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『The times to shine!!』

「なに言ってんだお前」


 隣で、ひかりちゃんが怪訝な顔でアメを見ている。

 きっと、僕も同じ顔をしているのだと思う。顔が強張って仕方ない。


「まぁ、困惑するのも無理はない」


 幼女の容姿で、アメは偉そうに頷いた。


「だがな、二人とも。世の中とは、どうしようもなく残酷なのだ。浮世とは、いつの時代も人間に厳しい」


 僕らの反応を待たず、幾分か沈んだ声が続ける。


「なぁ、ひかりん。あの夏の事件か無ければと思ったことはないか? 父親が職を失わず、両親が離婚しなかったとしたらと、一度は考えたことがあるだろう」

「おい、アメ……」


 止めようとした僕を、ひかりちゃんが黙って制止した。


「晴人、お前のことは儂が一番よく分かってる。お前にとって、きっと今が最も充実した時代だろうよ。頼りになる先輩も、信頼できる友もいる。アイドルとだって出会えた。大学生としてのお前が、今のお前が、一番幸せな時間なんだ」


 あのきらめく瞳が、優しく見つめてくる。


「この力は、魔力を溜めれば溜めるほど遡る時間は永くなる。そうすれば、過去をやり直すことも今を繰り返すことだって可能だ。どうだ? 夢のようだろう? ひかりんも、血の縁で連れていけるはずなんだ。二人で、お前たちだけは永遠に生きることができる。理想の、平和な人生を歩めるんだ」


 嬉しそうな笑顔が眩しい。

 こいつは、本気で僕らのことを考えてくれている。それだけは間違いない。


 僕はふと、ひかりちゃんのほうを見た。

 彼女は何も言わずに微笑み、僕たちは改めてアメを見つめた。


 そして、声を合わせて言い放った。

 

「「嫌だ」」

「……は?」


 アメは信じられないといった表情で、しばし固まった。


「な、何を馬鹿なことを! 話を聞いてたのか!」


 そして慌てて僕たちの手を取り、必死で訴えた。


「聞いてたよ。でも、僕はそんなの断る」

「私も」

「なぜだ!」


 アメは涙目で叫んだ。


「あのさ」


 その表情だけでも、気持ちが伝わってくる。

 だからこそ、僕も正面から応えないといけない。


 だって僕は、アメのパートナーなのだから。


「僕の……ひかりちゃんの未来が、どうして今より悪いものだなんて言えるんだ? 僕はさ、これからひかりちゃんは色んな賞を取るしもっと活躍の場が広がると思う。僕だって、ボランティア部のみんなと卒業しても楽しく過ごす自信がある。みんながどんな仕事をするのか、見てみたいし」


 僕の言葉に、ひかりちゃんは「たしかに!」と賛同してくれた。

 しかし、アメは激しく首を振った。


「お前は、お前たちはわかっていないのだ! 世間がどれだけ残酷か。世の中がどれだけ汚れているか。この世界が、どれだけ……」

「だとしても」


 跪き、アメの目をまっすぐ見つめた。


「そんな世界で、みんなと出会った」


 アメの言う通り、この一年は僕の人生で最も充実していた。

 何十年も経って振り返ればきっと、どんなときよりも輝いていると思う。これからの四年間も、僕はそんな学生生活を送りたい。


「お前の言う通りかもしれない。この学生時代が、僕の全盛期なのかもしれない。でもだからこそ、未来が辛いものだとしても、この思い出が背中を押してくれるんじゃないか? 輝いていた時代が、進む道を照らしてくれるんじゃないか? たとえ戻りたいと願うことがあっても、そこまで思える過去があることが幸せなんじゃないか?」


 アメは涙ぐみながら「でも、でも」と呟く。

 震える肩を、僕はそっと抱きしめた。

 いつもなら巨大過ぎてこんなこと出来ないが、今なら僕のほうが体は大きい。やっと、こいつと対等になれた気がする。


「そんな顔するなよ。一緒に、これからも生きていこう。どんな時だろうと、お前がいないと楽しくもなんともないんだからさ」


 僕はちゃんと微笑んでいただろうか。

 それとも、ふと流れてきた涙で別の顔をしていたのだろうか。

 

 どちらにせよ、気持ちは伝わったようだ。


「……お前たちの気持ちはわかった。でも、でもな晴人、お前が卒業するその日に、儂はまた同じことを問うだろう。そのとき、改めて答えを聞かせてくれ」


 僕は「あぁ」と頷いた。

 何度聞かれても、同じ答えを出す自信がある。それはひかりちゃんも一緒なようで、僕の隣で温かな笑顔を見せていた。


「さ! 二人とも、涙拭いてみんなのとこに行かないと! ちゃんと働かないと、いい席で観られないよ?」


 僕らの額をコツンと突いて、ひかりちゃんは明るく言った。

 そして準備のために一旦別れを告げ、みんなと合流した。


「あ、やっと戻ってきた」

「あはは、ごめんごめん」


 微笑むアキラちゃん。


「おかえり〜、ひかりんどうだった?」

「準備万端だったよ!」


 駆け寄るいづみちゃん。


「遅えぞー、サボんなよー」

「すまんって」


 野次を飛ばす衛。


「まさかイチャついてたんじゃないだろうな?」

「するか」


 食って掛かる信二。


「おう、戻ったな。とりあえず、手を貸してくれっていうか助けて」

「あははは、ヘルプミー」

「なにやってんの、あんたら」

「はははは」


 無駄に重たい機材を運んだはいいものの、身動きの取れなくなったムギさんとルイ。

 そして、ツッコミを入れるコメさん。


「どうよ、アメ」


 隣のパートナーを見下ろす。

 泣きあとが残る目で、黙ってみんなを見ていた。


「全員、最高だろ?」

「……否定はせん」


 僕は笑いながら、とりあえずピンチなムギさんたちの加勢に向かった。



「みんなー! 今日は私の復帰ライブに来てくれてありがとう!」


 満員の会場に全世界へのネット配信も行い、ひかりんのライブは始まった。

 集まったファンの中には、夏休みのイベントに関わったスタッフが全員招待されている。僕と信二はバイト仲間との再会を喜びながら、ドヤ顔で最前列へと並んだ。


「今日はひかりんサンタから、みんなに最高の夜をプレゼントします! 忘れられないクリスマスにしましょう!」

「「「イエーイ!」」」


 実は昔からファンだったらしいアキラちゃんの熱気に驚きつつ、僕らは声を上げた。

 ひかりちゃんの希望で使い魔の召喚も認められていて、小太郎やアリエッタ、ヨイチたちも一緒に盛り上がっていた。


「ねぇ、みんな。みんなは、今の人生楽しい?」


 明るく盛り上がる曲が何曲か終わると、照明が薄暗くなりひかりちゃんにスポットライトが当たった。


「私はね、いろいろあったよ。でもね、今が一番楽しいって胸を張って言える。毎年、毎月、毎週毎日! 最高が更新されていくんだよ!」


 ライブあるあるの勘違いだろうか。

 ひかりちゃんは僕とアメを見ている気がした。


「それは支えてくれるみんながいてくれるから。一緒に笑える仲間がいてくれるから。そんな人たちと紡いできた、今までの自分がいるからなの」


 ふと、隣に立つアメを見た。

 まっすぐな眼差しをステージに向けている。


「辛いことも苦しいこともある。だからこそ、過去の自分が背中を押してくれるんだよね。そして、昔の自分に負けないように、今を思いっきり輝かせるんだ!」


 会場から歓声と拍手が巻き起こった。

 僕も、力いっぱい手を叩いた。


「そんな気持ちを込めて、歌を作りました。私の大切な人に、みんなに届きますように。みんなの今が、未来が、最高の光でいっぱいになりますようにっ!」


 大きく息を吸い込んで、ひかりちゃんは目を閉じた。


「聴いてください。私の新曲『The times to shine!!』」


 魔法で描かれた星空とケットシーを引き連れたバンバが現れ、聞いたことのない音楽が奏でられた。

 それは、とても明るくて楽しくて、温かく輝いているように感じた。

 バンバたちがバックダンサーとして踊り始めると、会場からは笑いが起きた。同時に、みんなこの曲に身も心も掴まれてしまった。


 まるで、夢のような時間だ。


(……儂は諦めんぞ)


 ダイダラボッチの声が、頭に響いた。


 僕は今、最高の仲間と共に最高の時間を過ごしている。

 これはきっと死ぬとき、走馬灯として見る素晴らしい瞬間なのだろう。


 だからこそ、やり直したいとは思わない。

 この輝きに満ちた時間は、一回だけでいい。

 どんなに惨めな未来が待っていようとも、この思い出があれば生きていける。

 そして、これからの大学生活でこの宝物はもっと増えていくんだ。


「望むところだよ。正義の味方、ボランティア部に勝てるかな?」


 アメに伝わったどうかはわからないが、立っているだけだった幼女が急に手を振ってがむしゃらにノリ始めた。

 

 一生忘れられないクリスマスが過ぎていく。


 けれど、僕らの輝きに満ちた大学生活はこれからも続く。

 僕の青春は、まだこれからだ。

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