一年後期 『愛の産物』
「ボクは十五歳までノルウェーにいたんだ。母がノルウェー人だから。使い魔の契約も、向こうでやったんだけど、そのとき運命の出会いをしたんだよ。なんと、儀式の様子をフレイヤ様が見ていたのさ」
べつに聞いたわけではなかったのだけど、唖然とする僕を見て、ルイは当時の様子を嬉々として語った。
「森の奥にある、とてもきれいな泉のほとりでやってたんだ。そしたら、泉の中から本当に美しい女性が現れたんだよ。なぜかボクにしか見えなかったんだけどね。そして、その女性にボクは言ったんだ。結婚してくださいって」
自分の言葉にうっとりして、ルイは頬を赤らめた。
(貴様、女神に求婚したのか?)
アメは驚きつつも、愉快そうな笑顔をしている。
その反応が嬉しいのか、ルイも笑顔を返した。
「そうさ。そしたら、彼女はこう言ったんだ。『私は女神フレイヤ。純粋で不遜で可憐で愚かな童よ。我が身を求める貴方は、なにを捧げる?』ボクはこう答えた。『すべてさ!』とね!」
全身に鳥肌が立つ。
嘘か真か、神を自称する存在にすべてを捧げると言ったのか、こいつは。
ルイはさらに続ける。
「フレイヤ様、面白そうに笑ってね。召喚中だった魔法陣に、自分の右目をえぐって投げ入れてくれたんだよ! 使い魔としての契約をフレイヤ様が乗っ取ったんだ。だから、ボクの使い魔はこの目で、つまりフレイヤ様ってわけさ! ははは、すごいでしょう? 希少種って言われるけど、個人的には他の使い魔といっしょにしてほしくないんだけどねぇ」
嬉しそうに自慢してくるが、価値観についていけない。
「そして、フレイヤ様はこう言ったんだ。『なら、貴方を試しましょう。貴方の目は私の目となった。この目を見た者は皆、貴方の虜となる。貴方のためなら、喜んで純潔も命も捧げるでしょう。私と婚姻を結ぶというのなら、その誘惑に耐えてみせなさい』ボクは聞いた『いつまで?』と」
波の音が嫌に大きく聞こえた。
「美しき女神は答えた『貴方の命が尽きるまでに、私が姿を変えて会いに行きます。他の者に心を動かさず、そのときまで耐えていれば、貴方のすべてをもらってあげましょう』ってね。だから、ボクの目が効かないきみが運命の人。つまり、フレイヤ様が姿を変えて会いに来てくれたんだと思ったんだけど」
ルイが上目遣いでこっちを見てくる。
視線で「当たってるでしょう?」と言っている。
「違うわ! お前の目が効かないのはアメのおかげだし、だいたい使い魔がいる時点で女神様ではないだろ」
その期待を、全力で否定した。
「い、言われてみれば!」
僕の言葉に、ルイはガクッと膝から崩れ落ちた。
「それよりも! 原因なのはわかったけど、あの騒ぎはどうしたらいいんだ? お前の虜になった人間は元に戻せるのか? っていうか元に戻せ!」
ルイはフラフラと起き上がり、涙を拭いた。
「大丈夫。僕と交わらない限り、一定時間で正気に戻るよ。そうだな、みんな一瞬しか見つめ合ってないから、一〇分くらいかな?」
一瞬でも一〇分かよ。
改めて、こいつの能力にゾッとした。
「あとは、ある程度距離離れると、その時点で効果はなくなるけど。ここはどこなんだい?」
とっておきのプライベートビーチだからか、アメは大学との距離しか教えなかった。
「うん、それなら騒ぎは収まっていると思うよ」
「よかった……なら、さっさと戻るぞ」
ルイの言葉に、正直心からほっとした。
「あ、いや待って待って!」
「うおっ!」
アメの転移を始めようとした僕の腰に、いきなりルイがしがみついた。
「離せ! なんとなくお前にそのへん触られたくない!」
「眼鏡がないとダメなんだ! 僕の力を抑えられる特殊なレンズなんだけど、どこかに行っちゃったんだ!」
「そんな大事なもん、なくすな!」
引き剥がそうと抵抗したが全然離れない。
意外に力が強いなこいつ。
「寮の部屋に予備があるから! 取りに行かせてお願い!」
「いいからとりあえず離せ! おい! どこに手ぇ入れてんだ!」
(なにやっとんじゃ、お前ら。おい、晴人。フォトンボールを出せ)
なんとかルイを蹴り飛ばし、ため息をつくアメに従ってフォトンボールを発生させた。
「わぁ、きれいだね」
砂まみれのルイが呟いた。
(この辺りにいくつか配置して、二つそいつの目に埋め込んでやれ。その場しのぎだが、玉数の回数分、魅了の対象を逸らしてやれる)
「まぁ……それしかないか」
僕以外の人間の中に入れるのは、小学生のとき妹が虫歯で暴れて以来だ。
そのときは虫歯を屋根の上に転移させるだけだったから、何事もなかった。
でも、他の部位だと何が起こるか心配で、個人的に封印していたのだ。
「よろしくね」
明らかに危ないことをしようとしているのに、ルイは初めて会った僕を疑うことなく、フォトンボールを受け入れようと手を広げて待っていた。
……まったく、調子が狂う。
僕は深呼吸をして、フォトンボールの操作を行った。
二つを残し、あとは間違っても人が来ないだろう岩場の隙間に散らした。
そして、ゆっくりとルイの両目に光の玉を入れた。
「こんな方法があったなんて。ありがとう! やっぱり、きみは運命の人だよ!」
「違う!」
(ええい、暴れるな馬鹿ども! そら、帰るぞ)
頭を引っ張られるような感覚の中。
一瞬見えたアメの顔は、なぜか嬉しそうだった。




