一年後期 『同じもの』
「……とにかく、安全なところに移動すればいいんだろ? でもなぁ、その……」
ヨイチに語り掛けながら、ふとこの会話がアキラちゃんたちに聞こえているのではないかと心配になり、言葉を濁した。
「なんでござるか?」
(儂が転移させようものなら、行き先は例外なく屋外だ。人目につかんところもなくはないが、今の三人を放置するわけにはいかんだろう? お前たちが守護するにしても、このまま隠れていたほうが安全だ)
珍しく、アメがフォローしてくれた。
我が使い魔ながら、裏があるのではないかと疑ってしまった。
「そ、そうでござるか。いや、早とちりしてしまったようで……」
「いや、とりあえず三人が無事なのがわかってよかった。信二たちは……正直目も当てられないから」
あの狂った笑顔を思い出して、思わず身震いした。
(ヨイチよ。一体なにがあったのだ?)
アメの声が頭に響いた。
「先ほども申した通り、詳しいことはわかり兼ねるのでござるが。晴人殿と衛殿に先んじて、いつものメンバーで売店に向かっていたでござる。すると、なにやら騒ぎが起きておりまして。ムギ殿と信二殿が野次馬根性で様子を見に行ったんでござるが、集団に近づいた途端、あのようになってしまって」
ヨイチは大きくため息をついた。
「狂い叫ぶ様子に、思わず拙者たちが間に入ったでござる。そのおかげで、お嬢たちは最悪の状態を免れたのでござろうが、あまりの異常事態ゆえ、下手人は取り逃してしまいました」
ヨイチは悔しそうに歯を食いしばった。
「ちょっと待て! ヨイチ、お前犯人を見たのか?」
「えぇ。ですが、一瞬のことでござったし、あれは……なんというか、その」
ヨイチが言いにくそうに視線をそらした。
「……恐らくは、男子学生でしょう。彼の者は集団から逃げるように去って行きましたが、今狂い走っている者たちは、その男を探しているでござる。あの目からは、それを可能にする呪いのような力を感じたでござる」
「呪い……」
ヨイチが冗談を言っているとは思えなかったが、にわかには信じられなかった。
僕の知る呪いというものは、異常な想いと異常な工程を経て人に害を与えるものだ。
今でも呪いの実行で逮捕される事件が起きるが、そのほとんどが歪んだ愛情が原因だ。こんな不特定多数を相手にしたテロみたいな呪い、昔話でしか聞いたことがない。
(ヨイチ、お前はなんともないのか?)
「うむ。砂状化していたからか、使い魔だからかは定かではないが。ともかく、拙者らはこのままお嬢たちを守るでござる。晴人殿たちは、あの男を探してくだされ」
ヨイチが深々と頭を下げた。
「いや、この騒ぎはさすがに大学側が対処するはずだから、そのうち収まるよ。僕は衛の援護に行って、落ち着いたらここに」
「いや、晴人殿しか捕まえられぬ!」
突然、ヨイチは歌舞伎役者のように大声を出した。
「な、なんでだよ? 警察も来るだろうし、僕じゃなくても誰かが捕まえるって」
「恐らく無理でござる」
言い切るヨイチは、真剣な顔をしていた。
「肉体はござった。見た目もただの人間。晴人殿らと変わらぬ学生でしょう。しかし、あれは違う。あれだけは有り得ぬ! あのとき拙者が感じたざわめきは、重圧は、人のそれではござらんかった!」
ヨイチは窓の外に目をやった。
「あの者からは、アメ殿と同じものを感じたでござる。人の身でありながら、大妖怪ダイダラボッチと同じ威圧を放っていた!」
僕はなにも言えなかった。
ただ、窓から見えるアメの光が、ざわざわと揺らめいた。




