新たな居場所 黒狼会
水迅断は帝都に存在する組織の中では、そこそこの規模を誇っている。そしてその勢力圏は西部に集中していた。
城壁内に存在するとある屋敷にて。そこでは水迅断のボス、ヒアデスとある貴族が会合をしていた。
「チェスカール様。この度はありがとうございました」
「ふふ。小うるさい騎士を少しの間黙らせただけだ。だがヒアデス。あまり派手な事をされては、私でも庇いきれんぞ?」
「ええ。十分気を付けますとも」
こうした裏組織は、それこそ幻魔歴から存在している。人が多く集まるところでは、闇に巣くう者たちは必然的に固まるのだ。
ましてや帝都ゼルダスタッドは、今や大陸最大規模の大都市でもある。長い歴史と多くの人口を擁した帝都に住む貴族たちの中には、こうした組織と持ちつ持たれつの関係を築いている者もいた。
中には裏組織の台頭を許さない者もいる。だが組織と貴族の繋がりは根深く、また大金が動く。一つ突つけば何が出てくるかも分からないのだ。
体制側と繋がりがあり、金の巡りもある組織は、それだけで並の貴族以上の力を有する。
「お礼に、チェスカール様がかねてよりお求めだったものをご用意いたします」
「ほう……?」
「実は近く、フェルグレット聖王国民の奴隷を仕入れる予定があるのです」
「なに……!?」
フェルグレット聖王国。数年前、ゼルダンシア帝国に併合された国になる。この併合を最後に、ゼルダンシア帝国は目立った侵攻を行っていなかった。
そしてフェルグレット聖王国民には、ある特徴がある。それは王国民の多くが、銀髪金眼をしているという点だ。
ゼルダンシア帝国はこれまで多くの国を併合してきたため、様々な民族が入り乱れる国となっている。だが長く鎖国を続けていた、フェルグレット聖王国民の様な髪色金眼を持つ民族はいなかった。
「よく手に入れたな……! あそこの民を奴隷として本国に持ち込むには、相当な制限があったはずだぞ!」
「ええ、もちろん真っ当な手段ではありません。金も時間もかかりましたし、チェスカール様が仮に手に入れても、他人に見られては大ごとでしょう。もし迷惑でしたら……」
「迷惑なものか! そんなもの、帝都に来た者を雇ってやったとでも言えば問題ない! 要するに見かけ上、奴隷に見えなければいいのだからな!」
ヒアデスは心の中で笑った。この貴族のことだ、手に入れたら多くの貴族に自慢するため、見せびらかすだろう。そこから水迅断にコンタクトを取ってくる貴族も出てくるはず。
アンダーグラウンドに所属する身としては、体制側との繋がりはあって困るものではないのだ。
現在、帝都には二つの巨大裏組織が存在している。そして多くの中規模組織が、そのどちらかの派閥に属している。水迅断もそうした中規模組織の一つだった。
だがヒアデスは、いつまでも中規模組織の一つに甘んじているつもりはない。チェスカールとの繋がりを皮切りに、さらに大きく飛躍する。そう考えていた。
「奴隷は何人連れてくる予定なのだ?」
「5人です。男が2人、女が3人になります」
「おお……! 一人はありがたく貰っておく。残りの4人も私が買い取ってやろう」
やはりのってきたとヒアデスはほくそ笑む。しかしその心とは裏腹に、声色は重い。
「全員ですか……。できればこれを機に、他の貴族様の覚えを良くしたいと考えていたのですが……」
「ええい! そんなもの、私がいくらでも紹介してやる! 金も惜しまん! いいから全員私に売るのだ!」
「……はい」
奴隷は国によっては禁止されているが、帝国では労働力として認められている。そして今日まで急速に帝国が発展してきた要因の一つでもある。
昔に比べると法も整備されており、その扱いはいくらかマシにはなっている。しかしヒエラルキーの最下位に存在する事には変わりなかった。
ヒアデスはチェスカールを玄関まで見送ると、屋敷内の一室に向かう。そこには水迅断の幹部たちが集まっていた。
「ボス。チェスカール様の対応、お疲れさまでしたな」
「まったくだ。だが貴族はあれくらいの奴が扱いやすい。……では定例会を始めようか」
水迅断の幹部たちが一同に集い、会議を始める。内容は城壁内から外の事まで様々だ。
「しかしダグド殿。よくフェルグレット聖王国から奴隷を確保できましたな」
「がはは! ボスにはかなり金を出してもらいましたがな!」
「確かに金はかかった。だがあの国の奴隷が得られるのなら、どんな労力をかけても釣りがくる。何しろこの帝都に、初めて聖王国の奴隷を連れてきたという実績が得られるんだからな……!」
「やれやれ。奴隷商を抱えているダグドが羨ましいよ」
ヒアデスが帝都に存在する裏組織の中で頭一つ抜けようと考えるのと同じ様に、水迅断幹部たちの中でも権力争いは存在する。今一番の注目株はダグドであったが、中にはそれを面白く思わない者もいた。
「だがダグド。お前のところが手を組んでいた、青鋼とかいう組織が潰されたそうじゃねぇか」
「ほう……そうなのか、ダグド?」
ヒアデスの問いかけに、ダグドは落ち着いた声で答える。
「ああ、その事ですか。あれは元々城壁外西部のほとんどを、水迅断に取り組むための策略だったんでさぁ」
ダグドは自分を蹴落とそうとした者に、獰猛な笑みを浮かべる。
「あの辺りは昔から青鋼の他に灼牙という組織が顔を利かせていましてね。邪魔だったんで、両方ともうちが吸収するつもりだったんですよ」
「では初めからそのつもりで青鋼と手を組んでいたと……?」
「もちろんだ。いきなり事を構えたら角が立つからな。奪うための大義名分を作る下準備を進めていたのさ」
実際ダグドの考えは想像以上に上手く進んだ。灼牙のボスを青鋼が殺し、報復を受けた青鋼もボスを失った。
つまり両組織は今、ボス不在の状況が続いている。後継が決まる前に自分が乗り込んでしまえば、それで後は片が付く。
「だが最後の詰めを誤りたくないんでなぁ。ボス、武闘派の者を何人か回してくれませんか」
「良いだろう。選り抜きの者を貸してやる。上手くやれよ」
「へい!」
聖王国の奴隷確保に、新たな支配地区の獲得。これで水迅断におけるダグドの地位は固まったと言えるだろう。会議室には悔しがる者、歓迎する者様々な反応があった。
■
俺たちは食事を済ませると、元青鋼の拠点へと向かう。道すがら5人には改めて俺の考えを話していた。
「つまり帝都に巣くう裏組織のトップに立とうという訳ね!」
「ヒュウ! 面白そうじゃねぇか!」
「俺たちはこれまで身に付けてきた力を振るえ、ローガの夢も継ぐことができる……か」
5人は俺の方針に概ね賛同している様子だった。まぁ今さら帝都から遠く離れた辺境まで移動し、他国の軍と命のやり取りをしなくてもいいだろう。
ここにはローガも眠っているし、俺たちはかつてのゼルダンシア王国に対し、少なからず恩もある。
「俺たちらしさを失わない生き方ができそうだろ? だが魔法を使う時は気を付けてくれ」
「そうじゃの。魔法を使う時はこの間と同じ。見た者は必ず殺す。それでいけばええじゃろ」
現状、俺たちの力を公にするにはリスクが高い。正確には、そのリスクを計れるものが存在していない。
大幻霊石の無い鉄の時代で、唯一魔法を使う者。その影響がどういう形で現れるのか、全く読めないのだ。
何よりここでは、俺たちの身分を保証できる者もいない。正直、裏組織の者以外とは事を構えられない。
そうこうしている内に、俺たちは目的地に到着した。
「しばらくはここを拠点にしよう。しかし血の跡も残っていないとは」
「へい。ボスたちの死体を含め、綺麗に片付けましたので……」
俺たちはレッドとログを交え、簡単な話し合いを進める。
「さて。今日から俺がこの組織のボスとなる訳だが……」
「はいはいはーい!」
「なんだ、フィン」
フィンがいつもより大きな声で手を上げる。
「組織の名前はどうするのー?」
「その事か。実はもう考えてある」
名前がなくちゃそもそも格好がつかないし、他組織に印象を与えることもできないからな。これはもう既に決めていた。
「黒狼会。これでいく」
「黒狼会……」
「ふぉっふぉ。良いじゃないかの」
「私も考えていたんだけどなー。でもかっこいいから良し!」
どこまでも黒い漆黒の狼の牙が、このアンダーグラウンドの世界を食らい尽くす。
本来であれば群狼武風と名付けたかったが、この名は今の時代にも通っているからな。改めて広めなくても良いだろう。
「黒狼会の方針は単純だ。一般人に迷惑をかけない。裏切らない。そして歯向かう組織は徹底的に潰す」
最後の言葉に僅かに殺気を混ぜる。レッドとログは緊張からか唾を飲み込んだ。ガードンもこの方針には賛同の意を示す。
「分かりやすくて良いな。しかしこれからどうする?」
「最初の仕事はレッドとログに頼みたい。黒狼会の立ち上げを大々的に宣伝してきて欲しいんだ」
特に元々青鋼と灼牙が面倒を見ていた人や店には注力する様に言っておく。
「そして彼らが望むのなら、これからは黒狼会が面倒を見る様に伝えろ。だが決して強制はするなよ」
「へい。ですがそうなると、中には庇護下に入るのを拒否する奴らも出てくると思いますが……」
「それならそれで良い。しばらくは灼牙と青鋼が残していった金があるからな。資金繰りが厳しくなるにしても、しばらく先だろう」
何せ両組織共に大きく人員を減らしているからな。面倒な事にならなければ、しばらく金に困ることはないはずだ。
「あと庇護下に入らなかったからといって、余計なちょっかいは出すな。それは黒狼会の方針とは真逆の姿勢だ。それに困っている様ならそれとなく助けてやれ」
「へ、へい……」
効率的に組織を運営するのであれば、この方針は悪手だろう。だがここばかりは譲れない。
外道の俺たちにも貫きたい矜持がある。それさえ失ってしまえば、ただの悪逆非道に成り下がる。ローガにはそんな姿、見せられないからな。
「兄貴。水迅断はどうするんだ?」
「潰すさ。そこは敵対する事が確定しているからな」
何でもないようにさらっと話す。レッドとログは再びゴクリと唾を飲み込んだ。
「ですが……水迅断は俺たちよりも大きな組織です。どうやって潰すのです?」
「んなもん、暴力でやるに決まってんだろ。どんなに権力を持っていようが、金があろうが。最後にものいうのは圧倒的な力なんだよ」
我ながらなんという暴論だ。アックスやじいさんなんて笑っているし、ロイですら苦笑している。もちろん世の中力が全てではないし、立つステージが変われば権力や金の方が強い。
しかしアンダーグラウンドに所属する組織に、金や権力といったルールは不要だ。少なくとも今の黒狼会の規模で考える事じゃない。
「だが力を振るうにも、大義名分が必要だ。それがなくては、この界隈で唯一無二の裏組織なんて作れないだろう」
「大義名分ですか……」
「そうだ。そしてそれは直ぐに手に入る」
そう。それもとても簡単に。さすがにアックスたちは気づいている様子だった。フィンが俺の言葉を繋ぐ。
「先に手を出させるんだよね?」
「そうだ。遠からず水迅断はこちらに乗り込んでくるんだろ? お前たちの役目は、それまでにこの地区は黒狼会が取り仕切っていると明確にさせておくことだ」
そのために大々的な宣伝をしろと言った。既にこの地区は俺たちが支配しており、灼牙も青鋼の残党もそれに従っているという事実が必要なのだ。
「で、この地区が水迅断に荒らされた時。報復に乗り出す。どうだ、シンプルだろ?」
「へい……。しかし奴らは規模だけでなく、腕利きもそろえています。本当に……」
「ロぉ~グ。お前、俺たちに命を預けたんだろぉ? もう後戻りはできねぇんだ、グダグダ言わずにドンと構えてろ。お前とレッドは黒狼会の古参になるんだからよ」
ログにはこれくらいの自信を見せておいた方がいいだろう。
実際戦いが始まれば、どうなるかは分からない。だが負けるつもりはないし、黒狼会を立ち上げた初戦で死ぬつもりもない。
ご覧いただきまして誠にありがとうございます。
よろしければ完結作の「皇国の無能力者」、現在も連載中の「黄昏の箱舟」もご覧いただけましたら幸いです。
明日もお昼くらいの更新を予定しておりますので、引き続きよろしくお願いいたします。




