

 朝食を終えたバンクシーとテレサはきっちりと隊服を着てマスクヴァ巡回に出掛け、ハムレット、デナリは何処かに姿を消した。ひとり残ったクリスパーは自室に戻りしっかりと髪をとかし、顔を洗った。それから、窓を開けてマスクヴァの風景に目を向けた。

 2階から見える景色は特別美しいものではなかった。見えるものとしたら基地の正面にある商店街と、街行く人々の姿。特別何でもない風景だったが、何故かその光景はずっと見ていることが出来た。誰かと微笑み歩く人々の姿は、とても幸せそうに見えた。

 私も何処かに出掛けてみようか。そう思った瞬間、無線機が鳴った。

 「こちらテレサ。マスクヴァ東部、大橋の上で怪物複数体確認。応援要請!マスクヴァ東部、大橋の上で怪物複数体確認。応援要請!」

 応援要請が入ったらすぐさま現場に向かうように。それは第2部隊にいた時から言われていたことだった。クリスパーは隊服に身を通し、現場に向かった。しかし、クリスパーはまだマスクヴァの土地について理解していなかった。街の人々に東部の大橋への道のりを聞きながらクリスパーは足を進めた。

 大橋に近づくにつれて、クリスパーとは反対方向に逃げ惑う人々が増えた。現場に向かうにつれて悲鳴が徐々に大きくなり、耳が痛くなるほどの絶望が聞こえた。

 途中何処かで道を間違えてしまったのか、気付いた時には駅に出ていた。駅から見下ろすことの出来る大橋の上では複数の怪物と逃げ惑う人々。そして、人々を庇いながら戦うハムレットたちの姿が見えた。

 「しまった・・」とクリスパーは呟き、下唇を噛む。

 「すみません。ここから大橋に降りるにはどうすればいいですか?」

 駅員に訊くと、快く大橋への行き方を教えてくれた。しかし、思いの他周り道をしないといけないようで、そんなことをしていては状況がさらに悪くなってしまう。クリスパーは下唇を噛み、困ったような表情を見せる。そして周囲に目を向ける。線路は大橋の上に掛かっている。これだ。

 「すみません。でも、急がないといけないんです!」

 駅員にそう告げると、クリスパーは線路に飛び降り左側へと走り出した。

 「ちょっと、何をしてるんですか!」

 背後から駅員の声が聞こえた。だが、クリスパーは振り返ることなく走った。幸い電車は来ていなかった。

 少しすると、線路が大橋とクロスするポイントがあった。下には怪物に囲まれたハムレットの姿が見えた。

 やるしかない。

 クリスパーは思い切り線路を蹴る。そして、宙に身を投げる。

 落下しながらクリスパーは鞘から刀を抜く。両手で柄を握り、真下の怪物に向けて突き立てる。重力の加護を得たクリスパーは次第に加速する。視界の怪物が大きくなると、クリスパーは強く柄を握る。そして思い切り、怪物に刃先を突き刺す。

 重たい音が、周囲に響いた。同時に、視界が赤く染まった。

 倒れた怪物の後ろから、クリスパーが姿を見せた。

 「クリスパー!」

 一瞬驚いたように目を丸めたハムレットは、自然と表情を緩ませた。

 「ごめん、遅くなった」そう言うと、表情を変えぬままクリスパーは左右の怪物を切りつけた。とても美しい剣技だった。

 その様子を見たハムレットは微笑み、怪物に向けて光の矢を放った。ハムレットの後ろには怯えて体を丸めた女性がいた。

 そのせいか。とクリスパーは思った。

 クリスパーはひたすらに周囲の怪物を切りつける。機敏な剣さばきで、無駄な動きなど一切ない。その姿からはクリスパーがどれほど剣技に卓越しているか容易に理解出来た。

 「クリスパー、他に怪物はいるか?」

 ハムレットが訊く。クリスパーはオートボディを起動する。クリスパーの目は熱感知が可能であり、周辺の生命反応を把握することが出来る。また、機械の目は周囲を隅々まで観察することができ、その結果クリスパーは首を振る。

 「大丈夫。今いる怪物以外は、いない」

 「分かった!」

 ハムレットは女性を安全なところまで誘導すると、テレサが神経毒により麻痺させていた怪物を打ち抜いた。

 クリスパーは左右等間隔に設置された街灯を何本も超えて、デナリとバンクシーの元へ合流した。数的にはふたりの方が多くを相手しており、見るからに疲弊した様子が伺えた。

 「ここ以外に怪物はいないから、大丈夫」

 クリスパーの声を聞くと、ふたりの表情はすっと晴れた。

 「わかった」とふたりは頷く。

 前方の怪物はデナリが相手をして、対処しきれない分をバンクシーとクリスパーが背中を預けて対応した。そしてしばらくすると、大橋の上から怪物は消えた。あるのは、惨たらしい怪物の死体だけだ。

 「終わった」

 一息ついた3人はハムレットとテレサの元へ向かった。ふたりも怪物を討伐し終えて、保護していた民間人を街へと誘導していた。

 全ての人を誘導し終えて合流すると、ハムレットは言った。「死傷者なし。無事、任務を果たすことが出来たよ」と。

 緊張の糸が切れた時、街から大橋に向かってひとりの男性が歩いてきた。黒いコートを着た男性だった。男性に対してハムレットは声を掛けた。

 「すみません。先ほど怪物を討伐したばかりで、片付けとかを含めると通れるようになるまで少し時間がかかるんです」

 男性は目を丸めた。

 「そうでしたか。すみません」

 そう告げると、男性は街へと引き返して行った。その時だった。

 大きな羽音を鳴らし、下から何かが上がってくる。クリスパーはオートボディを起動する。熱反応あり。何かが、来る。そう思った時にはもう遅かった。先ほどの哺乳類型の怪物よりも格段と早いスピードで、鳥類型の怪物がハムレットと黒いコートを着た男性を挟んだ。

 まずい。「ハムレット!」とクリスパーは声を張り上げる。そして、ふたりの元へと駆ける。

 怪物に気付いた黒いコートを着た男性は悲鳴と共にその場へしゃがみ込んでしまう。

 「くそっ!」

 ハムレットは黒いコートを着た男性の前に現れた怪物にオートボディを向けた。背後を気にしている暇はなかった。

 出力を上げ、思い切り放出する。怪物は血飛沫と共にその場に落下する。

 くるりと踵を返すと、目に入ったのはクリスパーの姿だった。刀の刃先には血液が付着しており、足元に鳥類型の怪物の死骸が横たわっていた。

 安堵と共に、ハムレットは一瞬瞳を閉じた。次に目を開いた時、それは映った。

 クリスパーの背後には、もう一体鳥類型の怪物が迫っていた。

 鋭い鉤爪が、クリスパーを襲う。反応が遅れたクリスパーの背中から、血飛沫が飛ぶ。

 「クリスパー!」と叫んだハムレットの声と同時に崩れ落ちたのは、怪物の方だった。どうやらクリスパーは一瞬で刀の向きを変え、怪物に突き刺していたようだった。

 クリスパーは心配そうに見つめるハムレットに目を向けた。そして、「大丈夫。私は死なない」と言った。

 「良かった」

 安堵したような表情を見せて、ハムレットは微笑んだ。


 その後は調査部隊が合流し、怪物の生態調査のための採集、及び清掃を行った。

 黒いコートの男性を誘導した機械兵たちは、血で汚れた体を引きずりながら基地へと戻った。

 その道中、ハムレットは言った。

 「クリスパーが居てくれて助かったよ」

 「いや、私は遅れて来たし・・・」

 「クリスパーのオートボディって凄いね。本当に周囲のことが見渡せちゃうんだ!」

 微笑みながらテレサが言う。

 「うん、どれくらい怪物がいるか分かれば、僕たちも安心だよ」とデナリ。

 「それに、剣術も凄かった。きっと、第2部隊の時に相当訓練を積んできたんだね」

 感心したようにバンクシーが言う。

 正午に差し掛かる太陽は陽を高く上げ、マスクヴァの街を照らしていた。暖かい光の中で、クリスパーは恥ずかしそうに小さく微笑んだ。そして「そんなことない。でも、ありがとう」と言った。


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