第42章~第44章
第四十二章
〈ユナイテッド・マガジンズ社〉の経営は、少なくとも広告、営業、製造の分野に限っては、機転と優れた経営判断と勤労努力とで早急に立ち直れないほどひどい状態ではなかった。フローレンス・ホワイトが営業・財務の分野で権力を握ってからは、少なくともその方面の問題はゆっくり好転し始めた。彼には、旬の記事、重要な書籍、売れる芸術品とはどういうものなのかについての判断力は全くなかったが、正しい製造方法、正しい仕入れと正しい在庫の売却、コストと効率の観点から見た正しい労働力の扱い方にかけては独特の直感を持っており、それだけに侮れなかった。雇うべき優秀な製造業者がすぐにわかった。本がどこでどう売れるかを知っていた。紙を大量に最安値で買う方法や、できるだけ低いコストで印刷と製造を行う方法を知っていた。すべての無駄が排除された。膨大な無駄を省いて最小限の人手で済む一連のスケジュールで、機械をフル活用した。労働組合は重複する作業を省いて労働者を削減する方針には反対だったから、この点で彼は絶えず組合と衝突していた。労働者を扱うときの彼は鉄の雇用者であり、粗野で、がさつで、卑劣だった。そして労働者はホワイトを恐れ敬った。
広告部門は状況がかなり悪かった。その理由は、この部門が仕事をとるための前提とされた雑誌の編集があまり順調にいっていないからだった。雑誌はあまり時世をとらえきれていなかった……時代の感覚と感動を先取りしていなかった……そのせいで大衆は精神的な糧を他に求めるようになり始めていた。かつてはすごい発行部数とすごい評判があったが、それは、みんながもっと若くて、最初の出版と編集の人間が全盛期の頃だった。それから、マンネリ、無関心、混乱の日々が続いた。コルファックスが権力を握っただけで希望が戻り始めた。すでに述べたように、彼はこの分野のあらゆる方面で力のある者を探していた。特に、採用した後で彼らをどう統率すべきかを自分に教えてくれる人物を探していた。個別の雑誌ごとに大衆の興味を引きそうなものを思いつくのは誰だろう? 大物の売れっ子作家をこの会社の書籍部門に引き寄せるのは誰だろう? 大衆に興味を起こさせて成功をもたらそうという気持ちで、さまざまな部門を管理する人たちを鼓舞するのは誰だろう? ユージンなら最終的にコルファックスが望む人物になるかもしれないが、果たしてそれはいつのことだろう? 彼を手に入れた今、コルファックスは先を急ぎたかった。
ユージンが状況を知ったのは、広告部の部長に就任して間もなくだった。部下たちを会議に招集したときに、彼らは、発行部数の減少と戦っていますと弱音を吐いた。
「言いたいことを何でも言ってください、ウィトラさん」部下の一人が不景気な顔で言った。「しかし答えは発行部数、発行部数の一言に尽きるんです。ここで雑誌を続けていかねばなりません。製造の人間はみんな、結果が出た時点でわかるんです。我々はいつも外に出て新しい仕事を獲得しますが、それが続かないんです。維持できないんです。雑誌が結果を出してくれませんから。そこをどうするつもりですか?」
「今後の方針を説明しよう」ユージンは静かに答えた。「雑誌のテコ入れをします。その方向で数々の変化が起きていると理解しています。すでにいい仕事をしていますよ。たとえば製造部は調子よくなりました。そのことは把握しています。すぐに編集部もよくなるでしょう。今はみなさんに、この状況の中で精一杯戦ってほしいと思います。できれば、ここは何も変更しません。どうすればいいかは、みなさんに指示するつもりです……個別に行います。我々には世界一の会社がついているとみなさんには信じて欲しい。前にたちはだかるものは何だって一掃できるんです。コルファックス社長をご覧なさい。あの人が失敗すると思いますか? 我々はするかもしれませんが、あの人はしませんよ」
部下たちはユージンの態度と自信に好感をもった。部下たちはユージンが自分たちを信頼してくれたことに好感をもった。ユージンが部下の全幅の信頼を勝ち取るのに十日とかからなかった。ユージンは自分とアンジェラが一時的に泊まっているホテルに、すべての雑誌を持ち帰って慎重に検討した。最新刊の本を何冊も持ち帰ってアンジェラに読んでほしいと頼んだ。自分では、それぞれの雑誌は何を表現するべきかと、それぞれの雑誌に生命と活力を与えるのはどこの誰なのか、を考えようとした。冒険雑誌の担当には、数年前に知り合い、その後は日曜新聞の雑誌付録の編集でかなり成功していたジャック・ベゼナという人物をすぐに思いついた。彼は急進的な作家になるために仕事を始めたが、落ち着いてしまい、とても有能な新聞記者になった。ユージンはこの数年の間に何度か彼に会ったことがあって、その都度彼の人生の判断の力強さと繊細さに感銘を受けていた。ユージンは一度彼に言ったことがあった。「ジャック、きみは自分の雑誌の編集をやるべきだよ」
「そうするよ、そうするつもりだ」ジャックは答えた。今、この件を鑑みて、ベゼルが雇われるべき人物としてユージンの頭に浮かんだ。今の編集者を見たことがあったが、まったく力がないように見えた。
週刊誌にはタウンゼンド・ミラーのような人物が必要だった……彼はどこで見つかるだろう? 今の担当者のアイデアは興味深いものだったが、その魅力は一般受けしなかった。ユージンは表向きは面識を深めるつもりで、いろいろな編集者を見て回ったが、その中の誰にも満足しなかった。
ユージンはいつかコルファックスに言う日が来るまで急がず待って、自分の部門が自分の大きな努力を必要としていないことを確認した。
「編集部門がうまくいってませんね。私が自分の仕事について調べたところでは、それほど根本的に遅れたものは全然なく、対処可能ですが、雑誌はよくありませんね。給料の話は完全に除外して、少し変更を加えさせていただきたいのです。上に適切な人材がいません。あまり急ぎ過ぎないようにやってみます。しかしいくつかの問題は今より悪化しようがありません」
「わかってるとも!」コルファックスは言った。「そのことはわかってるんだ! どうしろと言うんだ?」
「もっとましな人に替えるだけのことです」ユージンは答えた。「もっと新しい発想を持った優秀な人にします。当面は少し費用がかさむかもしれませんが、長い目で見れば利益の方が大きいでしょう」
「その通りだ! その通りだよ!」コルファックスは熱く語った。「私は自分が大声で二度言うに値すると思う判断を下す人物が来るのをずっと待ってたんだ。私が知る限り、お前は今すぐにでも事に当たれるんだぞ! 私が約束した給料はこれにかかっているんだからな。だが、言っておきたいことがある! 言っておきたいことがあるんだ! お前には全権を持ってこれに当たってもらうが、転ぶことも、つまずくことも、病気になることも、どんなミスも犯すなよ。そうなったらお終いだからな! その時、お前が味わうのは生き地獄だからな! 私は優秀な雇い主なんだ、ウィトラ。優秀な人間にはいくらだって金を払うさ、常識の範囲内でだがな。しかし一杯食わされたとか、コケにされたとか、相手がミスを犯していると思ったら、そのときは一切容赦しない……これっぽっちもな。私は普通の人間だ、いつもからっぽ、からっぽ、からっぽの」(そして紙面で繰り返すに耐えない汚い言葉を使った)。「それが私のすべてなんだ。さあ、これで我々はわかり合えたな」
ユージンは驚いて相手を見た。以前にもそこで見たことがある冷酷無情な輝きが、その青い目の中にあった。彼の存在は電気だった……その姿は悪魔だった。
「以前にもそういうことを言われたことがあります」ユージンは言った。サマーフィールドが「石炭シュートに放り込んでやる」と言ったことを考えていた。新しい仕事に就いて早々これほど冷たい明確な課題を突きつけられるとは予想していなかったが、現に突きつけられ、ユージンはそれに向き合わねばならなかった。その瞬間カルヴィンと袂を分かったことを後悔した。
「私は責任を恐れません」ユージンは厳しい顔で答えた。「できれば、転びも、つまずきも、ミスもしません。もししても、あなたに泣き言を言ったりしませんよ」
「まあ、私はただ話をしているだけだ」コルファックスはまた笑顔と愛想を取り戻して言った。あの冷たい光はなくなっていた。「世界で一番いい意味で言ったつもりだ。私は全力と全権でお前を支えるつもりだが、失敗したら神さまに助けてもらえ。私にはできんからな」
コルファックスは自分の机に戻り、ユージンは上の階に行った。枢機卿の赤い帽子を頭にかぶらされて、同時に斧を頭上にかざされた気分だった。ユージンはこれから自分がすることを慎重に考えなければならないのだ。ゆっくりであれ、進まなければならない。ユージンにはすべての力が与えられていた……全権委任だった。今から上の階に行って、その場にいる全員を解雇することだってできた。コルファックスがユージンを支えても、ユージンは部下を入れ替えねばならないだろう。それも迅速かつ効果的に。これは試練の時間だった。重要だが厳しいひとときだった。
彼の最初の行動は、ベゼナを呼び寄せることだった。ベゼナとはしばらく会っていなかったが、今ユージンが持っている、上の方に「ユナイティド・マガシンズ社」、片隅に「統括出版部」と書かれた便箋がすぐに彼を連れてきた。とても多くの有能な人たちがこの仕事に関わっているときに、こうして自分を統括出版部長と呼ぶのは、ある意味で大胆なことだったが、これくらいでユージンは動じなかった。ユージンは始めなければならなかったし始めることを決意した。この便箋……の単なる刻み文字……は彼が権力の座にあることを正式に知らせる最もいい方法だった。このニュースは延焼するようにビルを駆け巡った。彼のオフィスにはこのニュースを伝える者が大勢いた。彼の専属速記者までもが一役買った。編集者とアシスタントはみんな、これはどういうことだろうと不思議に思ったが、仲間内以外では何も質問しなかった。概要さえ何も発表されていなかった。ユージンは同じ便箋でアドルフ・モルゲンバウを呼び寄せた。彼は〈サマーフィールド広告〉でユージンのアシスタントとして優れた手腕を発揮し、その後頭角を現してきた雑誌〈スフィア〉のアートディレクターになっていた。モルゲンバウならそろそろ自分のもとで美術の仕事をさせてもいいかもしれないと考えた。そして彼の目に狂いはなかった。モルゲンバウはかなりの力と知性を備えた人間に成長していて、またユージンと組めることを大喜びした。彼はまた、いろいろな広告担当者、芸術家、作家たちと、この分野で今、最も活躍中の編集者は誰かについて話をして、その相手に自分のところに来る気はあるかを問う手紙を書いた。ユージンがニューヨークに来たのは、〈ユナイテッド・マガジンズ社〉の広告部門だけではなく編集部門も担当するためだったという事実が急速に街中に広まったために、人が続々とやって来た。芸術、書き物、編集、広告に関心を持つ者全員がそれを聞きつけた。昔のユージンを知る者は、自分の耳が信じられなかった。彼はどこでそんな技術を身につけたのだろう?
スタッフ全員に、私が責任者であることが周知された方がいいと思います、とユージンはコルファックスに申し入れた。「私なりに状況を考えてきました」ユージンは言った。「私は自分が何をしたいのかわかっていると思います」
さまざまな編集者、アートディレクター、広告や書籍の担当者たちが本部に呼ばれて、コルファックスが、この場にいる全員に影響を及ぼす発言をしたい、と告げた。「これからはここにいるウィトラ君が、我が社の出版部門の全てを取り仕切ります。私は問題に関して何も口出ししないことにしています。自分がこの問題に彼ほど精通していないとわかっているからです。みなさんは、これまで私にしてきたのと同じように、彼にアドバイスを求めて相談してください。ホワイト君は製造と流通部門の担当を続けます。ホワイト君とウィトラ君が一緒になって働くわけです。私が言いたいのはそれだけです」
一同は解散し、ユージンは再び自分のオフィスに戻った。さっそく、自分の下で働いて、自分と同じようにこの事業部門を運営できる広告担当者を見つけることにした。この該当者を探すのにしばらく時間を費やし、最終的に〈ヘイズ・リッカート社〉でその人物が働いているのを見つけた。優秀な仕事人として以前から多少知っている人物だった。名前はカーター・ヘイズ、三十二歳の、力のある、強引な人物で、自分の選んだ仕事で成功することをとても望んでいて、ここに大きなチャンスを見出した。ヘイズはユージンのことがあまり好きではなかった……過大評価されたのだと思った……しかしユージンのために働くことに決めた。ユージンは年収一万ドルでヘイズを雇い入れて、ヘイズの注意を完全に新しい職務に向けさせた。
経営者側から見る編集と出版の世界は、ユージンにとってまったく新しい世界だった。編集と出版の世界を、芸術や広告の世界ほどよく理解しておらず、ある意味では彼にとって比較的新しい見知らぬ世界であったため、最初からミスをいくつか犯した。彼の最初のミスは、主に雑誌が弱かったせいもあるが、諸々の事情が抑えつけていたとか、とても価値ある存在だとわかるちょっとした評価を待っていただけの優秀な人たちが実際には大勢いたのに、自分の周囲のすべての人間はおおむね非力で非効率と決めつけたことだった。次に、彼は個々の出版物ごとにとるべき正確な方針がはっきりしておらず、教えてくれる人にも謙虚に耳を貸そうとしなかった。最善の策は、担当者を見守り、彼らの言い分を理解し、親切な提案で彼らの努力を補いながら、じっくり時間をかけて進めることだった。なのにそれをせず、抜本的な改革を決意して、就任して間もないのにその実行に取りかかった。〈レビュー〉の編集マーチウッドと、〈ウィークリー〉のゲイラーが解任された。〈冒険小説マガジン〉の編集者の地位がベゼナに与えられた。
しかしこれほどの組織での大改革は、すぐに結果を出せるはずがなく、目立った変化が現れるまでには数週間、数か月がたたなけれならない。ユージンは、部下の一人一人に責任を押し付けて放置して時々批判するのではなく、部下のそれぞれやみんなと一緒になって仕事に取り組み、個別の事例ごとに親身になって方針を示す努力をした。それは簡単なことではなく、時にはユージンを混乱させることもあった。彼には学ぶべきことがたくさんあった。しかし毎日のように各方面に役立つアイデアを出し、それが伝えられた。雑誌はよくなった。ユージンと彼の部下の判断を取り入れた最初の号が、コルファックスとホワイトによってじっくりと吟味された。ホワイトは、何が改善されたのかを特に知りたがった。自分ではちゃんと判断できなくても、意見を聞く手段を持っていた。批判する口実が見つかると期待していたから、ほぼすべてが好意的意見だったので、とてもがっかりした。
コルファックスは、ユージンの毅然とした態度、仕事にかけるエネルギー、進んで責任を負う覚悟を見て、以前よりも一層彼を称賛するようになった。社交の相手……仕事の時間が終わってからも付き合いたい相手……として彼を気に入り、ユージンを自宅のディナーに招待し始めた。アンジェラと会ってもあまり大した感銘を受けなかったから、カルヴィンとは違って、彼は社交の場のほとんどでアンジェラには配慮しなかった。アンジェラはきれいではあったが、夫と同じようなきらびやかな資質はなかった。コルファックス夫人は軽蔑的な意見を述べ、これがまた障害になった。コルファックスはユージンが独身ならよかったと心から願った。
時間が経過した。ユージンはこの状況に関わるさまざまな問題に取り組めば取り組むほど、どんどんゆとりが出てきた。これまでに何らかの重要な管理職に就いたことのある人なら、ある程度の才能があれば、その才能に応じた能力と実力を持つ男女を引きつけることが、どれほど簡単かを知っている。類が友を呼び、自分の才能に応じた出世を志す者は、もっと高い地位にいる自分によく似た人のところへ自然に流れていく。広告担当者、芸術家、流通関係者、編集者、書評家、作家など、ユージンのことを十分に理解しているか彼の真価がわかる人たちがこぞって彼を頼って来たので、次第に応募者全員を各部門の長に引き合わせること学ばざるを得なくなった。彼はある程度、部下に頼ることを学ばざるを得なかった。そしてこれを学んでいるうちに、逆に頼りすぎるようになった。広告部のカーター・ヘイズの場合、ユージンは彼の手際の良さに特に感銘を受けたので、仕事の細かい部分まで彼に丸投げし、ユージンはただ手順書を点検し、困ったときに助言を与えるだけだった。ヘイズは根っからの自己中心的人物だったので、これをありがたがった。しかしこれでは忠誠心は育たなかった。ヘイズはユージンのことを、何かのまぐれ当たりで出世した男であって本当は広告の人間ではない、と考えた。ヘイズはやがて、自分が実際に広告部の部長になって、コルファックスやホワイトと直談判できるような状況になればいいと望むようになった。彼らの方がこの事業の大口投資家だから、ヘイズは彼らをユージンの上司であり、取り入るべき相手だと考えた。他の部署にも同じように感じる者がいた。
ユージンの大きな問題は、部下に忠誠心を起こさせるほどの大きな力がないことだった。ユージンには部下を元気づける力……部下の役に立ちそうなアイデアを部下に与える力……があった。しかし部下は大体これを、自分の利益の拡大のため、つまりは自分たちがユージンを超えたと思う地点まで自分たちを進めるために使った。ユージンの態度は、邪険でも、近寄り難くも、辛辣でもなく、いつも、どちらかといえば、とっつきやすいと思われた。ユージンには、非凡な才能の持ち主、時には特定の専門分野で自分よりもはるかに優秀な人材を選び出す能力があった。ユージンが雇った人たちは、しばらくするとユージンを上司ではなく、自分たちと同じ道を歩む者、自分たちが目指してもおかしくない地位にいる者と見なすようになった。ユージンは仕事全体にかなり温厚な態度で臨んでいるようだった……とてものんびり構えていた。時にはわざわざ相手に、出しゃばり過ぎだと言うこともあったが、ほとんどあまり気にしなかった。物事は順調に進んでいた。雑誌は改善しつつあり、広告部と流通部は著しい利益を上げていた。全体的に見れば、彼の人生は割と完璧なまでに開花したように見えた。波乱や日常的トラブルはあったが、深刻ではなかった。迷ったときはコルファックスが親切にアドバイスしてくれたし、ホワイトは感じてもいない友情を装った。
第四十三章
この状況の問題点は、ユージンがこれまで経験したことのないほどの大きな権力、快適さ、余裕、贅沢を伴い、大勢の部下たちの間だけでなく、家庭でも東洋の権力者のようになったことだった。アンジェラはこの数年ずっと好奇心を持ってユージンの活躍を見守ってきたが、ついに、彼をあらゆる点で天才である……芸術、金融、出版界、あるいはその三分野のすべてで、何か偉大な抜きん出た存在に運命づけられている……と考えるようになった。アンジェラは、ユージンが今急速にのぼりつつある目もくらむような高みに到達するためには、これまで以上に慎重でなければならないと確信していたので、彼の行動に対して気を緩めなかった。今や誰もがとても注意深く彼を見張っていた。彼にとても従順だからといって、危険であることには変わりはなかった。彼の立場にいる人間は、服装、話し方、歩き方にとても注意しなければならなかった。
「そんなに騒がないでくれよ」ユージンはよくアンジェラに言った。「頼むからほっといてくれ」これはただ余計に口論を増やすだけだった。アンジェラは、ユージンの願いに反してでも、彼のためを一番に考えて、彼を管理しようと決めたからだ。
芸術、文学、慈善事業、商業など、さまざまな分野の重要人物がユージンに会いたがるようになった。第一の理由は、彼には理解する心があった。第二に、こっちの方が重要だったが、彼は与えるものを持っていた。人生のあらゆる分野には、それが何であれ、成功した者が象徴となる道を通じて何かを求める人たちが常にいる。こういう人たちは、台頭する有名人の栄光の照り返しを常にあびたがる他の人たちと一緒になって、あらゆる成功者の従者になるのである。ユージンには従者がいた。同じ階級とその下の階級の男女がいて、彼らは盛んに握手を求めた。「おや、これはこれは、〈ユナイテッド・マガジンズ社〉の統括出版の方ですね! ええ、存じ上げてます!」特に女性はきれいに並んだ白い歯を見せながら微笑んで、ハンサムで成功している男性はみんな結婚していることを残念がった。
ユージンがフィラデルフィアから来た翌年の七月、〈ユナイテッド・マガジンズ社〉は新しい自社ビルに移転した。そのときユージンは自分のキャリアの中で最も威厳のある役職を任命された。ユージンの機嫌を取りたくて、立ち回りのうまい部下が花束代の募金をしようと提案した。ユージンの部屋は全体的な装飾の基調とは一線を画して、もっと印象的なものにしようと、紫檀材の家具が置かれて、白と青と金色が使われた。バラやスイートピーやナデシコの大きな花束が、色も国も流派もばらばらの美しく華やかな花瓶に入れられて随所に置かれた。彼の立派な紫檀材の平机は、厚い板ガラスが敷かれ、そのガラス越しに磨き上げられた木目が明るく輝き、花が飾られた。オフィス入りした朝、ユージンが間に合わせのレセプションを開いたところ、そのときに自分たちの新しい部屋を見て回った後で彼の部屋に立ち寄ったコルファックスとホワイトの訪問を受けた。三週間後に開かれた全体のレセプションには、大都市の各界を代表する成功者が集い、大勢の芸術家、物書き、編集者、出版者、作家、広告関係者がビルに詰めかけ、ユージンの晴れ姿を目にした。この時、ユージンはホワイトとコルファックスと一緒に出迎えに立った。ユージンは、どうやってこれほどの大成果をあげたのだろう、と驚く若者たちに遠くから憧れの目で見られた。彼の出世はまるで彗星のようだった。芸術家としてスタートした人が、転身して、出版の側から文学と芸術に支配力を持つ人になるなんて、ありえないように思えた。
自宅でもユージンの周りは同じように派手だった。職場にいるときと同じように大きな存在だった。アンジェラと二人だけのときは、あまり頻繁にはなかったが、当然、二人も多くのもてなしをしたので、ユージンはアンジェラにとって大きな存在だった。アンジェラはずっと前から、ユージンはいつの日か芸術界で権勢を振るう人物になるだろうと考えていた。しかし、彼が都会の商業界の大物であり、大手出版社の代表であり、付き人と自動車を持ち、タクシーに自由に乗り、高級レストランやクラブでランチをとり、常に重要人物と一緒にいるのを見てしまうと話は違った。
アンジェラはもうユージンと一緒にいる自信がなくなり、ユージンをコントロールする力があるのか自信がなかった。二人はささいなことで喧嘩をしたのに、そういう喧嘩を始める気にもならなかった。今やユージンは別人で、一段と深みを増したように見えた。アンジェラはまだ、ユージンが間違いを犯してすべてを失うかもしれないことと、人生のいたるところに現れて、突風のように簡単に吹き荒れる、悪意や、ねたみや、嫉妬の力が、彼に害を及ぼすことを恐れていた。ユージンは呑気に見えたが、時折、自分の身の安全を考えて悩むことがあった。彼は会社の株を持っておらず、コルファックスには受付係程度にしか見られておらず、どれくらいあっさりと処分されるかわからなかった。ユージンは順調にいっていた。
コルファックスは彼に好意的だった。製造の段取りが狂って、発行日に影響が出て、どれほどひどいことになるかがわかって驚くことが時々あったが、ホワイトは必ずうまい言い訳をした。コルファックスはユージンと話をするのが好きだったので、田舎の別荘や山のロッジや、ちょっとしたヨット乗りや釣りの旅などに連れ出したが、アンジェラを招待することはほとんどなかった。コルファックスはそんなことをする必要があるとは感じていないようだった。ユージンは、アンジェラが考えているに違いないことを恐れたのと同じくらい、彼の気づかいをないがしろにする印象を与えることを心配した。ユージンはあっちにいてもこっちにいても、コルファックスからひっきりなしに「大将、どこにいる?」と声がかかった。彼はどうやらユージンから離れたくないようだった。
「やあ、大将」コルファックスはサラブレッドか血統書つきの犬でも見るようにじっと彼を見ながら言った。「順調にいってるな。この新しい仕事が性に合ってるんだ。私のところへ来たときは、そんなふうには見えなかったのにな」そしてユージンの着ている最新のスーツを触ったり、つけているネクタイやピンの感想を述べたり、もし完璧に着こなしたいのならその靴はベストではない、と言ったりした。コルファックスは、サラブレッドの調教をするように、新しい獲物を調教していた。そしていつも、ユージンがろくに知らないか無知であるかのように、上流生活についての豆知識、模範的行動、姿を見られてもいい場所、行ってもいい場所を教えていた。
「じゃ、金曜日の午後にサヴェッジ夫人のところへ行くときに、トラクストンの旅行鞄を手に入れたらいい。見たことがあるか? まあ、実物がある。ロンドンコートはもっとるのか? じゃ、一着持っておくべきだな。ああいう使用人どもはお前のいろいろなところを見て、それに合わせてお前の品定めをするんだ。一人につき少なくとも二ドルはやらんとな、執事には五ドルだ、忘れるなよ」
コルファックスは、アンジェラを執拗に無視するのをユージンが怒ったのと同じ態度で、強く要求したが、ユージンはあえてこれに意見を言わなかった。コルファックスは気分屋であり、人を憎むことも愛することもでき、中間の立場をめったにとらないことがわかった。ユージンは今のところ彼のお気に入りだった。
「金曜日の二時に迎えの車をやるから」週末のレジャーを計画している時などは、まるでユージンが車を持っていないかのように言った。「準備しておくように」
当日の二時にコルファックスの大きな青いツーリングカーが勢いよくアパートの正面に現れ、ユージンの付き人が、鞄、ゴルフクラブ、テニスラケット、週末の娯楽で使ういろいろな道具を積み込むと、車は走り出した。アンジェラは時々置き去りにされたり、ユージンのとりなしで同行したりしたが、ユージンはうまく立ち回って、大体はコルファックスの無関心に合わせなければならないことに気がついた。ユージンはいつもアンジェラに事情を説明した。アンジェラが気の毒だと一応ユージンは思ったが、この分け隔てにも多少の正当性はあると感じた。アンジェラはユージンが今向かい始めている最上の世界に必ずしもふさわしくなかった。そこにいる人たちはアンジェラよりも、冷たく、鋭く、抜け目ない上に、アンジェラでは手の届かないあの極度に洗練された対応の仕方と経験を持っていた。実際、アンジェラには、四百人いるとされる上流階級の人たちと同等かそれ以上の気品はあっても、そのまた上位クラスのメンバーとして輝く人たちのほとんど変わらない特徴である、あの頭の切れと、薄っぺらな自負心や自信が欠けていた。それを感じていようがいまいが、ユージンはこの態度をとることができた。
「あら、そんなこと平気よ」アンジェラは言った。「あなたはお仕事でやっているんですもの」
それでもいわれのない侮辱に思えたので、アンジェラはこれにひどく憤慨した。コルファックスは、自分の気分に合わせて付き合う相手を調整することに何の抵抗もなかった。彼は、この上流階級の生活がユージンにはお似合いだと思ったが、アンジェラには似合わないと思った。だからざっくりと区別して、自分の流儀でやった。
こうしてユージンは社交界の不思議な事実を知った。こういう最高位の人たちの間でよくあるのは、妻は受け入れられないが夫は受け入れられるとか、その逆とか、何とかなるのであれば、それがあまり深く考えられないことだった。
「あれ、あそこにバークウッドがいる」彼はフィラデルフィアで、若い名士がある人物について言うのを一度聞いたことがあった。「どうしてあんな奴を入れるのかな? 奥さんは魅力的だが、あいつはダメだろう」そしてニューヨークでも一度ある娘が、紹介にあったある奥さんのことを自分の母親に尋ねるのを聞いたことがあった……彼女の夫が同じテーブルにいたのだが……「どなたがあの方を招待したのかしら?」
「私が知るわけないでしょう」母親は答えた。「知るもんですか。きっと自分の意思で来たんでしょ」
「確かに図太い神経をお持ちね」と娘は答えた……妻が入って来た時にユージンはその理由がわかった。女は見た目が良くなく、服装も調和がとれていないし趣味が悪かった。これにユージンは驚いたが、一応理解はできた。アンジェラへの不満にこういう理由はなかった。彼女は魅力的でスタイルがよかった。唯一の欠点は、歓楽に飽きた上流階級らしいさがないことだった。これは致命的だとユージンは思った。
しかし、彼は自宅や仲間内で一連の催し物をすることで、この埋め合わせをしようと考えた。これは時間が経つにつれてどんどん手の込んだものになった。フィラデルフィアから戻った当初は、ディナーに呼ぶのは少人数、古い友だちだった。彼は自分に自信がまったくなくて、この新しい栄誉を分かち合うためにどれくらいの人が来るのかわからなかった。ユージンは、若いころに知り合った人たちへの愛情を決して失わなかった。彼はお高くとまらなかった。確かに今ユージンは裕福な人たちと自然に付き合っていたが、取るに足らない人たちや昔なじみとも付き合っていた。彼らのことも好きだったし、古い昔を偲びたかった。若い頃はろくでもない連中と付き合っていたから、金の無心に来る者が多かった。しかし彼の名声に惹かれて来る者の方が多かった。
ユージンは、当時の芸術家や知識人のほとんどと親しく楽しく懇意にしていた。自宅や彼のテーブルには、芸術家、出版業者、グランドオペラのスター、俳優、脚本家が現れた。彼の高給、美しいアパートとその土地、豪華なオフィス、親しみやすい態度のすべてがユージンの助けになった。人目を気にするあまり、自分は変わっていない、と豪語した。彼は、いい人、単純な人、自然な人を好きだと言った。そういうのが本当に立派な人たちだったからだ。しかし自分がどれくらい高い階級に選り分けられたのかがわかっていなかった。今は自然に、裕福な人、評判のいい人、美しい人、強い人、有能な人に引き寄せられた。それ以外の人は彼の関心を引かなかった。ほとんど目に入らなかった。見たとすれば、憐れむか施しをするためだった。
貧困を抜け出して贅沢を、かなり野暮な生活を抜け出して洗練された生活を、まったくしたことのない人たちに、新しい生活が最終的に経験のない心を覆って世界を新しい色にしてしまう、ヴェールだか呪文をわからせるのは難しい。人生は、その幻想を完成させよう、呪文をつくろう、と絶えず努力しているようだ。実際には、すべての根底にある究極の本質と原理を除けば、これ以外に何もない。不調和から抜け出した者にとって調和は魔法の呪文であり、貧乏から抜け出した者にとって贅沢は喜びの夢である。もともと美しいものを愛し、工夫のみが作り出せる完成や整然のあらゆる繊細さにとても敏感なユージンは、明らかに一歩一歩、ほとんど無意識に移行しつつあるこのもっと偉大な世界の性質に大きく心を奪われた。彼の目にとまったり彼の感性を癒やした新しい事実はどれも、既存のすべてのものにすぐに順応した。田舎の別荘、都会の豪邸、都会や田舎のクラブ、高級ホテルや旅館、自動車、リゾート、美女、気取った態度、鑑賞力の細かさ、選定の完璧さが、一般的に備わって付随しているこの完璧な世界に、自分が生まれたときからずっと属していたかのようにユージンには思えた。これは本物の天国だった……地上の、物質的にも精神的にも完全なものだった。世界はそれを夢見て、労苦や障害、さもしい考え、さまざまな意見、無理解、肉体が受け継ぐあらゆる苦難から抜け出して、そこへ向かっていた。世界は絶えず高みを目指していた。
ここには病気がなく、どうやら疲れもなく、不健康も苦境もなかった。ここでは存在のすべての不具合、障害、欠陥が入念に一掃され、人はただそこにある美しさと健康と強さしか目に入らなかった。人生は人間の心の贅沢を愛する気持ちに、力を入れて熱心に奉仕しているように見えるが、快適の度合いがその力と熱量でどんどん大きくなるにつれて、彼はますます感銘を受けた。ユージンは自分にとってすてきなもの、広々として手入れの行き届いたすばらしい地方の名所、カントリークラブやホテルやあらゆる海辺のリゾートが配置された絶妙の美しさを持つ景色をたくさん知った。スポーツ、娯楽、運動がものすごくよく組織化されていて、事実上これに人生を捧げている人が何千人もいることを知った。こういう上流階級の安楽な状態を、まだユージンは味わえなかったが、仕事の時間の合間にたっぷり手足を伸ばして気楽に腰掛けて、もしかしたら何もしなくてもいい時が来るのを夢見ることはできた。ヨット、モータースポーツ、ゴルフ、釣り、狩猟、乗馬、テニス、ポロ、このすべての分野に熟練者がいるのを知った。カード遊び、ダンス、食事、だらだらした生活、こういうものが大勢の人たちの日常を絶えず占めているようだった。ユージンはそのすべてをいっときの見世物としか見られなかったが、それでも何もないよりはましだった。それはこれまで経験したことがないものだった。世の中はどう成り立っているのか、富はどこまで拡大して貧困はどこまで底が深いかを、ユージンははっきりとわかり始めていた。最下層の物乞いから最上階の景色までは、何とかけ離れているのだろう!
アンジェラはとてもじゃないが、こういう精神の巡礼でユージンと歩調を合わせられなかった。確かにアンジェラは今はもう最高の仕立て職人のところにしか行かず、魅力的な帽子や最も高価な靴を買い、タクシーや夫の自動車に乗っていたが、これについて夫が感じたようには感じなかった。これはアンジェラにはまるで夢のように思えた……あまりにも突然、あまりにも景気よくやってきたので、いつまでも続くはずがないように思えた。ユージンはもともと出版の人間でも編集者でも資本家でもなく、芸術家であり、これからも芸術家であり続けるだろう、という考え方が、アンジェラの頭ではずっと続いていた。ユージンは採用された職業で大きな名声を得て大金を稼ぐかもしれないが、おそらくいつかそこを離れて芸術家に戻るだろう。ユージンは健全な投資をしているように見えた……少なくともアンジェラにはそれらが健全に見えた。株と銀行口座は、主に転換社債だったが、将来の安心を保証するほど十分安全に思えた。しかし結局、二人はあまり貯金をしていなかった。生活費は年間八千ドルを超え、支出は減るどころか増える一方だった。ユージンはどんどん贅沢になっているようだった。
「私たちの楽しみ方は度が過ぎてると思うわ」アンジェラは一度抗議したことがあったが、ユージンはその不満を聞き流した。「やっていて楽しくないものは僕にはできないよ。楽しむことが僕を成長させているんだ。僕の立場にいる人間はそうしなければならないんだよ」ユージンは最後に、本当に注目に値する人たちに扉を開いた。すると、あらゆる分野の最も賢い人たちのほとんどが……本当にずば抜けて賢い人たちが……やって来て、彼の食事を食べ、彼のワインを飲み、彼の快適さをうらやみ、彼のようになりたがった。
この間ユージンとアンジェラは、お互いの距離が縮まるどころか、実際にはどんどん離れていった。アンジェラはあのひどい過ちを忘れたことも、完全に許したこともなかったし、ユージンの快楽主義的性向が完治したとも信じていなかった。美女が大挙して、アンジェラのお茶会や昼食会、夫婦共同で開催する夜会やパーティーに詰めかけた。今のユージンなら難なく、音楽、演劇、文学、芸術の才能を持つ人を自由にできたので、自ら采配を振るって面白い趣向を凝らした。彼は、木炭やクレヨンですばやく人物をスケッチすることができたり、器用な手品や物まねができたり、歌、踊り、演奏、朗読、ユーモアのある話を面白おかしく即興でできる男女を知っていた。所帯じみた女性を見たくなかったから特に美しい女性だけを招待したいとせがんだ。不思議なことに何十人も見つけたが、彼女たちは特に美しいだけでなく、歌手、ダンサー、作曲家、作家、俳優、劇作家でもあった。ほぼ全員がとても話し上手で、好き勝手に楽しんだ……実際、自分たちが楽しめることをした。ユージンのテーブルは、いつ見てももきらびやかだった。ユージンが「呼び物」にしていたものの一つは、朝の三時まで部屋に居残った十五人から二十人の客を三、四台の自動車に分乗させて、朝食と「日の出見物」をしに町外れの小さなホテルに出かけることだった。車のレンタル料の七十五ドルや、大人数の朝食代の三十五ドルという小さな問題に、ユージンは困らなかった。こんなのはどうってことないと知っていたから、財布を取り出して兌換紙幣の十ドル札を取り出すのが四枚でも五枚でも六枚でも、とてもいい気分だった。同じところから、もっと多くのお金が彼のところに来ていた。経理に人をやれば、いつだって五百ドルから千ドルくらいは引き出せた。彼はいつも財布に五ドル札、十ドル札、二十人ドル札で百五十ドルから三百ドルを持っていた。小さな小切手帳を携行して、ほとんど小切手で支払った。ユージンは自分が知られていると決めてかかるのが好きで、この想定をよく他人に押し付けた。
「ユージン・ウィトラ! ユージン・ウィトラ! 実に、立派な方だ」……とか「あんなに出世するなんて、すごいですよね?」、「先日の夜、私はウィトラ邸にいたんですよ。あんなにすてきなアパートをこれまでに見たことがありますか? 完璧ですよ! あの眺めときたら!」
人々は、ユージンがもてなした興味深い人たち、そこで出会った賢い人たち、美しい女性たち、美しい眺めについて論評した。「それにウィトラ夫人はとてもチャーミングなんです」
しかし、こうした話の底には、ねたみや軽蔑も多かった。そしてウィトラ夫人の人柄に大きな関心が向けられることは決してなかった。アンジェラはユージンのように華やかではなかった……というか、意見は割れた。賢い人や、見応えのあるもの、機転、華麗さ、気楽さを好む人は、ユージンのことは好きでも、アンジェラのことはあまり好きではなかった。落ち着き、手堅さ、誠実さ、忠実や努力などの普通の美徳を好む人たちは、アンジェラを称賛した。誰もがアンジェラを夫に忠実な召使い、夫が歩く地面まで崇拝する女と見ていた。
「とてもすてきな小さな女性です……とても家庭的で。しかし、彼が彼女と結婚したのは不思議ですよね? 二人は全然違いますから。それでも、共通点もたくさんありそうですね。それって変……ですよね?」
第四十四章
ユージンがケニヨン・C・ウィンフィールドと改めて付き合うようになったのは最後の上昇期間中のことだった。元ニューヨーク州上院議員、〈ロングアイランド不動産〉の社長、土地開発業者、地上げ屋、投資家、芸術家で、ユージンとタイプも気性もとてもよく似たこの男は、この当時、不動産投機でかなり目立つことをやっていた。ウィンフィールドは背が高く痩せ型で、髪と目が黒く、少し鉤鼻だが攻撃的ではなく、威厳も気品もあり、知的で、人を引き付ける楽天家で、年齢は四十八歳だった。ウィンフィールドは、アイデア、夢、空想、実行力、ある程度の慎みと判断力を持ち、このとても複雑な死闘の中でも自分の立場を守れる世慣れた人のいい見本だった。本当は偉大な人物ではなかったが、それにとても近かったので、多くの人たちにそういう印象を与えた。深くくぼんだ黒い目は独特の輝きを帯びて燃えたので、目の中がほんのり赤いと人は想像したかもしれない。青白く少し痩せこけた顔には、あまり多くはないが優雅なメフィストの特徴がいくつかあった。彼はその言葉の本当の意味での悪魔には見えず、鋭敏で、繊細で、優雅だった。ウィンフィールドの手法は、金を持っている人たちに取り入って、その連中から彼が絶えず描いている計画というか夢を実現するのに必要な巨額の資金を引き出すというものだった。彼の空想はいつも彼の財布には大きすぎたが、とてもすてきな空想をしたので、そういうものや彼と一緒に仕事をするのは楽しかった。
第一にウィンフィールドは不動産投機家だった。第二に彼は夢に夢を見たり、先を見る人だった。彼の構想は、どこかの都市に近いすてきな田舎のエリアで成り立っていた。そこはすてきな別荘が立ち並び、ちゃんと舗装された木陰の道が整備され、下水道、ガス、電気、ふさわしい鉄道、市街線と、よく計画された居住区のインフラがすべて提供され、同時にひっそり暮らせて、高級で、快適で、伝統的でありながら、彼が敬愛してやまないニューヨークの大都会の中心にしっかり結びついていなければならなかった。ウィンフィールドはブルックリンで生まれ育った。政治家、演説家、保険の外交員、請負業者、いろいろなことやってきた。彼はさまざまな郊外の住宅地……ウィンフィールド、サニーサイド、ルリタニア、ビーチズ……を計画して成功していた。いつも「O・P・M」と呼んでいる他人の金の助けを借りて、小さな四十、五十、百、二百エーカーの平地をいくつかのブロックに分けて、街路樹、時には中央を走る帯状の芝生、コンクリートの歩道、貴重な制限区域などを魅力的に配置していた。これまでにウィンフィールドの完璧な郊外の住宅地を見に来た人は誰もがいつも、その最新の造成地の真ん中に一等地を見つけた。これは社長のケニヨン・C・ウィンフィールド氏が建設して住むことになる豪邸用に確保されたものだった。言うまでもないが、そんなものは建設されなかった。ウィンフィールドは世界中を回って多くのものや場所を見てきたわけだが、ウィンフィールド、サニーサイド、ルリタニア、ビーチズは、彼が残りの人生を過ごしたい世界一の場所として彼によって熟慮の末に最終的に選ばれたことが、現地で土地の購入者に伝えられた。
ユージンが会った時、ウィンフィールドはグレーヴゼンド湾の岸辺にミネッタ・ウォーターを計画していた。これはこれまでの彼のすべての計画の中で最も野心的だった。彼は十、二十、三十エーカーといった土地から三百から四百パーセントの利益を得ていたので、小さな仕事で彼が成功するのを見てきたブルックリンの政治家や資本家の一定数に、投資として関心を持たれていた。しかし彼の優れた才能にもかかわらず、これは時間のかかる仕事だった。今や三十万から四十万ドルの資産があり、生まれて初めて、資金繰りの問題から解放されたと感じ始めていた。これは、自分はほとんど何でもできると彼に思わせた。彼はあらゆる種類の人たち、弁護士、銀行家、医者、商人などの彼の言う「手っ取り早い連中」、投資できるちょっとしたお金を持つ全員に会って、金になりそうな人たちを何百人も自分の計画に誘い込むことに成功した。しかし彼の壮大な夢は一度も実現したことがなかった。もし実現すれば数百万ドルの儲けになる巨大な倉庫と輸送システムをジャマイカ湾に建設する構想を持ち、どこかに何かの豪華なサマーリゾートも作りたかったが、まだ頭でははっきりした形になっていなかった。広告は新聞を介してふんだんにばらまかれ、彼の看板というか彼の町についての看板がロングアイランド中に広まるようにばらまかれた。
ユージンは〈サマーフィールド広告〉で働いていたときに初めて彼に会った。今回はヘムステッドにほど近いロングアイランドの北海岸にあるW・W・ウィルブランド邸でまったく新しい対面を果たした。別の家のパーティーで出会い一緒にダンスをしたことがあるウィレブランド夫人に誘われて、ある土曜日の午後、そこへ出かけた。ウィレブランド夫人はユージンの陽気で活発な態度が気に入って、いらっしゃらないと尋ねた。ウィンフィールドはゲストとして自動車でここに来ていた。
「これは、これは」ウィンフィールドは上機嫌で言った。「あなたのことはよく覚えていますよ。今は〈ユナイテッド・マガジンズ社〉にいるんですよね……確か……誰かがそんな話をしてくれました……とても景気がいい会社ですね。私はコルファックス社長をよく存じ上げています。一度サマーフィールドにあなたの話をしましたよ。驚異の人で、ものすごく有能だってね。あなたは砂糖農園のあのシリーズの広告をやっていたんだか、やらせていたんですよね。お気づきだったかもしれないが、私はルリタニアの広告であの精神を真似したつもりですよ。しかしあれから大した出世をしたものですね。私は一度サマーフィールドに、あなたという特別な人がいることを話そうとしたんですが、彼はそのことをまったく取り合おうとしなかった。とんでもないエゴイストですからね。彼は対等な立場で人と向き合う方法を知らないんだ」
ユージンはサマーフィールドのことを考えて微笑んだ。
「有能な人ですよ」簡潔に言った。「私のためにたくさんのことをしてくれました」
ウィンフィールドはこういうのが好きだった。てっきりユージンは彼を悪く言うと思っていた。ユージンの温厚な態度と、知的で表情豊かな顔が気に入った。次に大きな開発計画の広告を出したくなったとき、ユージンか、砂糖農園シリーズの絵を手がけた人のところに行って、広告のいいアイデアを考えてもらおう、と思いついた。
親近感とは実に変わったものである。意志や意識とは関係なく、簡単に人を引き寄せてしまう。ユージンとウィンフィールドは少ししてからベランダに並んで座り、目の前に広がる緑の森と、白い帆が点在する長く広々とした海峡と、ぼんやり遠くに見えるコネチカット州の海岸を眺めながら、不動産事業全般と、どんな土地に価値があるのか、この種の投機は普通はどういう結末を迎えるのか、について話していた。ウィンフィールドはユージンに惹かれるものを感じたので、真剣に向き合いたかった。ユージンはウィンフィールドの青白い顔、細くてシミ一つない手、柔らかな灰色の布のスーツを観察した。世間の評判通り、有能そうに見えた……現にその姿はこれまでに見えたどの姿よりも良く見えた。ユージンはルリタニアとビーチズを見たことがあった。どちらも地域の価値が上がったという印象をあまりユージンに与えなかったが、それでもそこはすてきだった。中流階級にはぴったりのところだとユージンは思った。
「新しい分譲地を計画するのは、あなたにとって楽しいことなのでしょうね」ユージンは一度彼に言った。「未開の土地が街や家、あるいは村に変わるかと思うと、私にはすごく魅力的ですね。整地して、特定の位置に合うように家々の見取り図をかくという発想が、私の性格にぴったり合うんですよ。建築家に生まれたかったと時々思うことがあります」
「そいつはいいな。そうだったらそれこそ理想的だったのに」ウィンフィールドは答えた。「問題なのは何よりも資金繰りです。土地代と造成費は調達しないとなりませんからね。特別な造成をするとなるとお金がかかります。何にしてもすべての仕事が終わるまで、お金の大半が戻ることだって、実は期待できません。そのときは待つしかないんです。家を建てても、それを貸せないんです。何しろ貸した瞬間に新築として売れなくなるんですから。造成したら、たちまち税金まで跳ね上がるんです。男性であれ女性であれ、計画の趣旨に正確に合致しない相手に一か所でも土地を売ろうものなら、その人が近隣全体の価値を台無しにする家を建てるかもしれません。契約じゃあまり厳密にデザインの詳細まで決められませんからね。家にかかる費用の最低価格と使用される資材の性質しか明記できないんです。美意識なんて人によって大きく変わりますからね。地域の好みも変わるかもしれません。あなたが東で建設を計画しているときに、ニューヨークのような都市全体が突然西に建てたいと決定を下すかもしれない。だがら……まあ、こういうことがすべて考慮されねばならないわけです」
「なるほど道理ですね」ユージンは言った。「しかし、ふさわしい計画がふさわしい方法で発表されたら、ふさわしい人たちを自然に引き寄せるのではありませんか? あなたは自分の考えで条件を決めないのですか?」
「あなたは決めるでしょうね」ウィンフィールドはあっさり答えた。「あなたなら問題に十分注意して気をつければ、できるのかもしれません。残念なのは、あなたは時としてすばらしすぎるんです。私は完璧を目指す試みが無に帰すのを見たことがあります。センスがよく、保守的で、お金のある人たちは、普通、新興住宅地や郊外に移り住むことはありません。あなたが相手にするのは、にわか成金と投資の初心者ですよ。ほとんどの人は、生活環境を改善するために自分の財産を限界までつぎ込みます。そして彼らはいつもわかっていないんです。お金があるからといって、あなたの努力の結果がわかるほどのセンスがあるとは限らないし、センスがあるからといってお金があるわけではない。それができるのならもっとうまくやるんでしょうけど、それができない連中なんです。私の立場の人間は、芸術家であり、教師であり、聴罪の司祭であり、投資家であり、すべてをひとまとめにしたようなものなんです。大規模な不動産開発業者を始めるのなら、こうでなければいけないんです。私だって成功もすれば大失敗もしました。ウィンフィールドは大失敗の一例です。未だに悩みの種ですよ」
「私は常々、海辺のリゾート地か郊外で設計をしたいと思ってました」ユージンは夢を語るように言った。「海外のリゾート地には一、二か所しか行ったことがありませんが、国内のリゾート地は……特にニューヨーク近郊のは……どれも本物じゃありませんね。とても好条件に恵まれているのに、出来上がったものはひどい。計画性が全くなく、どこも細部が全然なってない」
「同感です」ウィンフィールドは言った。「私も長年そう考えていました。そういう場所なら建設できるし、作り方さえしっかりしてたら成功すると思います。でも、お金がかかるでしょう、莫大な金がね。それに、資金を投入する者はお金が入るのをひたすら待つことになります」
「でも、本当に価値のあることをする絶好の機会になるでしょうね」ユージンは言った。「どうすればああいう美しいものを作れるのか、誰もわかってはいないらしい」
ウィンフィールドは何も言わなかった。しかしその考えは彼の心に残って離れなかった。もし実現すれば、この手のもので世界で最も理想的な場所……自分の記念碑……になる海辺の開発を夢見ていた。ユージンが美についてこういう考え方を持っているのであれば、彼は協力してくれるかもしれない。少なくともその時が来たら、この件を彼に話してもいいかもしれない。ひょっとしたら、ユージンは投資に回せるお金を少しくらい持っているかもしれない。こういう計画をやるとなると何百万ドルもかかるが、小さなひとりひとりがみんなで支えてくれるだろう。その上、ユージンなら彼自身もウィンフィールドも両方が儲かるアイデアを持っているかもしれない。考える価値はあった。こうして二人は別れた。数週間も数か月も再会することはなかった。しかし両者は互いに相手を忘れなかった。