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一年後期 『新たな仲間』

あの騒動から一週間が経ち、学生の間でも話題は授業やゲームの話に移り、あえて触れることはなくなった。

 全裸になったムギさんと信二は数日周りの目を気にしていたが、江田さん曰く誰も見ていないはずだという。なんでも、トラブルの際には大学の防衛魔法が自動的に働き、状況に応じて様々な効果を生むらしい。露出に対しては、視覚に対してモザイク処理が行われるので、大勢に見られた心配はないそうだ。


「そういえば、窓割ったりした奴はその場で動けなくなってたな……ん? じゃあ、なんで俺と晴人はあんなもの見る羽目に?」

 

 話を聞いた衛が、納得いかない顔をしていた。


「き、きっと、本城くんは直接体に触れたからでしょう。ほ、捕縛する人の状況把握とあ、安全確保のために、視覚処理は体に触れるとか、解除されるんです。た、高若くんは、ダイダラボッチの転移を使った直後だったんでしょう? モザイク処理が転移の速度に追いつかなかったんだと思います」

「……ってことは」

「……俺は、なにもしなければよかったのか」


 ガクッと崩れ落ちた衛の背中を、僕は優しく撫でてやった。


 みんながなにかしらの傷を負ったため、騒動はボランティア部の中ではタブーな話題となった。

 誰も触れないのはもちろん、全員が忘れようと努めている。


「あっははは! おはよう晴人! 今日は立派な曇天だね!」


 だが、こいつの顔を見ると嫌でも思い出すことになる。


 ルイは吊るされたその日のうちに、ボランティア部に入部した。

 一応「なにかあったときに、魅了を抑えられるのが僕だけ」という理由があるが、それだけはない。

 みんな事情を聞かないまま亀甲縛りにしたことを悪く思っていた。改めてみんなで謝罪したときにルイから出たお願いが、入部だったのだ。


「みんな、仲良くて楽しそうだからさ。羨ましくて。ボクはフレイヤ様の愛を知っているけど、その愛が偉大過ぎて、今まで友達らしい友達もいなかったんだ。だから、さ。お願いできるかな?」


 僕を含め、全員この時点で了承するつもりだった。

 しかし、その言葉には続きがあった。


「あ! 自分で言うのもなんだけど、今回の賠償金を全部払えるくらいにはお金持ちだよ! 部活でなにか入用だったら、なんでも言ってよ。うーん、そうだな……例えば、母が向こうじゃ有名な魔女の家系だから、高いマジックアイテムも手に入れられる。あ、父は宝石商をしてるから、もしレディたちがプレゼントに欲しいならリクエストしておくれ!」


 イケメンで金持ちというベタベタな設定。

 本当に実在するのかと若干引いた。


「気持ちは有難いけど、それは両親がすごいだけでしょ? 入部するのはきみなんだから、関係ないよ。大丈夫、断らないから」


 笑顔で答えるコメさんは、僕には十分女神のように見えた。

 その言葉に感動したのは全員だったようで、ムギさんは自分が言ったわけでもないのに、自慢げなドヤ顔をしていた。


「おぉ……なんて寛大な心、温かな優しさ……も、もしかして貴女はフレイヤ様では!」

「違う!」

「おふぅ!」


 抱きつこうとルイだったが、コメさんに重い前蹴りで迎撃され悶絶した。

 


 それからというもの、ルイはなにかと僕と行動を共に……というか、気づいたら付きまとってくるようになっていた。


「ええい、曇りでテンション上げるな! おはよう!」

「あははは! 挨拶って気持ちがいいねぇ。そうは思わないかい?」

「顔が近い! 離れろ!」


 特になにをしてくるわけでもないが、いつも妙に高いテンションで絡んでくる。

 やたらとボディタッチも多いし、朝からこれだと正直疲れてしまう。


「ひゅーひゅー、熱いねお二人さん」

「式には呼べよな!」


 信二と衛が、自転車置き場から茶化す声をかけてきた。

 うるせぇ、ぶっ飛ばすぞ。


「知ってる? 今文学部の女子の中で、二人カップリングされてるんだよ」


 後ろにいたアキラちゃんが、衝撃の事実を伝えてきた。


「は? なにそれ困る。っていうか純粋に嫌だ!」

「あ、わたしも知ってる~。文芸部の友達が、今度同人誌書くって」

「やめて! やめさせて!」


 いづみちゃんがさらなる衝撃を放ってきた。


「あははは。光栄じゃないか」

「どこがだ!」


 嘆く僕と、なぜか誇らしげなルイ。

 その様子を見て、自転車を置いた凸凹コンビの「ぎゃはははは!」というムカつく笑いが響いた。


「いづみちゃん、完成したらおれたちにも見せるように頼んでおいて!」

「なんなら作業手伝う」


 クラゲの量が増した例の海に転移してやろうかと画策していると、アキラちゃんが二人を鼻で笑った。


「言っとくけど、あんたたちもハートで囲まれてるからね? まも×しん」

「マジかよ! 知ってた衛?」

「俺に近づくなあああ!」


 今度は二人が嘆く番だ。

 ざまあみろ。


「おい、お前らうるさいぞ。真のカップルがお通りだ」

 

 ぎゃーぎゃー騒ぐ僕たちの前に、フォークスを頭に乗せ自慢げに胸を張るムギさんとビデオカメラを構えたコメさんが現れた。


「うぜぇ! なんだこの人!」

「昨日も一緒に再履修したくせに!」


 信二と衛がそろって声を上げた。

 例の女子が見たら妄想が捗りそうだ。


「って、コメさん。なに撮ってるんですか?」


 レンズが僕とルイに向いているのに気づき、声をかけた。


「ん? ひかりちゃんに送ろうと思って。どうせなら高画質がいいでしょ?」

「そ、それだけはやめてー!」


 必死でカメラを奪おうとしたが、面白がった男三人に妨害された。

 その過程で起きた「ポッキーゲーム!」の悪ふざけに応じようとしたルイには、強めのパンチをお見舞いした。


「さて、みんなを呼んだのは他でもない。ちょっと相談事が舞い込みそうなんだよ」


 一限のない僕らは、揃って部室へ向かった。

 それぞれ椅子に座ったり壁にもたれかかったりしているのだが、ルイはぴったり僕のとなりにいる。


「それってどんな?」

「このあと依頼人がくるよ。ま、そんなに警戒するなって」


 ムギさんは軽く言ったが、どうしても僕らの頭には金髪豚野郎をパートナーロストにした、あのストーカー事件がよぎってしまう。


「ねぇねぇ、その相談ってボクもしていいのかな?」


 どことなく重たくなった空気を払うかのように、ルイが手を上げた。


「ん? なんかあるのか?」

「実は、ボクの眼鏡を見つけてほしいんだ」

「いや、かけてるやなかーい!」


 ムギさんが大げさにツッコんだが、盛大にスベった。


「……続けて」

「ボクの眼鏡には、レンズに特殊な加護が施してあってね。それで女神の魅了を抑えてるんだ。でも、魅了自体がとても強いからさ。普段使ってるやつは、加えて純度の高い水晶で作られてるんだけど」

「なくしたのか」


 衛の言葉に、ルイは首を振った。


「ううん。盗られたんだ。だからあんなことが起きたし、フレイヤ様もお怒りになったんだよ」


 そういえば、ルイは「こんなことが引き起こされて」と言っていた。

 まさか人為的な事件だったなんて。


「誰に盗られたんだ?」


 信二がいつになく真剣な顔をしている。

 きっと、真犯人に怒りが燃え出したのだろう。小太郎がドコツカで寝てなければ、印術の準備を始めそうだ。


「それがわからないんだ。購買でパンを見てたら、急に眼鏡がふわふわ浮き始めてね。びっくりして顔を上げちゃって、気づいたら」

「周りと目が合っちゃったってわけね。なるほど」


 アキラちゃんが頷く。


「そうなんだ。使い魔の仕業かとも思ったんだけど、探す隙も暇もなくてね」

「うーむ。もちろん探してやるけど、その眼鏡じゃダメなのか?」


 ムギさんがルイを指さした。


「これは予備の眼鏡だから、魅了の魔力にレンズがあんまり耐えられないんだ。数に限りもあるし。あ、ほら」


 みんなが注目する中、ルイの眼鏡にひびが入った。

 そして、わずかに漏れ出た桃色の魔力が漂い、信二に当たって消えた。


「ルイ! おれ! お前のことがっ!」


 愛の言葉を口にしながら、おもむろに服を脱ぐ信二。


「押さえろ! 服脱がすな!」

「晴人くんはルイくんの目! いづみちゃん、マイモで信二くん包んで! ルイくん、早く新しい眼鏡かけなさい、あはははじゃない!」


 部室は一気に騒がしさを増し、ここだけ騒動の続きが始まった。


「……なんだこの状況」


 扉の前で茫然とする依頼人に気づいたのは、信二が正気に戻ったあとだった。

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