一年後期 『狂乱2』
「……なにしてんだ、あいつら」
「嫌なもん見た」
思わず、衛といっしょに目を逸らした。
だが、あの二人は馬鹿だけど、全裸で走る性癖持ちの変態ではないはずだ。
ざっと見ただけでも二十人ほどが、同じように叫んでいる。誰かが魔法でも暴発させたんだろうか。
「あ! 衛、コメさんたちに知らせないと!」
女性陣は、図書館の中で倉庫整理をしていたはずだが、この騒ぎに巻き込まれたら危険だ。
本人もムギさんたちも、いろんな意味で危ない。
「まずい! ムギさん、売店に行く前コメさんたちも誘うって言ってたんだ!」
「マジかよ!」
サアーっと血の気の引いた衛と共に、慌てて周囲を見回した。
「アメ、お前も探せ! 誰か見つけたら教えろ!」
(たしかに、あの逸材たちのレアな姿を拝むチャンスだな)
「こんなときに下心を出すな!」
正直、あられもない姿が頭をよぎらなかったわけではない。
でも、あの様子ではいくら裸でも、そんな気が起きるとは思えなかった。
実際、半裸で走り回る女性もいたが、狂気への恐ろしさが勝っていた。
「見つけたでござる、晴人殿!」
背後から強く肩を掴まれた。
「ヨイチ!」
肩に手を置くヨイチは、荒い呼吸で汗をかいていた。
しかし、術者であるアキラちゃんの姿はなかった。
「大丈夫か? アキラちゃんたちは無事か? 一体なにが」
「それよりも、まずはいっしょに来てくだされ! お嬢たちが危ないでござる!」
ヨイチは普段の余裕が感じられないほど狼狽し、すがるような目をしていた。
「わかった、すぐに行こう」
ムギさんたちも心配だったが、ヨイチの悲痛な表情が、事態の深刻さを物語っていた。
「こっちは任せろ。あの変態二人は俺が逮捕しておく」
衛がアリエッタの戦闘強化を受けながら言った。
「衛殿。確証はないでござるが、念のため視線は下へ。目を合わせないよう、気をつけてくだされ」
「了解。あんま下半身は見たくないがな」
紅いオーラを纏い、衛は苦笑した。
「気をつけてな」
「おう。美味しい役目を譲ってやるんだ。変な気を起こさず、ちゃんと助けろよ?」
「起こすか!」
親指を立てた衛に応え、僕らはそれぞれ屋根から飛び降りた。
「さぁ、こちらでござる!」
砂状化したヨイチの案内で、僕は混乱が増す人の中を走り抜けた。
「なぁ、なにが起こってるんだ?」
僕の問いに、ヨイチは悔しそうに首を振った。
「拙者も詳しくは。しかし、とある男が関係しているのは確かでござる。その男の目を見たために、皆あの様になってしまったでござる。お嬢たちは直接見たわけではなく、砂状化した拙者越しに見たので、辛うじて無事でござったが……こちらでござる!」
ヨイチは部室棟に入って行った。
建物には同じように避難してきている人もいたが、狂った愛の叫びがすぐそこまで迫っていた。
「アメ、周囲の警戒を頼む!」
(……目……この症状……まさか)
「アメ! どうした!」
一刻を争う状況なのに、上の空でぶつぶつと呟いているアメに一喝した。
(あ、あぁ。警戒だな。心得た)
返ってきた返事も、どこか心ここにないようだった。
気にはなるし文句も言いたいが、それよりもみんなが心配だ。
ひとまずアメを信用して、僕はヨイチに続いた。
「ここでござるよ。今中に入って、鍵を開けるでござるよ」
ヨイチの止まった場所は、ボランティア部の部室だった。
ヨイチは砂状化したまま、扉のわずかな隙間から中に入った。
すると、解錠の音がしたかと思うと、素早く僕を招き入れてくれた。
部屋の中では、奥の壁際に大きくなったマイモがドーム状になっていた。正面にレオーネが立ち、鋭い目つきで窓や扉を警戒していた。
「二人とも、もう大丈夫だよ」
僕の姿を見ると、レオーネはほっとしたように喉を鳴らし、マイモは優しいオレンジ色に光った。
「三人はマイモの下だね?」
近づくと、マイモはするすると縮まり、包み守っていたコメさん、アキラちゃん、いづみちゃんが姿を現した。
「くぅ……はぁ」
「あっ、あっ、ちょっと、ダメっ、んっ」
「み、みないでぇ……ふぅ……あんっ!」
三人は壁に寄りかかり、顔を赤らめ、体をもじもじとくねらせ、発する声は艶やかなものだった。
「な、ちょっ、ヨイチ! こ、これは……」
「発情しているでござる。こんな状態で学内にいるのは危険極まりない。晴人殿、アメ殿の力でどこか安全な場所へ転移させてくだされ」
ヨイチは深々と頭を下げた。
「いや、言いたいことはわかるけど、これ僕が見ちゃダメなやつだろ! あ、あの、えっと、ご、ごめんさい! マイモ、戻って! 三人を隠して!」
慌てて目を塞ぎ、マイモに元のサイズに戻ってもらった。
マイモで再び見えなくなる直前、コメさんとアキラちゃんが口パクで「あとで話がある」「忘れろ」と言っていた。
……怖い。