第五峠 第三の刺客
7等分に分かれた胴体は、しかし、同じであるはずの一個体とは別々の動きを見せる……。
名は『始斗内島』。誰も近寄ろうとしなかった島に、ぽつんと一軒家があった、入り口には『 限無病院』と頭文字が消えたボロボロの看板が建ててある。建物は一階と地下があり、建物の入口から数メートルほど人口の道が作られているが、もちろんこの病院に人が立ち寄った形跡は殆どない。室内は罅や埃が至る所に垣間見える、そんな病院の地下に影二つ。やくざが白衣を着たような脳外科医『井尻賀楽』とアロハ服を着た丸眼鏡の男『頭乃一徹』、一徹の顔はまさに鬼気迫る表情であった。
「……魂はどこだ? 先生」
「……」
「どこだと言っている!」
一向に口を開かない医者に痺れを切らした一徹は、医者の襟を殴るように掴むと怒りに身を任せて背後の壁まで追いやり医者を叩きつけた。それでも医者の身体は強靭な筋肉により何の痛みもない。
「全く――、何時まで魂を眠らせておくつもりですか? 折角【魂の物質化と液状化】に成功したというのに……」
「まさか――……!」
一徹は医者の思惑にすぐさま反応すると、怒りが限界値に達し殺そうと思ったが、堪える。医者は至って冷静ににやりと笑みを零して言った。
「売ったよ。10億。魂を定着できれば更に10億くれるそうだ。できると思うかね? 頭乃一徹くん?」
「……っ! で、出来なければ……」
「君の娘は未完成で終わるだけだ。魂が幽かに残ったカスだけ……もしそうなれば君はどうす――」
「殺す。……完全なる峠が帰ってこなければ、未完成の娘ら全員殺すに決まっているだろ?」
一徹の顔は怒りがすぅーっと収まり、至極冷静で冷淡にそう言った。医者は「お互い頑張ろうじゃないか」と言って、手を差し出すと一徹は医者の襟を強引に引き離してこう言った。
「魂を絶対に失わせるな!」
「解っている。保険はいくらでもある。報告もする。金も分ける」
「金はいい。娘が完全に治るまで、あんたが使え」
「ああ、解っている。でも本当に不思議だった。あの時、六等分になった娘を一生懸命集めてきたあんたのあの顔を……」
睨むアロハ服の男に、薄ら笑いを浮かべる医者。そんなおどろおどろしい会話の裏で、盗み聞きするメイド服の頭乃の娘が一人。本物の頭部と他全てが液体で出来た少女は、今しがた二人のために持ってきた麦茶二つを置いたお盆を持つ手がガクガクと震えていた。
魂が死ねば、他全ても殺される。
それは考えれば解る真実。だが、あんな躊躇いなく言ってのけた父に、娘の頭部は恐怖を覚えるのであった。
撫島家。鮫の置時計が六時の針を刺した時、頭乃峠爪限無の瞼が開かれた。充電は丁度六時間か……。説明書に書いてあった通りだ。プラモデルになった自分のことを少しでも覚えておかなければ、もしもの時に対処できない。プラモデル(電気式)峠はまず説明書を少しずつ読み進めていくことにした。どうせ横で非常口EXITのポーズで寝てる撫島は七時まで起きない。撫島のおばさんに叩き起こされゴミ捨てに行かされるまでの間は、とにかく身の回りの情報を集めなければ……、
「あ」
そう思った矢先、峠はあることを思い出すと、急いで撫島のおばさんに挨拶してから外出するのだった。それから一時間後……、撫島隆明は目覚まし時計によって目を覚ました。
「んんん~…………あれ? 頭乃は……?」
ガチャンっ! と起きたばかりの隆明の睡魔を吹き飛ばすかの如く、大きな音を立ててドアを開けるは頭乃峠(以下略)であった。プラモデルというのに全身から汗が噴き出しながら、峠はカッコよくこう言った。
「挨拶してきた!」
人差しと中指で作ったVサインを見せつけ、撫島に褒めるがいい自慢するペットのような顔を見せる。隆明は顎を上げ、真後ろの峠を逆様に見ながら一言。
「……誰に?」
「近所の人たち!」
「……あ、そう」
なぜそこまで決まった顔で言うのか分からなかったが、隆明は寝起きのむくりと体を起こし、背中を搔きながら顔を洗いに行った。峠とすれ違いざましっかりと「おはよう」の挨拶をする隆明に、峠も「わたしからもおはよう!」と大声で返した。一人残された峠は「それだけ……?」と首を傾げたが、まあいいかと隆明の後をついていくように顔を洗いに行った。
太陽が上り始める頃合いを見計らって、左腕以外全てが動物で出来た少女は木の上を立ち上がった。
「準備オーケー?」
誰に掛けたか分からない声は風に吹かれて掻き消えた。そよ風が木々を揺らす頃、そこに獣の少女の姿はなかった。
それから隆明がゴミ出しを終え、朝食を終えると、隆明のおばさんと隆明を交え、緊急会議が開かれた。議題はまさに昨日の夜、もう一人の峠から告げられた全てである。
もちろん峠はこの事実を言わずに秘密にすることも考えた。撫島の家族を巻き込まないために……。でも峠は致命的に頭がよくない。よく撫島に勉強を教わっていたくらいには弱いのだ。だからこそ自分だけで考えてこれを解決することは到底できないだろうと踏んだ峠は、会議の前に二人にこう言った。
「ごめん! 私事に巻きこんじゃうかもだからごめん! 聞きたくないなら言わないから!」
峠が盛大に頭を下げると、朝を起きたばかりでまだ頭がうつろうつろの隆明は頬杖をついたまま息を吐くように言った。
「はいはい、解ったから続けて? ふぁあ~今日も二度寝するか~」
「こら隆明! 学校行かない替わりに家の家事手伝うんでしょ? そろそろ洗濯物一人でできるようになんなさい! ……って寝んな!」
「いだ!」
……、まさに撫島一家はいつもこんな感じである。父は単身赴任らしく、峠も会ったことは数回しかない。この雰囲気が峠にとっては心地よいのだ。自分の家なら……。
いや、今はまずもう一人の峠のことだ。そうして峠は撫島親子に昨日の晩のことを事細かに説明した。
「――と、これがあいつの言ったことの全てあります」
峠は昨日の晩、寝ている撫島の横で書いたスケッチブックをめくりながら紙芝居風に説明が始まり、終わった。すると隆明はビシッと手を上げ一言。
「頭乃先生! 意味が解りません!」
「大丈夫、あたしもまだわかってないから」←隆明の方に手を伸ばしながら
「峠ちゃん。つまり……あの胴体の峠ちゃん以外にもあと五人も同じ顔の峠ちゃんがいるってこと?」
「多分……」
峠は腕を組んでフムフムと考え込むように答えた。現状他の峠は昨日現れた胴体の方を含めてどこにいるか皆目見当がつかない。明らかに情報不足で、そもそも今までの情報も全て胴体峠が言ったことだ。嘘がある可能性も――。
と、二人で腕を組んで考えていると(隆明は二度寝中。一応頭乃の話は最後まで聞いている)。
―トントン。とリビングと庭を隔てる大きなガラス戸を叩く音が聞こえた。隆明のおばさんは「はーい」と言いながら、怪訝な顔ですぐさまキッチンからフライパンを取り出して忍び寄る。もしかしたら悪い奴……? と峠もおばさんの気配を察して身構える。
「ごめんくださーい。勝手に動くプラモデル知りませんかー?」
声は峠の声と似ている。声からして子供? いや……、母はカーテンのすぐ傍まで寄ると、恐る恐るカーテンを引いていく。峠はガラス戸の方に目を向けたまま立ち上がり、自分が座っていた椅子を手に取り、もしもの時の武器にするつもりだ。カーテンが最後まで引き終わると――、
「おー、いるねー。じゃ、入るよー」
母はその時「あ」と気が付いた。鍵をかけ忘れていたことを……。
成す術なく開かれるガラス戸に映っていたのは、左腕だけが人間でそれ以外がマントヒヒ(?)の少女(二足歩行)であった。そんなマントヒヒ少女は戸を開け放つと同時、一瞬のうちに握り拳を撫島隆明に向かって振り翳した。
「撫島―!!!」
隆明の危機に峠は叫ぶが、拳は速度を上げ続けながら殺意を持って隆明に落ちていった。
時間が立ちすぎてしまいました。正直4話の話まで考えていたので、5話以降をどうしようかと考えていました。いや~見切り発車はやばい。まあ時間を取ったおかげでいい感じの流れが出来た気がします。他の峠の身体もまだ考えていないままですが、今の頭の要領だと他のことに使わなきゃいけないので、遅くなることもあると思いますが、その時は待ちぼうけよろしくお願いします。キャラクターの顔とか全く頭にないので、絵上手い人書いてくれないかな~(他力本願)。
というわけで次回、どうなるんでしょうね……(来週くらいまで待ってください!)。ポケモンの新作何日か後がいいな。では!