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一年後期 『狂乱』

 心地よい風、照らす太陽。

 聞こえる音楽、にぎやかな声。

 ふらつく足取り、重い本たち。


 トラブルに見舞われながらも、素晴らしい出会いを得た夏休みから二週間。


 大学の後期課程が始まり、授業の中には呪文や古文書解読など、より専門的で知的好奇心をくすぐる内容となっていた。

 さすがに信二も実践を伴う授業はまじめに取り組み、並んで再履修するムギさんの二の舞を避けようと必死だった。


 僕も初めての経験に四苦八苦しつつ、仲間たちと楽しい毎日を過ごしている。

 過ごしてはいるのだが、今はボランティア部の活動で図書館の手伝いをしている真っ最中だ。


 ボランティア部の男たちは、寄贈してもらった書物の山を運んでいて、かれこれ三十分経つ。

 平気な顔して仕事をしているのは、衛だけだった。


「あ、ありがとう、ございます。そ、そこに、お、置いてください」


 入口の前で確認作業をしていた江田さんが、運んできた僕に驚きながら指示をくれた。

 どこか近づきづらい雰囲気の江田さんだが、前期の一件以来、少し距離が縮まったような気がする。


「そ、そろそろ、休憩したら、ど、どうですか?」


 だから、こんな優しい言葉もかけてくれるのだろう。


「ありがとうございます。でも、まだ大丈夫ですよ!」


 ぶっちゃけ疲れていたが、力こぶを作って見栄を張った。


「そ、そうですか? 麦畑くんと永犬丸くんはもう、や、休んでいますよ? ほ、本城くんもさっき、売店に行きましたし。高若くんが来たら、待ってるからつ、伝えてほしいって」


 前言撤回。

 ただ気を使わせていただけだった。


 というより、何も言わずにいつの間にか休んでいた部長たちに腹が立ってきた。


「あ、ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えてぶっ!」


 せめてさわやかに去ろうとした矢先、足がもつれて盛大に転んでしまった。


「ぷっ……ふふ……くくくっ」


 江田さんはいつかのように笑いをこらえてくれた。

 しかし、僕の恥ずかしさは前よりも増していた。



(いやぁ、さっきはダサかったな。晴人よ)

「うるせぇ!」


 頭上で笑う使い魔のアメに、犬のように吠えた。


 大妖怪ダイダラボッチのアメは、黒い半透明の体の中に蒼白い光の粒を宿し、それが動いて表情を作っている。

 一見するときれいだが、馬鹿にされた僕はただ腹が立つだけだった。


(もう少し、体を鍛えたらどうだ? あそこの筋肉ダルマにでも頼んで)


 面白そうに笑うアメの指さす先に、剪定された木で懸垂をしている衛の姿があった。

 周りにはちょっとした人だかりが出来ていたが、気にも留めていない。


「……絶対に嫌だ」


 あいつがこなすメニューの、半分も消化できるとは思えない。


「キュッキュー!」

「ん? 来たか。ムギさんたちは、先に行ってるぞ」


 頭の上に乗っていた衛の使い魔であるアリエッタが、僕の接近を知らせてくれた。

 カーバンクルであるアリエッタの額に輝く紅い魔石が、日に当たってキラリと光った。


「お前、そんなに鍛えるならボディビル愛好会に入ったらどうなんだ?」


 木から降りた衛に、僕は入学初日のサークル勧誘を思い出しながら言った。


「しつこく誘われたけどな。今の俺には筋トレは趣味でいい。今本気になりたいのは、これだからな」


 そう言うと、衛は自分のカバンから出したものを渡してきた。


「ほら、やるよ。前にお前の家に行ったとき、ひとつもなかったからな」


 衛の手には、丁寧に編まれたコースターがあった。

 色とりどりの糸で作られた、花や幾何学模様など七種類のコースターは、女子からもらえば胸キュンものだっただろう。


「お、おう。まぁ、もらっとく」

「ふふん。手芸部の部長にも褒められたんだ。自信作だぞ?」


 衛はこれ見よがしにドヤ顔を向けてきた。

 出会ったころは恥ずかしがっていたくせに、今では堂々と腕前を見せつけ、作品をお裾分けしてくるようになった。


 反論したかったが、文句なしの高いクオリティになにも言えなかった。


「ん? なんだあれ?」

 

 図書館から売店がある建物までは一〇〇メートルほど離れていて、途中には博物館がある。


 その出入り口に、明らかにおかしな人だかりができていた。


 離れていても聞こえる奇声に、我先にと中に入ろうとする人たち。

 言い方は悪いが、パニック映画のゾンビのようだった。


「だれか有名人でも来てるのか?」

「ひかりんだったりしてな」


 衛がからかうと、アメも(そりゃあいい!)とノリやがった。


 たしかに、集団からは普段の大学にはない熱気があった。


 衛の言葉を鵜呑みにするつもりはないが、もしひかりちゃんがいるのなら助けなければ。

 活動自粛中のJKアイドルがこんなところにいては、問題でしかない。


「よし、ちょっと行ってみ」

「ここにはいなあぁぁぁい!」


 人だかりの中から、女性の金切り声が上がった。


 次の瞬間、博物館に群がっていた人たちが蜘蛛の子を散らしたように走り出した。


「きゃあ!」

「うわあ! な、なんだ?」


 各所から悲鳴が上がった。


 それもそうだ。

 走り出した人たちは、漏れなく服を脱ぎながらよだれを垂らし、視点の定まらない目をして奇声を上げているのだから。


「アメ!」

(お、おう。なんだこりゃ)


 僕たちはアメが持つ転移の能力で、売店の屋根の上へ避難した。


(なんじゃ。裸祭りでもあるのか、この大学は)

「んなわけないだろ」

 

 とぼけた使い魔にツッコんだ。

 

「晴人……あれ見ろ」

 

 衛がドン引きした顔で誰かを指さしていた。


「だいてえぇ! ぜんぶあげるからあぁぁ!」

「だいてぇ! だきしめてぇ! ぎんがのはてまでえぇん!」


 視線の先には、素っ裸で狂い走る信二とムギさんの姿があった。

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