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一年後期 『吊るされた男(亀甲縛り)

「……というわけでして」


 昨日の出来事を話した僕は、足にそれなりの痺れを感じつつ、態度には出さないように我慢していた。


「血祭じゃー!」

「ロン毛狩りじゃー!」

「んばばばば!」


 なぜなら、悪魔の顔でルイを吊るし、謎の踊りで周囲を回るムギさんと信二、衛には絶対に気づかれたくないからだ。

 執拗に突いてくるに違いない。


「……詳しいことはわかった。とりあえず、晴人くんは解放しようか」


 コメさんの言葉にほっとしながらも、どうやって足を崩すか考えた。


「だめだ! こいつも吊るしてやるぅ!」

「そうだそうだ!」


 しかし、ムギさんと信二がプラスチックのバットを向けて抗議した。


「なんでですか! 僕はなにもしてないでしょう?」

「だって……だってぇ!」


 二人は涙を浮かべると、両手で顔を隠した。


「あんなことして、もうお婿にいけないっ!」

「あんなとこ晒して、もう構内歩けないっ!」

「あんなもん、間近で見たくなかったわっ!」


 後ろにいた衛もいっしょになって抱き合い、心の傷を舐め合った。

 衛も衛で、全裸で暴れる二人を捕まえるのにずいぶん苦労したらしい。


「だからってなんで僕が」

「うるせぇ! 一人だけ混乱避けてるとかズルいんだよ! 逆恨みじゃい!」


 開き直った怒声を上げて、ムギさんが鼻をすすった。

 ……コメさんたちのことがバレたんじゃなくてよかった。


「あははは。みんな仲がいいんだね」


 亀甲縛りで天井に浮かぶルイが揺れながら、呑気に笑った。

 己のピンチがわかってないのか、こいつ。


「なに笑ってんだてめぇ」

「状況わかってねぇのか、コラぁ」


 ムギさんと信二が睨みつけ、衛も指をバキバキと鳴らした。


「やめなさいって。たしかにこの人が原因だけど、一方的に悪いわけじゃなさそうだし。ほとんど事故ってことでしょ? だから落ち着け、ステイ!」


 コメさんがピシャリと制した。

 三人は飼い主に怒られた犬のように唸っているが、ひとまずこれ以上危害を加えることはないだろう。


「でも、なんであんた普通に登校してんの? 昨日、大学側と話したんでしょ? 停学とかじゃないの?」


 アキラちゃんの声からは、不服そうな気持ちが読み取れる。


「それは一概には言えないよ。大学って、よく魔法の失敗が起きるからさ。うちはまだ少ないほうだけど、学生の錯乱ぐらいだったらよく起きるよ。まぁ、規模の大小はあるけどね。そのための制度もあるから、ケースバイケースだね」


 コメさんがアキラちゃんの疑問に答えた。


「昨日のことは、申し訳なく思っているよ。本当にごめんなさい。もちろん、お咎めなしじゃないさ」

「ただいまー! 朝のトイレは使い魔用も混んでるな!」


 部室のドアが少しだけ開き、小太郎とその上に乗ったフォークスが入ってきた。


「そういえば、小太郎たちは昨日なにしてたんだ?」

「おれたちずっと図書館で寝てたんだ。だから、信二たちがそんな笑えることになってるなんて知らなかったんだよ。ま、江田さんとか女の子にたくさんモフモフしてもらってたから、いいんだけどな!」


 小太郎はぶんぶんと尻尾を振って答えた。


「……ムギさん、信二」

「どうやら本当の粛清対象はこっちだったようだ」

「この……人がどんだけ……」


 自分の使い魔に裏切られた二人は、今にも血の涙を流しそうな勢いだ。


「あ、そうだ! これ見てくれよ! 学生課のところに、ご自由にお取りくださいって置いてたんだ!」


 ふてぶてしいまま動かないフォークスが、見慣れない紙を咥えていた。

 コメさんが近づくと、嘴だけ動かして渡した。


「先日の騒動について……」


 みんなが聞き耳を立てた。


「『先日、複数の学生による暴走事件が発生しました。大学の対応としましては、被害に遭った学生の支援を行っていきます……また、今回の原因は、構内にサキュバスとインキュバスが侵入したことにより発生しました』……は?」

「「「は?」」」


 ルイ以外の全員でハモった。

 もちろん僕も。


「なにがお咎めなしだコラ。ガッツリ隠蔽してんじゃねぇか!」

「あははは、そうだね。まぁ、ボクの話を聞いてよ」


 ルイは吊られたまま話し始めた。


「さっき晴人が話してくれた通り、本当の原因はボクだ。でもね、公にできない理由があるんだよ。それが、ボクの愛しい女神フレイヤだ」


 めちゃくちゃかっこ悪い状態なのに、ルイは自慢気にフッと笑った。


「そのへん、あんまり信じてなかったけどマジなのか?」

 

 一変して真面目なトーンのムギさんが口を開いた。


「それは、僕が保証します。ヨイチの証言もあるし、なによりアメが神と言いました。正体が女神フレイヤかどうかは断言できませんが、神と呼ばれる力があるのはたしかです」


 僕の言葉に、アキラちゃんの後ろに控えていたヨイチが「うんうん」と頷いた。


「みんなにもあの姿を見せてあげられたら、信じてもらえると思うけど。まぁ、とにかくボクの目は彼女の目でもあるんだ。だからね、今回の件を知っているんだよ。まぁ、具体的なことはわからないだろうけど、ボクが本当に困ったことは伝わってるはずだ」


 出会ってまだ二日目だが、ルイは初めて悲しげな表情を見せた。


「フレイヤ様はね、とても怒ってる。こんなことが引き起こされて、とてもとてもご立腹さ。それこそ、対応を誤れば取り返しのつかないことになるほどに」

「そ、それってどんな?」


 信二が恐る恐る聞いた。


「少なくとも、街中が昨日みたいになるのは確実かな。昨日、ボクの目を調べた学長がそう言ってたよ」

「マジかよ」

(マジだな)

 

 窓の外にいるアメの、ため息交じりな声がした。


(そうなれば、儂の力でもどうにもできん。こいつはふざけちゃいるが、目は危険な代物だ)

「あははは。今、ちょっと馬鹿にされたかい?」


 アメに向ける顔は、楽し気な笑顔に戻っていた。


「だからね、ボクのことは隠すことになったのさ。だけど、もちろんペナルティはあるよ。被害者の治療費や設備の修理代は、ボクが負担する。なにもないのは、ボク自身が許せなかったからね」


 せっかく真剣な顔なのに、亀甲縛りのせいで全然かっこよく見えない。


「ふんっ、なんだよ。そういうことなら仕方ねぇ」

「許してやってもいいんだからね!」


 ムギさんと信二がそろって言ったが、女神の怒りに触れるのが怖くなったのはバレバレだ。


「じゃ、じゃあ、もう下ろしてあげよ? 見ててかわいそうだよぉ~」


 いづみちゃんが耐えきれなくなったように、恥じらいのあるかわいらしい声を上げた。


「よし。じゃあ、衛はそっちを」

「あ、眼鏡が」


 やっと下ろしてもらえるときが来たのに、ルイの眼鏡が外れ落下した。

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