一年後期 『アデュー、友よ』
まずは男子寮に向かい、道中数人に魅了の回避を行いつつ、無事に予備の眼鏡を回収。
僕らは急いで大学へ戻った。
構内では、すでに暴れていた人たちは正気を取り戻し、職員に保護されていた。
コメさんたちから『とりあえず無事。明日朝一で話があるから』とのメッセージが入り、衛から『二人は引き渡した。明日、苦労話を聞いてくれ』というメッセージが入った。明日は朝から気が重いが、みんなが無事で本当によかった。
割れた窓ガラスや荒らされた花壇など、小さいながらも爪痕が残っていた。だがそれも、駆け付けた業者によって早々に修復が進んでいる。
「さすが大学だね。魔法の暴走が多発するから、対処のシステムができてると聞いていたけど、ここまで迅速とは」
ルイが感嘆の声を上げた。
「他人事みたいに言うな」
「あはは、まぁそうだよね……なぁ、晴人くん。運命の人ではなかったかもしれないが、きみはボクの顔を見て正気を保った初めての人だ! それだけは、ゆるぎない事実だ」
今まで気取った喋り方だったのに、ルイは急に震える声で僕の手を握った。
「ろくに通えなかった大学生活だけど……きみに出会えて本当に良かった。それだけで、ボクのキャンパスライフは輝きを得たよ。ありがとう、そしてさようなら」
分厚いレンズの向こうで、一筋の涙が零れる。
魅了は効いていないはずなのに、なぜか目を離すことができなかった。
「おい、ルイ!」
「こんな騒ぎになったんだ。責任は取らなくちゃね。アデュー、友よ。どこかであったら、いっしょにブランチにでも行こう!」
最後に気取って別れを告げて。
黒崎ルイは、僕の前から去って行った。
そして、騒動の翌日。
午前九時半、ボランティア部の部室。
黒崎ルイは縛り上げられ、吊るされ僕は正座をしている。
「あははは、おはよう晴人! 大学通っててもいいって!」
一限目に出席するため、北口の門をくぐった僕を満面の笑みのルイが待ち構えていた。
「はぁ? マジかよ、なんで?」
さすがに驚きの声を我慢できなかった。
というか、あんなかっこつけた別れ方をしたのに、ルイは恥ずかしくないのだろうか。
「うん! まぁ、さすがにお咎めなしではないけどね。詳しくはここでは言えないけど、きみになら全部教えちゃうよ!」
嫌にベタベタしてくるので、フォトンボールで距離を取った。
(まぁ、よかったなロン毛)
アメの声が頭に響く。
そういえば、会ったときから妙にルイに優しい気がする。
「発見、いけ」
「晴人殿、御免!」
背後から聞き覚えのある声が聞こえたかと思うと、ヨイチが無理やり羽交い絞めにしてきた。
「いたたたた! え、なに?」
「申し訳ないでござるが一限はサボっていっしょに来ていただきたい。まぁ、その、面子を見れば要件はわかるかと」
気まずそうなヨイチは、僕の体を動かし、背後で控える人物を見せてくれた。
すでにワンドを取り出しているコメさん。
腕を組んで冷たすぎる目をしているアキラちゃん。
頬を膨らませて、かわいいけど明らかに怒っているいづみちゃん。
きっと、例の話だろう。
「あ、なるほど。はい、行きます。アメ、なにもするなよ? 絶対いらんことするなよ?」
(……サー・イエッサー)
血の気が引いていき、頭の中から従う以外のコマンドが消え失せた。
「なんだいなんだい? こんな美女たちと四角関係なのかい? さすがマイベストフレンド! モテモテだな!」
そんな中空気を一切読まず、ルイがわき腹を小突いてきた。
「……だれ? 悪いけど、この人に用があるならあとにしてくれる?」
アキラちゃんは、ルイに有無を言わせぬ迫力で言った。
となりで見てて本気で怖かった。
「……あぁ! なるほど、昨日の騒動の件だね!」
だが、恐怖と言う感情がないのかルイは手を叩いて笑った。
「それなら、ボクに責任があるよ。ボクのせいであんなことになったんだ」
「……は?」
馬鹿かこいつは!
あまりの恐怖で叫べなかったが、心の中では盛大に怒鳴り上げた。
ヨイチが耳元で「お嬢抑えてぇ」と泣きそうな声で呟いた。
「なに、どういうこと?」
「あなたがなにしたんですか?」
コメさんといづみちゃんも、ルイの言葉に反応して近づいてきた。
「ボクがすべての原因なんだよ。彼は決して悪くない! むしろ、あの騒動を止めた立役者……いや、英雄なのだよ! 嗚呼、ボクの魅了が暴走したせいで、辛い思いをしたんだね? ごめんよ、美しいマドモアゼルたち。そうだ、どうせサボるならこの近くにいいカフェがあるあへぇ!」
普段使い魔のヨイチを悶絶させる一撃を、アキラちゃんはルイの腹部に放った。
それは見るからに強力で、ルイは体をくの字に曲げて動けなくなった。
「アキラちゃん、いづみちゃん。こいつボラ部の部室に運んじゃって。私、ムギたち呼ぶから」
「おっけーです」
「わかりました!」
「晴人くんは……自分で歩けるよね?」
なんだかんだ、コメさんの一切笑ってない目が一番怖かった。
「はい、自分で行きます行かせていただきます!」
こうして、駆け付けた鬼の形相のムギさんたちにルイは吊るされ、僕は正座で事の顛末を説明している。




