夏休み 『本番5』
「大丈夫?、ひかりん? もう安心だからさ!」
「信二さん!」
二人はひかりちゃんに笑顔を向けると、目の前で固まる岡村を睨みつけた。
「よくもやってくれたな、おっさん。あんな狭いとこに閉じ込めやがって、熱中症になるかと思ったわ」
信二のとなりでは、小太郎が低い声で唸っていた。
「お、お前どうやって出てきたんだ。俺が解除しないと開かないはずなのに」
岡村はワナワナと震えて言った。
「あぁ。あれって、蓋をしたときに上と下の呪印が一つになって、効力が発揮されるんだろ? 超絶美人の友達の使い魔がさー、そういうのぶった斬れるのよ。最近活躍なかったからって、めちゃくちゃ喜んでたわ」
シンジの言葉を聞きながら、ヨイチの誇らしげな姿が目に浮かんだ。
「それとさ、この煙の結界。そろそろ効果切れるぜ? おれらのきれいで頼れる先輩が、使い魔でぐるぐる飛んで気流作ってるから。煙出してる装置は見つかり次第、ゴリマッチョたちがぶっ壊すと思うし。もう詰んでるよ、あんた」
スラスラと語り、信二はドヤ顔をしていた。
話が進むにつれて岡村は震えがひどくなり、よだれを垂らし、視点が定まらなくなっていった。
「くそくそくそくそくそぉ! もうどうなっても知らない! ひかりんが悪いんだ! お前たちが悪いんだ! 世の中が悪いんだ! なにもかもが悪いんだ! 俺は悪くないんだ! 死ね! 死ね! 死ねぇ!」
岡村はポケットからカプセルを取り出し、床へ叩きつけた。
すると、煙の中に歪な形の影が見え、僕たちの前に進み出てきた。
それは大きな怪獣の人形だった。
しかし、改造され過ぎて原型はほとんどなくなっていた。
見えるだけでも、全身から刃物が飛び出し、口には戦争映画で見た火炎放射器のようなものが伸びていた。
「いけぇー! 俺の考えたスーパーサイキョーザウルスー! こいつらをめちゃくちゃにしろぉー!」
奇声を上げる岡村だったが、肝心の怪獣はその場から一歩も動くことはなかった。
いや、動けなかった。
「僕だって、やられっぱなしじゃ終わらないっすよ」
怪獣が姿を見せたと同時に、僕が光玉を使って動きを封じておいたのだ。
「はああああああああ? なんなんだよぉ!」
岡村は悔しさのあまり、激しく地団駄を踏んだ。
「んじゃ、小太郎さん。あとはよろしくお願いします」
「オウ!」
僕のお辞儀を受けながら、小太郎は意気揚々と前に進み、全身に火を纏った。
「いくぞぉ! 永犬丸流印術。攻火乃技壱式、火車!」
激しく回転し、小太郎は火花を散らしながら怪獣に向かって飛んだ。
「う、うわああああ!」
怪獣は火を噴いたが、すでに燃えている相手にはなんの役にも立たなかった。
小太郎は刃物を物ともせずへし折り、怪獣を貫き、燃え上がらせた。
「あ……あ……あ……」
岡村はその場にへたり込み、茫然とした。
「よっしゃあ!」
一方で僕と信二は声を上げ、ハイタッチをした。
「ひかりちゃん、もうだいじょう」
僕は笑いながらひかりちゃんを見た。
同時に、薄まりつつある煙の向こうに見えた。
ひかりちゃんの背後に、半身で動く野球選手の人形がバットを振り被っていた。
「あぶない!」
叫び、彼女を抱き寄せたが金属バットは容赦なく 振り下ろされた。
「ぐうぅ!」
思わず目をつぶり、二人で抱き合った。
しかし、打撃の痛みが襲ってくることはなかった。
目を開けると、僕たちに覆い被さって庇う、長谷川さんの姿があった。
「長谷川さん!」
僕の叫びに、長谷川さんは頭から血を流して笑った。
「無事、みたいだね。よかった……」
長谷川さんは呟き笑うと、力なく倒れた。
「小太郎!」
人形を小太郎が燃やし尽くし、僕らは長谷川さんを囲んだ。
「しっかり、長谷川さん!」
「大丈夫、すぐに救急車も来るから!」
長谷川さんは僕らに力なく笑うと、何も言えないひかりちゃんの顔を見た。
「やぁ、ひかり」
「……お父さん」
「え!」
思わず信二が声を上げた。
そりゃあそうだ。僕だって、心底驚いた。
「最後に、会ったのは、四歳のときか。お、大きくなったねぇ。そして、本当にきれいに、立派になった」
長谷川さんは、愛おしさが溢れる笑顔を向けた。
「きみと、お母さんには、本当に申し訳ないことを、した。会社が倒産して、借金を、抱えた私には、離婚して他人になることでしか、守る方法が、なかった。苦労を、かけたね。本当に、ごめん」
ひかりちゃんは涙を流しながら、首を横に振った。
「お父さんが私たちのためにしてくれたことだって、ちゃんとわかってたよ。行方不明になって、ずっと心配してたんだから。あの日、ゴードンを見て本当にうれしかった。あぁ、お父さんが近くにいるんだって」
ひかりちゃんは長谷川さんの手を握りった。
「お父さんに今の私を見てほしかった。お父さんが守ってくれた私が、夢を叶えた姿を。だから、このイベントは絶対にやり遂げたかったの」
初めて知った彼女の想いは、とても強く美しいものだった。
「それを……あなたは壊した。私の大切なものを傷つけた」
涙で震えるひかりちゃんの言葉に、怒気が顔を出した。
それは、座り込んだまま長谷川さんをヘラヘラと笑っていた、岡村に向けられていた。
「もう、我慢できない。アイドルのイメージは、絶対に守らないといけないもの。でも、私にはそれよりも大切なものがある! これだけたくさんの人が傷ついているのに、私だけ守られてばかりは、もう耐えられない!」
ひかりちゃんは立ち上がり、岡村を鋭い目で睨みつけた。
岡村は小さく「ひっ!」と悲鳴を上げた。
「私はお父さんの娘だから。大切な人のためなら、自分を犠牲にしてでも戦う!」
ひかりちゃんは、音符が散りばめられたドコツカを取り出した。
それを見て、岡村は馬鹿にしたように笑った。
「は、ははは。し、知ってるよ。きみの使い魔はか、か弱いケットシーだろ? 歌って踊るだけの子猫に、なにができるんだい?」
腹が立って追撃をしようと立ち上がった僕たちを、ひかりちゃんが手を上げて制止した。
「そんなの、本気で信じてるんですか?」
ひかりちゃんの目は、アキラちゃんにも引けを取らないほど、冷たく鋭く恐ろしかった。




