一年冬休み 『再臨』
寒空の世界、舞い散る雪。
鳴り響くクリスマスソング、明るいイルミネーション。
薄暗い部屋、出られない布団。
クリスマスイヴを翌日に控え、世の中は浮足立った騒がしさを増している。
だが、僕は身も心も寒い。
ぽっかりと穴が開いたような喪失感が、常に全身を包んでいる。それもこれも、アメがいないせいだ。なにも言わず、なにも示さずに消えた使い魔。
もし消滅したのなら、僕はパートナーロストになっているはずだ。でも、そこまでの症状は出ていない。それこそ、あいつがどこかに存在している証明なのだが、まったく手掛かりがない。
大学の友人はみんな心配してくれている。
衛は毎日家まで来てくれて、雑談がてらアリエッタの回復をかけてくれる。入学式のときに連絡先を交換していた信二は、母さんに連絡を取って地元にも捜索の手を広げてくれた。昨日、母さんが心配して様子を見に来てくれたときに聞いてみたけど、今のところなにも分かっていないらしい。
ルイは自分のせいではないかと珍しく落ち込んでいた。でも、「お前が暗い顔していたらもっと気持ちが沈む」と伝えると、空元気ながらいつもの調子に戻ってくれた。ムギさんやコメさんが車を出してくれて、みんなでドライブに行ったりもした。アキラちゃんといづみちゃんは常に体調を気にかけてくれ、信二が嫉妬するくらいには優遇してくれている。
でも、笑えない。
穴は埋まらないし、心の芯から冷える寒さが消えることはない。
この布団の温もりが、せめてもの救いだ。抜け出す気持ちを奪い、ひとつになりたいとさえ思わせる。この罪深い魔力を感じられるのだから、僕はまだ人としての理性を失ってはいないのだろう。
先延ばしにしていた尿意がそれなりに重たくなってきた。
そろそろ観念するときが来たようだ。
そう思いつつも、最後の抵抗のつもりで寝返りを打った。
むにゅっ。
なんだ? 布団ではありえない感触が手に伝わる。
柔らかく、しっとりしている。温かく、まるで人の肌だ。いや、人だ。
……え? 人?
目を開き、手元を見た。
「うわあああ!」
そこにいたのは、吸い込まれそうな深い黒髪を伸ばした一人の少女。
そしてなにより、裸だった。
「え、あ、え?」
言葉が続かない。
なんでこんな少女がいるのか心当たりがない。
昨日、どこかで会ったか? いや、昨日はムギさんの家で遊んでそのまま帰ってきたはずだ。酒なんて飲んでいないから、記憶ははっきりしている。少なくとも、布団に入ったときにはこの子はいなかったはずだ。
ということは、寝ている間に忍び込んだことになる。なぜ、どうやって?
部屋を見回しても、窓は割られておらず、玄関の扉もこじ開けられたような形跡はない。
この少女は、どこからなんのためにやってきたんだ?
「う……ん」
パニックになっていると、少女がか細い声を出しながら体を起こした。
あくびをし、目を擦りつつも全裸の状態を恥じらう素振りを見せない。
「き、きみ! い、色々聞きたいことはあるけど、とりあえず隠して!」
目元を隠しながら、慌てて毛布を差し出した。
「ふはははは。童貞丸出しの反応だな、晴人よ」
少女は澄んだ声で笑った。
見た目の可憐さに不釣り合いな、ジジくさい口調。そして何故か、僕の名前を知っている。
「なんだ、ちょっと姿が変わっただけで、ピンとも来んか。儂とお前との絆はそんなもんか」
見つめる少女の瞳が、すべてを語っている気がした。
長いまつ毛の大きな目。その中にキラキラと光る、星のような弾けた雨のような蒼白い光の粒。見覚えがある。信じられないが、そうとしか思えない。
彼女の正体は、僕のよく知っている奴。ずっと探していた、あいつだ。
「アメ……なのか?」
思わず声が震えた。
「うむ。やっと気づいたか」
満足気に少女は笑う。
全く違う姿をしているのに、その笑顔はアメと瓜二つに思えた。
「喜べ晴人よ! お前は歴代の主の中で最も弱いが、誰も到達出来なかった境地に達したのだ!」
「とりあえず服着ろ!」
心が温まる。
気力が湧いて、世界に色が戻っていく。怒鳴りながら声が震えて、涙が止まらなくなった。
「バカヤロウ……」
まるで別人のようなアメが、小さな手で頭を撫でた。
代わりのない、特別な安心感が全身を包んでくれた。




