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世界の終わりと機械兵  作者: 辻川圭
第一章
2/9

①:オートボディ

 ルスシア中央都市マスクヴァ エルベ部隊基地5階(管理棟) 指令室


 9月8日 

 基地に戻った4人の機械兵は任務達成を告げるため、基地6階の管理棟にある指令室に向かった。指令室の白いドアの前に立ち、ハムレットは2度ノックをする。「入れ」とドアの向こうから声が響くと、ハムレットはドアを開ける。

 「失礼します。イデア長官、ただいま戻りました」

 部屋の奥にある長官席に座って書類に目を通していたイデアは、ハムレットの声を聞くと顔を上げた。

「おお、戻ったか。お疲れ様」

 イデアは書類を抽斗にしまうと、特徴的はセミロングの白髪を耳にかけた。頬に切り傷の後があるものの、彼女は非常に端正な顔立ちをしている。事情を知らなければ、誰も彼女がエルベ討伐部隊の長官をしているとは思わないだろう。

「討伐をした怪物は4体。特に問題なく任務達成しました」

ハムレットは淡々と状況の報告を行った。

「そうか。怪我などはなかったか」

「はい。大丈夫です」

 「ならよかった」

 イデアはほっと胸を撫で下ろすように、柔らかな表情を見せた。

 「ねえ、長官。南平原の廃墟ビル跡地で見つけたの」

テレサは白い隊服のポケットから先ほど見つけた写真を取り出し、長官席の上に置いた。

 「見て、こんな写真が落ちてたんだ」

 イデアはテレサの出した写真を覗き込むと、「写真か」と呟いた。

 「うん、廃墟ビルの中でハムレットが見つけたから、旧世界の写真かな」

 「ああ、そうかもしれない。旧世界についてはほとんどわかっていないからな。平原にある廃墟は現代とほとんど変わらない造りをしているのに、それがいつ出来たのかなどは何も分かっていない。それに、旧世界がどんなものだったかも何一つ分かっていない。なにせ、旧世界についての記録が一切ないんだからな」

 デスクの上に置かれた写真を手に取ると、イデアは立ち上がり、右側の壁に設置された本棚からファイルを取り出した。そして、その写真をファイリングした。

 「旧世界の建造物については調査部隊が日々調べているが、任務の中で今回のように旧世界に繋がりそうなものを見つけたらまた報告してくれ」

 ファイルを本棚にしまうと、イデア長官は半身になって顔を4人に向けながら言った。

 「他にも廃墟ビルの中を捜して見ましたけど、特に何にもなかったです」

 ハムレットの口調は少し砕けたような印象だが、テレサとは異なり一応敬語を使っていた。続けて、バンクシーがゆっくりを口を開いた。

 「川沿いや周囲の森林も探索して見ましたけど、特に何もありませんでした」

 「あ、あと、他に怪物がいないか駆け回って見てみたけど、僕達が倒した4体以外の怪物はいなさそうだったよ」とデナリは言う。

 ふたりの話を聞いたイデアは「そうか、分かった」と言うと、長官席に戻った。そして机の上に積まれている書類の山をめくり、何かを思い出したように口を開いた。

 「あ、そうだ、お前らに伝えたいことがあったんだ」

 イデアは一度咳払いをして続けた。「ひとりな、第8部隊に追加メンバーが入ることになったんだ。元々はエルベ第2支部に配属される予定だったんだが、どうやら過去に怪物から受けた傷のせいで左目は失明、右目の視力もかなり低下していたらしい。それでエルベ第2支部長のキルケゴールの勧めもあり、両目にオートボディを付けることになったんだ。それで晴れて第8部隊、機械兵の仲間入りってことだ。今、第2支部のある兵隊街からマスクヴァに向かっているようだ」

 「え、新しい隊員が来るんだ!楽しみ!」テレサは嬉しそうに自身の両掌を合わせて言った。

 「目のオートボディですか。一体どんな性能でしょうか?」

 興味深そうに顎を触れながら、バンクシーが訊く。

 「どうやらかなり遠くまで見通せるようだが、詳しくは私も聞いていない。こっちに来たら詳しく聞くつもりだ。また到着したら声を掛ける。思いのほか任務も早く終わったし、もしなら事前にオートボディのメンテナンスを済ませておいてくれ。そろそろタイミングだったろう」

 長官席の上にある置き時計を見ながらイデア長官は言った。

 「分かりました」とバンクシーは頷いた。確かに、そろそろオートボディのメンテナンス日だった。

 イデアは立ち上がり4人にゆっくりと目を向けた。

 「第8部隊。『機械兵』のお前たちに課せられた使命は怪物の殲滅だ。新しいメンバーが加入するが気を抜かず、その使命を全うしてくれ。では、解散!」

 イデアの声に続いて、4人は「はい」と返事をして敬礼をした。そして、4人は指令室を出た。


 4人が指令室を出ると、イデアは抽斗に閉まった書類に再度目を通した。その書類には『踊りの街北西、積雪で確認された怪物についての報告』と記されていた。

 イデアはしばらく書類に目を向ける。そして全てを読み終えると、はあ、とため息をついた。

 



 基地4階(メンテナンス棟) 管理室


 管理室の巨大なモニターの前に座り、キーボードを叩きながらエルベ討伐部隊化学班・オートボディ担当のエアは難しい表情を見せた。

 「うーん、また上がっている」

 白衣に身を通した彼女は、くるりと巻いたセミロングのネイビーブルーの毛先を触りながら、「検査結果・ハムレット」と書かれたファイルに目を通して呟いた。

 「オートボディの機能が問題なくても、これではね」

 エアは検査データの表示を切り替え、ハムレットの過去の検査データを表示した。しばらく眺めた後、ハムレットの体温だけを抽出し、エアは再度見比べた。

 

 ハムレット・23歳:体温集計データ。


998年。9月。35.8度。

 998年。12月。36.1度。

 999年。3月。36.2度。

 999年。6月。36.4度。

 999年。9月。36.7度。

 999年。12月。36.9度。

 1000年。3月。37.3度。

 1000年。6月。37.5度。

 1000年。9月 37.9度。

 

 「最初は緩やかだったけれど、最近は体温の上り幅が大きくなっている。ハムレットのオートボディが放つ光の矢は体に蓄えた太陽光をエネルギーにしているから、ある程度の体温上昇は仕方ないけれど、これは少し上がり過ぎね。最近は戦闘も激化しているし、それだけオートボディの使用頻度も増えているってことね」

 エアはデスクの上に置いてあるコーヒーカップに一度口を付けた後、椅子の背もたれにもたれかかった。

 「これじゃあ、いずれ使用制限をかけないとならないわね」

 しばらくそうして休んだ後、エアは再度モニターに目を向けた。そして、テレサ、デナリ、バンクシーの順で検査報告を開いた。

 

 検査報告。テレサ。25歳。

 『オートボディ使用後に貧血傾向あり。血液から神経毒を生成し発射するオートボディの特性上ある程度の貧血は仕方がない。しかし当個体はJAK2遺伝子変異に伴う真正多血症患者である。元々真正多血症である当個体への瀉血療法を目的として作られたオートボディであり、貧血症状はオートボディの使用過多が原因か。オートボディの過度な使用は人体への影響が大きい』


 検査報告。デナリ。14歳。

 『オートボディに複数損傷個所あり。パーツの補充により修復する。また、両大腿骨頭に炎症あり。抗炎症剤の持続内服により悪化は防いでいるものの、今後も過度な負担がかかり続けるようなら、両大腿の損傷に繋がりかねない。元々探索用オートボディであり、戦闘での使用は不向き』


 検査報告。バンクシー。28歳。

 『オートボディに損傷なく、機能面の問題もなし。しかし、両手指に軽度痺れあり。神経損傷等はないが、オートボディの特性上、通常時でも指先が尖った形態をしており、それに伴い物を掴むといった動作がやや緩慢。このままでは日常生活に影響が生じる可能性あり』


 エアはコーヒーカップを傾け、「誰もかれも、満身創痍ね」と呟いた。

 「彼女が入れば、少しみんなの負担も減るかしら」

 そう言い、エアはとあるファイルを開く。そこには『クリスパー・検査報告』と記載されていた。

 「全てを見通せる機械の目。この目には、どれだけの絶望が見えるのかしら」

 エアは立ち上がり、そのまま何処かに向かった。誰もいなくなったメンテナンス管理室では、黒いコーヒーの水面が不気味に揺れていた。


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