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一年後期 『友人』

「そう……そうなのですね」


 そのうち、女神フレイヤは自分の胸と語らうように頷いた。


「いいでしょう。愚かな子らよ、この勇者に感謝しなさい。その命、奪わずにいてあげましょう」


 第二の連中は泣いて喜び、僕に何度もお礼を言った。


「ありがばなもだがさうぉは」

「たすけでぃながぎらぼばろ」

「じゃながろろうぉばばばば」

「しかし、罰がないわけではありません。その罪の重さ、味わいなさい」


 全員白目を剥き、泡を吹いて倒れた。

 見た目はどう考えてもヤバかったが、女神の言葉を信じるなら命に別状はないのだろう。


「さぁ、もう大丈夫。深呼吸して、体を動かしなさい」


 空気が変わり、周囲に輝きが満ちていった。

 淀んだものが消え去り、花畑のような心地よささえある。

 穏やかに笑う女神は、光そのものを見ているかのようだった。


 お墨付きをもらったみんなは、解放された喜びで背伸びをし、深呼吸をして、僕を殴った。


「この馬鹿! 危ねえことしやがって!」

「絶対終わったと思ったわ!」

「心配したんだからね!」

「怖かったよぉ」

「俺も一発」


 みんなに混ざって、マイケルさんも保護者的ゲンコツを振り下ろした。


「いたたたた! ご、ごめんって!」

「ふふふっ」


 そんな僕らの様子を見て、フレイヤが笑った。


「本当に仲が良いんですね。ずっと見ていたいですが……時間がありません」


 慈愛に満ちた微笑みが、悲しげに曇る。


「貴方たちには、説明しなくてはなりません。この子……ルイのことを」


 再び、僕らから会話が止んだ。

 でも、今度は恐怖からではなく真剣に言葉を聞くためだ。


「この子は知っての通り、私との契約で、両目に魅了の力を宿しています。そして、力の行使には代償が必要なのです」


 ルイの体に貼り付いていた女性が、一人剥がれ落ちた。


「この子は力を使う度に、寿命を削っているのです」

「え?」


 思わず声が出た。


「先ほど、この子は力を制御し、対象の選別と効果の調整を行いました。それだけでひどく体力を消耗し、寿命も二年ほど縮んでいます」


 誰も声を出せない。

 女神フレイヤは静かに続けた。


「そして、先日。わずかな時間でしたが、全開の力が解放された。あれだけで、さらに五年の命が削られたのです」


 女神フレイヤが、あの女子部員に怒りを抱いていた理由がわかった。

 こんなリスクを知っていれば、誰だって怒る。それが、自分を愛すると言った相手ならなおさらだ。


「そして、この子はそれを恐れていない。自分の犠牲で人が救えるなら良しと考え、私に早く会えるとさえ思っている……あのときの約束が、この子を狂わせてしまった」


 女性がまた、二人離れた。


「私はこの子に諦めてほしかった。人の子として、人の世で幸せを感じてほしかった。ですが、この子は最期に私と会うために生きている。これだけの力を与えても、心変わりはしなかった」

「そりゃあ、そうですよ」


 悲しげに語る女神に、口を挟まずにはいられなかった。


 そんな悲しい顔で、貴女がルイを語ってはいけない。


「それがルイです。こいつは、どんな結末でも貴女が用意したものなら受け入れるでしょう。僕の使い魔は神ではないけど、なんとなく気持ちはわかります。自分の人生に、命に、使い魔は不可欠なんですよ」


 アメの視線を感じる。

 体は見えないが、どこかでこの言葉を聞いているのだ。


「だから、信じてやってください。ルイは貴女のためならなんでもする。けれど、悲しませるようなことはしないはずです」


 僕が言い終わると、女神フレイヤは喜びを滲ませて笑った。


「そう……ですね。よかった、この子に貴方みたいな友人ができて」

「おっと、晴人だけじゃないですよ!」


 振り返ると、みんなが胸を張って立っていた。


「今まで勘違いしてたけど、女神様の言葉で認識が変わりました!」

「そんな漢なら話は別です。ブラザーだ」

「まぁ、女の敵ではなさそうですし」

「いい人だったんですねぇ」


 みんなの笑顔から、女神への気遣いが感じられた。

 神相手に恐れ多いことかもしれないが、それが人間でそれが僕たちだと思う。


 離れて立つマイケルさんがちょっと気まずそうだけど、スルーしてもらおう。


「ありがとう。皆さんといっしょなら安心できます。そろそろ時間です。こうして私が現れることは、二度とないでしょう」

「え、そうなの?」


 信二が驚いた。


「えぇ。今回は様々な条件が揃いましたので。私が現れている間のことを、この子は知りません。だから、どうか伝えてください」


 女性たちがバタバタと剥がれ落ち、顔がルイの面影を取り戻していく。


「私も楽しみにしていますよ、と」


 その声は、なによりも愛と優しさに満ちていた。

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