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17話 討伐対象:サメもどき

◆◆◆◆◆


「王国が誇る『冒険者組合 本部』にようこそ。ご用件をうけたまわります」


 受付嬢はお決まりの台詞を吐いて、得意の笑みを顔に貼り付けた。


 冒険者組合(ハンターズ・ギルド)は国が取り仕切る専門機関の一つで、適切な人材を冒険者として育て、王国の民を守る事を目的に設立された機関。平たく言えば職業斡旋所(あっせんじょ)である。

 組合は依頼者の依頼をさばき、手数料を取る。大抵、法外の金が動く。また手数料を取る。

 この職場に就いた職員は安泰だ。十年はモンスターの被害と金に困る心配はしなくてもいい。

 しかし欠点が一つだけあった。


 ――また来た。冒険者組合本部に、ゴテゴテとした水中装備とマントを身にまとった一人の男が駆け込んできた。

 受付嬢はロビーをバタバタ歩くその汚らわしい男を睨みつけた。

 組合本部で働けるというのは光栄だが、唯一の欠点はこの冒険者だ。

 冒険者たちは我が物顔で敷地内を歩き回り、希少な鉱物で作られた高級な床材を汚していく。なんだかよくわからない液体にまみれた鎧でソファにどっかり腰掛ける。

 そのふるまいにはうんざりで、快適な職場環境を乱すモンスターとして自分が討伐依頼を出したいくらいだった。

 今日はその中でも特に酷い。あの磯臭さで、この清々しい早朝の空気はぶち壊しだ。


 受付嬢は先程までうっとりと眺めていた鮮やかな赤いネイルで机をコツコツと叩き、それから眉をぎゅっとひそめた。

 あろうことか件の男がこちら目掛けてやってきているのだ。


「はぁっ……はぁっ……おい」

「……」


 受付嬢は取り合わない。受付台にはこう書かれている。

 "御用の方はベルを"

 チン、と小気味の良い音が鳴ったのを確認し、[渋々ながら]すかさず受付嬢は口を開いた。


「はい。ご用件をうけたまわります」


 すまして答えると、男は湿り気のある肘をドン、と受付台について話を切り出した。


「俺は第一偵察隊隊長だ。組合に調査報告がある」

「えっ――あなたが? あの?」


 パッと滑った口を抑え、受付嬢は何事もなかったかのように素早く男を値踏みしていく。

 偵察隊は冒険者組合と同じく国が取り仕切る専門機関で、位の高い職である。それも第一部隊、さらにさらに隊長ともなると、相当な身分であるのは間違いない。

 男の湿ったマントがずれ落ちあらわになった装備は確かに上等なもので、その左肩には所属を示す天秤と翼の紋章が見えた。

 本物だ。


「ンンッーー調査報告ですね、ええ、どうぞ! 是非お願いします」

「場所は罔象の死海付近の村だ」

「あの海付近の村ですか。村の名称は?」

「シャーロット村だ。その村で俺は"希少種"を確認した」

「っ!?」


 "希少種"

 ざわっ、と建物内が揺れる。冒険者たちが一斉にこちらに目を向けた、だがそんなことなど男は気にも止めていない。ただ鬼気迫った表情をしている。


「元々は海を調査する予定だった。村にはただついでに寄っただけなんだ」


 その様子に気圧され、受付嬢はゴクリと息を呑んだ。


「一体、シャーロット村に何が居たというんですか」

「確証はない、だがあれは……サメもどきだったと思う」

「は?」


 聞き返すと、今度は先程までの鬼気迫る表情が嘘のように、男は急に肩をすぼめて言った。


「姿の視認はできなかったが恐らくそうだ。報告は以上、討伐依頼を出してくれ」


 受付嬢はこの人を小馬鹿にしたような話を整理しようとした。

 間違いなく馬鹿にされている。


「サメもどきの討伐依頼ですって? 冗談でしょ」

「違う、あれはただのサメもどきじゃない、内包する魔力の質があまりに異様なんだ! 環境変化で生まれたか突然変異か、とにかく希少種(レアモンスター)でヤバいのは間違いない。それに村人が人質に取られている様子だった」

「あー……なるほど」


 妄言。

 このふざけた男は絶対に偵察隊じゃない。ましてや隊長格なわけがない。荒唐無稽すぎる。

 これはよくできた詐欺か何かの手法だろう。巷で噂の討伐報酬詐欺とか何とかそういうやつ。


 受付嬢は出入り口を指差して、冷ややかに言った。


「お帰り下さい」

「何だと?」

「そんな妄想にいちいち依頼なんて出していられませんよ。あちらの依頼掲示板は見えます? 依頼でもう、ぎゅうぎゅう詰めなんですよ。人手だって不足しています。さあ御理解いただけたならお次の方に……」

「信じてくれ、本当なんだ」

「と言われましても。お次の方――」


 その時進み出てきたのはブロンズからシルバークラスに昇格したばかりの新人コンビ二人だった。


「――その話、本当かもしれない。私たちも以前見たの」


 刀剣をぶらさげていた隣の男の方はまるで興味なさげにアホ面を晒していたが、あの弓と槍を二本持った少女は少しばかり聡明そうで、しかも恐らく貴族筋の人間。

 厄介だ。


「私たちが浅瀬で遭遇した時、サメもどきが巨大化を使っていたわ」


 少女は自称・隊長の前で大きさを表現しようと手を広げ、その行動が幼いと気付いたのか途中で止めた。照れ隠しに隣の男を殴っていた。


「なにっ、能力を?」

「そういや水魔法も使っていたぜ」

「属性魔法まで……魔法や能力を扱うサメもどきの前列はこれまでに存在しない。やはり、希少種か。――それで、あのサメもどきに"固有魔法"はないよな?」


「待ってください、わかりました!」


 この場をとりあえず収める為に、大きく頷いた。注目が集まりすぎていたのだ。

 仕方なしに受付嬢は机の引き出しを開け、依頼用紙を一枚引き出した。


「わかりましたから。では、討伐依頼を出せばいいんですね……」


 仮にも偵察隊と冒険者の言うことを受付嬢が信じないという訳にもいかない。それにもし万が一、話が本当であれば組合の信用問題にまで発展してしまう。

 まあそれはないだろうけれど。何故ってサメもどきだから。

 むしろ本当に希少種であったなら、ヤバい存在だったならどれだけ助かるだろう。

 受付嬢は泣く泣く筆を走らせた。


「こんなショボいの貼って減給で済めば儲けものよ……ああ神様。お願いします、こんな依頼がさっさと消えてくれますように……!」


 そうこうして依頼板の隅に小さな討伐依頼が張り出された。



《■討伐対象:サメもどき》

《■報酬金額:銅貨10枚》

《■出没場所:罔象の死海》



◆◆◆◆◆

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