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幼馴染は息をしない  作者: Sin権限坂昇神
9/13

第九峠 興味訪問

黒い布と黒タイツを身に纏う少女は、左足を残して全てが別の何かである。

少女の父はただ一つの夢を叶えるため、何もかもを捨て去った。

娘と父、二人の間には一体どれだけの溝があるのだろう……

「あの男は敵だ。お前を不幸にする最低な悪だ」


 父と呼ぶ男にそう言われ続け五年が()ぎた。自分が左足だと認識したのは、全身黒布黒タイツの生き物に生まれ変わった後だった。父は自分を“左足”と呼ぶが、自分はどちらでもいい。ただこの身体から解放されたい。この(みにく)い体から解放され元の体を取り戻すために、父に協力しているのだ。右足とは五年前から二人組で協力しているが、今でも右足とは仲良くできないと思う。だって、どうして自分と仲良くしていた男の子を「敵だ、殺せ」と言う父にあそこまで忠誠を(ちか)えるのだろうか。


 そして、ついに時は動き出した。


「今ここ通ったよね!?」

「……うん」

「何でいないの……?」


 包帯を体中に巻き付けその上に体操服を着た右足頭乃(かしらの)は、父に教え込まれたターゲットの匂いをくんくんと()いで歩いて回るが、開けた路地の左側に人一人が入れる程度の道を通ってすぐに匂いが途切れた。「こっちよ、左」と手招きをする右足頭乃に付いていくと、(せま)い道の先にはぽつんと駄菓子屋があり、今までターゲットが通った形跡はないことは調査済み。ということから二人は狭い道を中心に調べることにした。


十分くらい経ったが、痕跡(こんせき)はなし。ここで二人の行動が別れる。


 右足頭乃は、もっと狭い道を調べたい。

 左足頭乃は、別の場所を探りたい。


「右」

「何……?」


 地面を四つん()いになって犬のように鼻をくんくんさせる右足頭乃に、左足頭乃は背後から言った。


「自分は別の場所探したい……いい?」

「勝手にすれば?」

「……じゃ」


 右足頭乃は左足の事は一切関わる気はないらしい。右の許しを得たので、左足頭乃は元の見失った場所まで戻って、左に曲がらなかった場合を想定して、路地の道をまっすぐ歩くことにした。もちろん歩きながらターゲットの痕跡がないか常時確認することも忘れずに。

 

10メートル、20メートル、もっと先? 50メートル……。行き過ぎたかな?

 左足頭乃は慎重(しんちょう)に歩いて50メートルを過ぎたあたりで、これ以上歩けばターゲットの住居から大きく離れることを考慮(こうりょ)して、歩くことを止めた。ふと前方の(なな)め左に目をやると、元頭乃家があった。もう既に頭乃家の面影はない。土台が同じなだけの知らない家。がしかし、今はそれより頭乃家の隣……。


撫島(なでじま)……」


 撫島隆(たか)(あき)の家がすぐ隣にあった。五年前から所々変わっているが、左足だった頃から(いま)だにこの地を歩く感覚、臭いは自分の中に十分に残っている。ふと左足頭乃は撫島家の二階の方を見上げる。カーテンはかかっていて撫島が居るのか分からない。でもどこかにあいつが居るのだろう。一歩踏み出そうとした瞬間、思い出す。


「まだあいつに会うな、解るな」


父から絶対に撫島に近づくなと言われたことを……、もし命令を破ればあの父の事だ。何をするか分からない。そうだ、戻ろう。

 左足頭乃は小さく深呼吸をして気持ちを整えると――、

 左足は自然に撫島家の方に向いて上がっていた。






 プラモデルの頭乃と出会って二日目の午後三時を過ぎた頃、撫島家にて。撫島家主の妻・撫島(なでじま)()(なえ)は主人不在の家を守るため、戸締りを常に気にするようにしている。時が経つにつれ防犯技術は機械頼りになっているが、結局最後は己自身が守らなくてはいけないので、気が気ではない。息子は今や引き込もりの中、頼れるのは自分だけ。主人の返事は五年前から全くない。だがそれも覚悟していたことだ。主人の職を考えれば……。今は息子の遅れた昼食の片づけをしている。昔はよく自分の食器を洗っていたが、二年前のいじめがあってからはすっかり生きる気力を失い、ただゲームをする日々を過ごしていた。

 だが、今は少し違う。隣を見ると、五年前に行方不明になった幼馴染の(とうげ)ちゃんがプラなんちゃらという形となって再会できた。記憶も五年間の記憶がすっかり抜け落ちたのか、成長した五年分の体を除けば、(ほとん)ど五年前と変わっていない。峠ちゃんは変わってしまった息子を見て最初は驚いていたが、息子が昼寝をしている間に、自分が分かる範囲の息子の五年間を話した(息子は学校であったこと、特にいじめに関しては一切話していない。担任の先生から辛うじて聞いたが、果たしてそれが本当かどうかは不明)。


「そんなことが……」

「ええ、私も最初は何度も聞いてみたんだけど……ずっと押し黙ってて、息もしているのか不安になるくらいに……。今までどれくらい辛いことがあったのか分からないけど、この家に居る間くらいは楽にしてほしいから、隆明が自分から話してくれるまで、いつも通りのお母さんでいようって決めたの」

「……」


 隆明は昼食後、二階の自室に(こも)っている。香苗を心配そうに見つめる峠に、香苗は「あ、峠ちゃんは気にしないでいいから」と、撫島家の問題を他人に打ち明けてしまったことを後悔する香苗に、峠はふむ……と洗剤で泡だらけになった右手を(あご)に当て考え込む。


「うーん。五年分の知らない撫島か……興味深い」

「え……?」


 いきなり何を言っているんだ? と首を(かし)げる香苗をしり目に、峠は香苗が洗った食器を食器乾燥機に入れながら考え続ける。興味本位で息子をからかうこともあったがそれも昔の事。でも今の峠はまんま五年前の峠なので、本当にからかう可能性もある。香苗は峠が息子をからかうようなことがないか心配事を増やしてしまったかと疑う中、峠は空っぽになったキッチンを眺めながら言った。


「アタシも今の撫島見ているとイライラします。今のままじゃ外で遊べないし、うじうじ嫌だし、……だからアタシなりに撫島を外で遊べるくらい元気にしたい」

「峠ちゃん……」

「おばさん、アタシも何ができるか分からないけど、ダメメ撫島をパワーアップさせてみます! 許可を!」

「……ん?」


 パワーアップ? やっぱり峠の言葉は時々何を言っているのか分からないことがあるが、今の撫島をどうにかしたいという気持ちは同じらしい。母としても変えてほしい、というわけで――、


「峠ちゃん。頼むわ!」

「ラジャー! 受けて回りました!」


 (うけたまわ)りましたと言いたかったのだろうか。香苗の水浸しの手と峠の水浸しの手が握手する。二人で息子であり幼馴染である隆明をパワーアップさせる計画が始まるのであった。

 すると――、


“ピンポーン”


 と、同盟を結んだ頃合いを見計らったかのように、玄関のコール音が鳴った。






 階段を登ると二つの部屋があり、その一つが撫島隆明の部屋である。隆明にとって、現在ここが唯一安らげる場所であり、家の外へ出たことは二年前のいじめ事件以降ない。ご飯前の頭乃の声が頭に残る。


「あんた死にかけたんだからね! 左手のアタシが急に襲ってきてあんたを殺そうとして、それをこの魂の峠様に助けてもらったのです! はい感謝!」

「お! ……ありが……とう」

「もっと大きな声で!」

「ありがとうございます!」

「よろしい! というわけだから撫島、気を付けるように」

「気を付けるって……、何をどうやって――」

「と、に、か、く! ご飯食べて栄養付けなさい」

「……はい」


 そうして隆明はご飯を食べた後すぐに自室に引き籠っていた。作っている間は全く気づかなかったけど、そうか……僕はあの頭乃を作っていたんだ。


「……!」


 一年間頭乃の体の部品の隅々を覚えている。ということは頭乃のあれとかこれとか……、…………だめだ。まともに頭乃が見れない……! でもあれがああいう動きにつながる部品だったのか……って関心してる場合じゃない! 幼馴染って言葉で頭乃を想定なんてしてなかった。

 ……でも、左手の頭乃が自分を殺そうとした……って言われても実感が沸かない。左手の頭乃って何だ? 左手だけで動いている? でも頭乃はあの時、「左手以外は動物みたいだったかも……」って言っていた。……まさか移植して――、


「ねえ……」


 日差しがカーテンに当たってうす暗くなった隆明の部屋。その中から突然、冷たい何かが左の頬にちょこんと触れた。びくりと弾いた撫島は咄嗟(とっさ)後退(あとずさ)るが、すぐ後ろのドアに後頭部をぶつけ思いきり悶絶(もんぜつ)した。声は聞いたことがないが、どこか聞き覚えのあるトーン。こっちのあられもない反応後も一向に冷たい何かからの反応はない。こっちの出方を(うかが)っているのだろうか、恐る恐る視線を前に向けた。

 “黒”

 初めてそれを見た撫島は真っ先にそう思った。黒い服を身に纏った、この部屋だからこそはっきりと見えない不気味な衣装だ。……それよりもそれを身につける誰かは、黒に簡単に塗りつぶせそうなくらいに薄い。色も、存在も、声も、何もかもが薄い。


「なでじま……たかあきは、君――?」


 見た目からして黒布黒タイツを体中に(まと)う少女、顔立ちは頭乃とは違うが、なぜか彼女を頭乃と認識してしまう。だが、その理由はすぐに知ることになる。撫島は相手の圧倒的冷静な声に恐怖しながらも、ここで応えなければどうなるかを考え、ゆっくりと(うなづ)いた。


「うん……、君は?」

「……そうだね。こんな姿じゃ分からないか……じゃあ――」


 一定の音量とトーンで(しゃべ)る少女は、ゆっくりと隆明の(ふところ)に忍び寄ると、左足を隆明の顔に(はさ)むように抱き着いた。もっと詳しく言うと、少女が足を鋏にかかると隆明の頭がずるずるとドアから地面に落ちていき、少女に組み()せられる形で仰向けに寝かされた。痛くはないが、手足を動かせないように相手の手足が蛇のように(から)まっている。


「味わってみて……分かる?」


 少女はほんの少しだけ笑みを浮かべて、いたずらな顔を隆明に向ける。味わうとは……、隆明が想像できる限りの選択肢をこの状況で考えた、


①見る

()める

③嗅ぐ

④ ()

⑤上記を選んでやる

⑥①から④を全部やる


うん。全部変態がやることだ。ハハ! 助けを()うように少女を見るが、常時無表情なので分からない。……もし本当にこの中から一つでもやったら確実に殺される……でも、それしか思いつかない! …………ああ、もうどうにでもなれ!


 ガチャ――


 隆明が意を決したその時、後ろのドアがゆっくりと開いた。


「おーい、家庭教師が来たぞー……ん?」


 家庭教師の名は(ばん)()(りよ)。昼の一時から始まる家庭学習だったが、隆明の起きる時間帯がずれたため、30分遅れて来たのだ。体育会系の元学校教師だが、ある生徒を機に家庭教師として働いている。主に不登校生や不良生徒、病気の生徒を担当している。

 そんな旅が見たものは、初対面の隆明が黒布だらけの少女の足をひと舐めしている光景であった。

 まさか一カ月もかかってしまうとは……、ゼロから始めた9話です。よろしくお願いします。今頭乃と真ゐのキャラを書いたのでいつか見せる日が来ると思うので、期待しないで待ってください。


 一カ月、色々あったようでなかったようで……、でもこの回でまた面白くなったので、次回も楽しく頭の中で物語を紡いでいきますか。というわけでまた次回、喋りすぎてネタバレと化したら嫌なので……。

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