夏休み 『本番6』
テレビなどで見るひかりちゃんの使い魔は、人の言葉を話し、歌でハモったり可愛らしくダンスをするだけで、戦闘力など皆無なはずだった。
「設定ですよ、そんなの。キャラ付けのために、森さんの使い魔を借りていたんです……見せてあげる。私の本当の使い魔を」
ひかりちゃんはドコツカを掲げ、力強く叫んだ。
「召喚!」
魔法陣の光が放たれると、周囲に濃い獣の臭いが充満した。
「魔獣タイプ、魔猿のバンバ! この子が私の、本当のパートナーよ!」
ひかりちゃんを守るように、白い体毛に覆われた巨大な類人猿が現れた。
その肉体は、強化された衛よりも大きく猛々しかった。真っ赤な顔は怒りに染まり、牙を剥いて吠え、胸を叩いた。
「ゴアアッ!」
「ひいぃぃ!」
岡村は腰が抜けながらも、周囲のおもちゃを集め身を守ろうとした。
「やっちゃえ、ひかりちゃん」
僕が声をかけると、ひかりちゃんは笑って頷いた。
「バンバ!」
「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
バンバの雷のような雄たけびが上がった。
そして、渾身の力が込められた拳の弾幕が、おもちゃごと岡村を殴りつけた。
「ごっ、がっ、ぼっ、べっ」
多少はダメージを軽減できているだろうが、それでも一発一発の威力は計り知れない。
岡村は抵抗する隙も与えられず、殴られ続けた。
「ゴアアッ!」
最後に大きく振り被ったバンバは、特別強力な一発をお見舞いした。
岡村の体は吹っ飛び、ゲームロゴのバルーンに激突し、跳ね返えり、巨大なモンスターの人形の口に引っかかった。
完全に伸びた岡村は、捕らえられた獲物のように動かなかった。
「っしゃあ!」
信二が思わず叫んだ。
ひかりちゃんを見ると、すがすがしさを感じる表情をしていた。
「キィ」
バンバが甘えた声と顔で、ひかりちゃんに頭を撫でてもらおうと身を低くした。
さっきとのギャップがすごい。
「これで、解決かな?」
「いや、これはこれで問題だ」
僕が腰に手を当てて呟くと、背後にマイケルさんがいた。
となりには、唖然とした森さんの姿もあった。
「ビックリしたぁ!」
「マイケルさん、それってどういう……」
そこでハッと気がついた。
いつの間にか、煙の結界が消えている。
ステージの前にはおもちゃの暴動でめちゃくちゃになった会場と、茫然とこちらを見つめるファンやお客。そして、苦笑いのボランティア部がいた。
「えっと、いつから?」
「長谷川さんが負傷したあたりから、うっすら見えてはいたんだ。だから、その、バンバのラッシュはすごかったな」
冗談を交えたイケルさんだったが、森さんに無言で足を踏まれ、顔を歪めた。
ひかりちゃんが守ってきた、使い魔の正体がバレてしまった。
バンバはものすごく頼りになるが、アイドルひかりんのイメージには合わない。これでは、今後のひかりちゃんの活動に支障が出てしまうかもしれない。
心配になったひかりちゃんを見ると、SPの人に介抱される長谷川さんの下に駆け寄った。
「いってくるね」
「あぁ。ちゃんと見てるよ」
穏やかな笑顔を交わし合う二人は、そっくりな目をしていた。
ひかりちゃんは転がったマイクを拾い、静かに口を開いた。
「みなさん、大丈夫ですか? この度は、私の問題にみなさんを巻き込んでしまって、本当にごめんなさい。のちほど詳しいことは発表しますが、まずは謝らせてください。本当にすいませんでした」
ひかりちゃんが深々と頭を下げると、森さんやマイケルさんたちも関係者として頭を下げた。
僕には、どうして彼女が謝罪をするのかわからなかった。
ひかりちゃんはただの被害者で、謝るべきはあそこでぶら下がってる男ひとりのはずだ。
乱れたステージ衣装で、大勢に頭を下げるひかりちゃんの姿は、痛々しく見えた。
「おい、晴人。信二たち連れてこっちこい」
そのとき、ヘンゼルからムギさんの声がした。
周囲を見ると、いつの間にか舞台袖にいつもの面々が集合しており、僕たちを手招きしていた。
僕は信二と共にひかりちゃんから離れ、ムギさんたちと合流した。
「みんな無事でよかったよぉ〜」
「信二くん、小太郎くん! 心配したんだからね!」
いづみちゃんとコメさんが泣きながら僕らを抱きしめ、無事を喜んだ。
「ったく、このおチビは本当に心配かけやがって」
「晴人、大丈夫か? とりあえず、アリエッタの回復受けとけ」
ムギさんと衛も囲む中、アキラちゃんだけは輪の中には入って来なかった。
「あれ? ア、アキラちゃん。もしかして怒ってる?」
信二は目も合わせてくれないアキラちゃんに、恐る恐る聞いた。
「違うでござるよ。お嬢はすごく喜んでいるでござる。なにせ、ずっと半泣きで信二殿を探していたでござるからなぁ。本当、無事に見つかってよかった痛ぁ!」
「余計な事言うな!」
砂状化から現れたヨイチは、早々にアキラちゃんからの拳骨を食らった。
見ると、アキラちゃんの目は赤くなっていて、涙を流したあとがあった。
アキラちゃんは小さく鼻をすすると、強めのデコピンを信二に放った。
「ばか」
再び目を逸らしたアキラちゃんに、信二は「ありがとう」と笑った。
「……この子、魔猿のバンバが私の本当の使い魔です。今まで騙すようなことをして、ごめんなさい……」
ステージでは、ひかりちゃんの謝罪が引き続き行われていた。
「なんで、ひかりんが謝ってるんだよ。悪くねぇじゃん」
「いや、使い魔を偽ってたのは謝らないとだろ」
「なんにせよ、今ここで言うべき? こんな惨状で、怪我人だっているんだよ?」
ボランティア部の中でも、いろいろな意見が飛び交った。
「大丈夫だよ」
そんな中、僕は誇らしい気持ちで言った。
誰よりも傷ついた少女の声を聞きながら、誰よりも強い目をした少女を見つめて。
「もう大丈夫」
なぜだろう。
ステージ上のひかりちゃんは、今までで一番輝いて見えた。
 




