ヌムカという少年
その日は目が覚めると雨が降っていた。
頭上に張った雨よけの布地がパタパタと雨粒を弾いている。
ヌムカは肌寒さを感じ昨日の内に集めておいた枯れ草と細目の焚き木を燻る火の中へ投げ込んだ。
枯れ草に火が付き炎があがる。様子を見ながら焚き木を追加していくとようやく炎が安定し始めた。
水筒の水を金属製のカップに移しその中に乾燥させた野草を入れ火の側に置いた。特製のお茶だ、体が温まる。
お茶が沸くのを待つ間荷物から飯盒を取り出して雨の下に置いておく。水は貯められる時に貯めておけば憂いが無い。
程無くしてお茶が沸いた。布を当ててカップを火から取り出し、少し冷ます。慌てて口をつけると大変な目に合う。
カップが冷めるのを待つ間ヌムカは周りの音に耳を澄ませた。
雨が周囲の草木を打つ音、焚き火が爆ぜる音、自分が呼吸をする音。周りは音で溢れているのに、何処かシンと静まり返っていて、自分だけが違う処に取り残されたようだった。
ヌムカが街を出たのはもう十日も前の事だった。その時はまだこの旅の事を他人の事のように楽観していた。
思ったような道のりでない事は早々に思い知った。急に心細さに襲われ、疲労が目に見えて現れ出した。一歩一歩がとにかく重く、自分の足ではないようだった。
ヌムカは街ではずっと一人で生きていると思っていた。物を盗む事もあったし、人を傷付ける事もたまにはあった。町の外れで一人夜を過ごす事などしょっちゅうであったし、平気だと思っていた。
ある時衛兵に捕まりそうになり抵抗した拍子に殺してしまった。ほとんど事故のようなものだったが、街にはいられなくなった。
慌てて荷物を抱え旅に出たのが始まりだった。
自然とヌムカの足は一本の道へ向いた。巡礼の道だ。
この道は大人の足でさえ歩き通すのは至難だと言われる。
大昔人間が火の山を見つけた時と同じ経験をする為の道とされていて途中には宿場も何も無く、情報の遣り取りに早馬が時折駆けるだけである。
だからこそヌムカはこの道を歩き通せば、追われる心配も無く新しい生活が出来ると思ったのだ。