一年後期 『悲鳴』
僕らはマイケルさんが用意してくれたワゴン車の中にいる。少し離れた場所に停めてもらい、バーの前に集まる第二テニス部の連中を観察していた。
「いやぁ~まぁ。っていうか、さらに巻き込んじゃってすいません」
「気にしないでいいさ。ひかりんが本格復帰するまで、少し暇なんだ」
僕はあのあとマイケルさんに連絡を取り、このワゴン車を手配してもらった。
そして、音声による連絡を可能にするマイケルさんの使い魔、ヘンゼルを借りたいとお願いした。最初は「なんで?」と笑っていたマイケルさんだったが、理由を話すと正義感が燃えたらしく、快く協力してくれた。
「スマホじゃバレるだろうし、ヘンゼルなら体にくっついていればいい。それで音は拾えるから、中の様子がわかるはずだ。外すなよ?」
ヘンゼルの一匹をルイの体に付けたとき「テントウムシのブローチみたいだね!」とキザなことを言ったけど、無視した。
「……結構、人数いるんだな」
店の前には、続々とメンバーが集まっている。
パッと見で二十人ほどがたむろしていて、男女比は七対三くらいだ。
「あ!」
信二が声を上げた。
「田原先輩、元木さん、川田さん……」
視線の先には、三人の女性がそれぞれ男と腕を組んでいた。
きっと、元第一テニス部の部員なのだろう。そして、田中と呼ばれたポニーテールの女性が、山田さんの想い人だったのだ。
ショックを受ける信二の肩に手を置き、無言で頷き合った。
「ところで、あの男はどこでなにしてるの?」
アキラちゃんがイライラして言った。
「大学で解散したあと、一旦寮に戻って先に行ってるはずだがな……外にはいないようだな」
「トイレかなぁ?」
あの部長たちの近くにもいないようだし、僕らへの連絡もなかった。
なぜが僕の胸に、嫌な予感が膨らんだ。
「おい、ルイ。今どこにいる?」
手元のヘンゼルに話しかけ、ルイの応答を待った。
「……や……め……たす……け」
「だ……め……つみ……なう……」
聞こえた音声は、途切れ途切れでノイズがひどかった。
「ん? おかしいな。ヘンゼルになにかあったわけではないんだが」
マイケルさんが首をかしげる。
「バタンッ! ガチャン! ドン! バリンッ!」
ヘンゼルから、激しい物音が鳴った。
「ぎゃあああああああああああああああああああ!」
「ぐおえええええええええええええええええええ!」
「がああああああああああああああああああああ!」
次の瞬間、喉を捩じったような悲鳴がこだました。
声の主は成人男性のようで、しかも何人かいるようだ。
「な、おい! ルイ! 大丈夫か? なにがあった!」
必死で叫んだが、応答はない。
悲鳴は変わらず続いている。
「ちょっと待ってろ。彼に付けたヘンゼルがどこにいるか探る」
マイケルさんは意識を集中させた。
「ど、どうですか?」
「……おい、どういうことだ?」
マイケルさんの額には、冷汗が流れていた。
ゆっくりと指さした先には、第二の連中がヘラヘラと笑っている。そして、その先には会場となるバーの看板のネオンが光っていた。
「彼、もうあの中にいるぞ」
車内の誰もが、意味がわからないといった顔をしている。
「え、は?」
「どういうこと?」
先ほど聞こえた悲鳴は止み、嫌な空気が流れていた。
まるで、パートナー・ロストを目撃したあのときのようだ。
きっと、みんなの頭の中にも同じ考えが浮かんでいるのだろう。全員、沈んだ顔で何も言わなかった。
「……みんな揃った? 今日のバーは、ライブハウスにも使えるとこだから、思いっきり叫んでもいいぜー!」
ヘンゼルから、桜庭の声が聞こえた。
外を見ると、聞こえる歓声に合わせてメンバーが手を上げているのが見えた。
「え、なんで?」
「どうやら、彼に付いてたヘンゼルが外に出たようだな。もちろん、俺はそんなこと命令してないぞ。一体、なにがどうなってるんだ」
マイケルさんも状況がわからず、低く唸った。
「ていうかあいつ、いつの間に中に入ったんだよ。さっきの悲鳴もなんだよ、怖えよ!」
信二が頭を掻きながら嘆いた。
僕らは、ルイに聞いた集合時間の三十分ほど前から監視をしている。少なくともその間に、ルイは現れなかったはずだ。
「っていうか、まだ主役の一年来てないんだわ。ま、でもそのうち連絡あると思うし、気にせず始めとこう!」
「急な階段降りるからさ、女の子は手を繋いでね? だれか、ぼくと繋いでくれる人ぉ!」
今田と谷口の声が聞こえた。
どうやら、ルイはサークルに断って中に入ったのではないらしい。ますます謎が深まったが、なぜか僕の頭の中は冷静だった。
「……衛、いつでも身体強化で飛び出せるようにしといてくれ。アキラちゃんはヨイチの砂状化を。信二は壱式で突っ込んで、いづみちゃんは万が一のときマイモでカバーできるようにしといて」
「お、おう」
「わかった」
「りょ、了解」
「おっけーだよ」
僕はみんなに指示を出した。
自分でも、驚くほど淡々と言葉が出てきた。まるで、心の底で事態を理解しているように。
「アメ」
呟くと同時に、車外に相棒の出現を感じた。
「例の砂浜、使えるか?」
(問題ない。少しばかり風が強いが、気にはならんだろう)
「そうか。万が一だけど、あそこにいる全員をいつでも飛ばせるように構えといてくれ。それと、フォトンボールをいくつか寄こせ。万が一のとき、ルイの呪いに対処する」
(ほう。なんだ、使い魔使いが荒いな)
「黙れ」
低く、静かな声が出た。
窓の外に目をやったまま、アメがいるであろう方向は決して見なかった。
なぜだろう。静かなイライラが胸の中でざわついてる。
そしてルイでも誰でもなく、その感情はアメに矛先が向いた。
(……了解した、主よ)
アメは意外にすんなりと従い、他のみんなは僕の様子に驚きつつ何も言わなかった。
「はい、それじゃあ中に入ろう!」
手元に十個のフォトンボールが現れたとき、今田の明るい声が聞こえた。
同時に、周囲のテンションの高い雑談も大きくなった。
「うわああああああ!」
「きゃあ!」
しかし、いかにも楽しそうだった声は悲鳴へと変わった。
今田を先頭に、店内へ続く階段を降りようとした一行の前に、三人の男が現れた。階段を上ってきた男たちは、従業員らしい服装をしていた。
だが、目は血走り顔は青ざめ、ガタガタと震えながら泡を吹いている。
まるでゾンビのようにふらつきながら、今田・谷口・桜庭にもたれかかるように倒れた。




