第十二峠 胴体の告白
元は一つだった頭乃峠爪限無-かしらのとうげつめかぎりなし-達は、それぞれの想いや目的を胸にゆっくりと時計の針を進み歩く……。
暑い……。窓から降り注ぐ太陽の光が体に当たる。逃げたくても逃げられず、段々と暑くなって汗が滲み出るのが分かる。目は眩しい光が直に来るので満足に開くこともできない。逃げられない訳は椅子に座らされた状態で縛られているから。いつ誰に縛られたのかは分からない。……そういえば記憶が途切れる直前に僕の目の前に現れたあの人――、
「あらら……もう起きたのですか? ライバルさん」
僕の目の前で長い髪がふわりと棚引く。日の光をその人が丁度僕の目の前で遮ってくれて、見事に私の目が開かれた。
「……」
影でありながら息を飲むほどに艶やかな輪郭の肢体を帯びた少女。背丈は自分より小さく、華奢な体を隠すように長い髪が伸びている。幽かに機械音が聞こえるけど、どこから聞こえるのだろうか……。
「もう――綺麗って言ってくれないのですね」
僕の返答を待っているようだけど……、そういえばこの子は記憶が途絶える直前にいたような気がする。でも、そもそもライバルって何? どんなライバル? 聞きたいことが山ほどありすぎて、一体どこから聞けばいいか分からない。
「大丈夫。あなたの出番はもうすぐ……」
そう言って、少女は懐から懐中時計を取って見ると、笑みを浮かべてこう言った。
「さあ、移動しましょう――初陣ですわ」
そう言って影の少女は髪をかきあげるや否や、軽やかに部屋を後にした。
「って、ちょっと!?」
縛られたまま置き去りにされる……って、あれ? 縛っていた縄がいつの間にか解けてる……。いつ解いたのか分からないけど、今はとにかくあの子に逆らわない方がいいと思った。
あれが早業だったのなら、下手に逆らえば一瞬で殺されるかもしれない……考えすぎかもしれないけど。
【長谷川真ゐ(まこい)】は意を決して、謎に包まれた少女を追うことにした。
真ゐが戸を閉じた瞬間、ドアノブに近い側壁から一枚の写真がひらりと落ちた。それは登校時の真ゐの姿を隠し撮りした写真のようだ。その上から真ゐの顔を中心に、ナイフのような切り傷が無数に刻まれていた。
――ここで大人しくして……そうね、寝たふりでもしてて……
まだ太陽が照り付けるまっ昼間に、僕は年下であろう少女に脅され人様の家の屋根の上にいる。しかも寝たふりをしていろと言われたが、もし誰かに見られでもしたら警察に通報されるかもしれない……。
(でも……従うしかない)
あの少女はどこか恐ろしさが醸し出しているようにみえる。目的のためなら自分や周りの命を平気で投げ出すくらいの気迫を感じた。まあ暫く彼女に従って、隙が出来たら逃げよう……。とりあえず勾配のある屋根の上で寝ることにした。
――チュンチュン……(小鳥の声)
――あの人また不倫してるのよお~
――とっとと離婚しちゃいなさいよ~
――だってまだ子供もいるし……(主婦の雑談)
――にゃあ~ん……(塀の上の猫のあくび)
(……寝れるかぁ!)
と、聞き耳を立てないように体勢を変えながら頑張る真ゐであった。
それからどれくらい経っただろう。いまだウトウトも出来ない真ゐの耳に、聞き鳴れた声が聴こえた。
――破滅……いい言葉よね?
まだ名前も知らない少女の声とまだ聞いたことのない第三者の声が何度か聴こえた後、また無音になった。……気になる。でも今動いていいと言われてない。……でも気になる。
……………ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ見て見よう。危なかったら光の速さで戻ればいい。うん、そうしよう。
真ゐは欲望を抑えきれず、ついに動いた。四つん這いで音を殺しに殺して進んでいく。二階の窓は数歩ですぐに着いた。が、ここで緊急事態。すぐ近くに別の少女が立っていた。だけど何故か窓に対して後ろ向き。何故? ……いや、それよりも……窓の中が気になる真ゐは、恐る恐る窓の中を覗き込んだ。
すると――、そこにはあの少女が誰かを覆いかぶさるようにしながらキスをしているシーンを目撃したのであった。
現場より。撫島家二階、撫島の部屋(ドラ〇もん〇びたの家と全体的に酷似)では、正しく修羅場を迎えていた。本体の胴体以外を機械で動かしている少女が、幼馴染の少年【撫島隆明】に濃厚な口づけを交わしている所に、隆明によって蘇った魂だけが本体でそれ以外の肉体をプラモデルの少女【頭乃峠爪限無】が目を見開いて見入っている状況。一体何を言っているのか説明しても難しいのだが、文字通りの現場である。
「なっ……なな何!?」
魂頭乃を横目に、胴体頭乃は澄ました顔で唇を離してこう言った。
「初めてはこの私のもの……」
妖艶な舌が上唇から下唇を這い回る。機械の手足で同世代の撫島をいとも簡単に抑え込でいるということは、プラモデルの魂頭乃を簡単に倒せるのだろう。物理が苦手なアタシでも分かる。……ただ、
「なんでキスした?」
「……」
魂頭乃にとって「キス」とは、彼氏彼女になってからする行為であって、友達である撫島とする意味が解らなかった。首を傾げてキスした二人を眺める魂頭乃を見て、胴体頭乃は考えるのも馬鹿馬鹿しくなるほど固まったのち、湧き上がる怒りを抑えながら口を開いた。
「だから……あなたは……」
いくつもの記憶が甦る。撫島と初めて会ったあの日……二つの感情が生まれた。
『仲良くなりたい』
『…………………』
二番目の感情は生まれた時点では判らなかった。――月日が流れ、どんどん大きくなる『仲良くなりたい』気持ち。でも、どうしてだろう。一向に二番目の感情が大きくならない。この胸に抱いた二番目の感情よりよっぽど大切なのだろうか……。
……いや、もしかしたらいつか気付いてくれるかもしれない。もう少し待とう。
バラバラになって、数日を経て、漸く理解した。
『好き』なんだ。自分の気持ちの一番は『好き』だったんだ。……それなのに――、あいつは……、あのアタシは――、
「まだ気づかないの……?」
呆れて一筋の涙が流れ出る。涙が出るほど怒りが沸き上がる。怒りが沸くほど――、
「あなたでは未来は絶対に変わらない。今ここでアタシを殺してこのアタクシ(・・・・)が撫島を好きにさせてみせる!」
宣戦布告と言っていいほどの迫力で言い放った直後、撫島の耳に鳴り響いた破壊音と共に目に映ったものは、
「な……で――」
プラモデルが木っ端微塵に吹き飛んだ魂頭乃の姿であった。胴体頭乃の宣戦布告は撫島の耳を機械の手でしっかりと聞こえないようにしていた。
色々な構図の結果こうなりました。というわけでもう夏ですね…。暑すぎて死なないように注意しなければ…。しかも災害が多くてほんとに台風は一個でも減ってくれと思う今日この頃。展開が速く進む話のときは結構時間を使ってあーでもないこーでもないと妄想する毎日。結構大変です。これだと思ったら、明日、こーでもいいかもと思っては、更に明日違う展開もいいかもと思う日々はまさに自分の物語と組み相撲している気分です。
では次回の話も、十三話と組み相撲しながら考えますので気ながらに待っていただいたら嬉しいです。あ、エクゾディア買ったのでお盆の時でも作りますか。